【12-18】束の間の優勢 下

【第12章 登場人物】

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 内務大臣室を後にした軍務省次官・ケント=クヴァシル中将は、次の根回しのために急いでいた。


 しかし、ヴァナヘイム国の為政者たちは、誰もが浮かれていた。「帝国との講和締結」をいくら提唱しても、手応えをまるで感じられないでいる。


 ――想定以上に、アルベルトのヤツは


 過ぎた結果を得ると、人間はどこまでも貪欲になるものだと、クヴァシルは痛感せざるを得ない。彼は足早に歩きながら、無精ひげごと口元をゆがめた。




 週明け、評議会は開かれた。この審議会前の各省庁代表による協議の場では、ユングヴィ=フロージ率いる農務省を除く省庁すべてが、軍務省の提案――帝国との講和締結――に否定的な見解を示したのだった。


 事前調整をしたはずの大臣たちが一斉に反対――帝国との戦闘継続――に回ったのである。



 理由は大きく2つに分かれる。「直接的な脅威」が去りつつあることと、「間接的な脅威の芽生え」である。



 前者は、連戦連勝を重ねる自軍によって、帝国軍襲来の脅威が薄らいだことである。


 7月20日の全面攻勢以来、ヴァナヘイム軍には追い風が吹いている。このままいけば、数か月後には帝国東征軍を国内から駆逐できるだろう。


 あわよくば、帝国相手に領土を拡張し、そこから得られる利権獲得を算段する者まで現れ出している。



 後者は、兵力不足を補うため、囚人や失業者を兵士として前線に駆り立てたことに起因する。


 そのなかには、現為政者たちのかつての政敵が多数含まれていた。


 それらは帝国軍の手によって抹殺される予定だったが、前者のとおりヴァナヘイム軍はその帝国軍を圧倒してしまっている。


 そうなると、士気高揚のため囚人どもに「恩赦」をちらつかせたことが、いまとなってはあだとなった。自由を得た彼らによる報復を、ヴァ国の権力者たちは恐れはじめているのだ。


 【8-12】転用 中

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 恩赦までの時間を稼ぐ――あわよくば1人でも多く戦死する機会をうかがう――のであれば、1日でも長く帝国との戦争を継続したいところだろう。




 クヴァシルが何度も説いて回ってきたとおり、ヴァナヘイム軍が有利に戦闘を展開しているいまこそ、帝国との講和締結――その好機なのである。


 しかし、それはでもあった。


 両国の間には、絶望的な国力の差が存在する。


 ひとたび帝国が本気を出せば、束の間の優勢を拠り所にした講和締結の好機など、すぐに消滅するのである。


 現状はさしずめ、小動物に吠えられて手を出しそびれている猛獣といったところだろうか。


 ひとたび猛獣が腕を振り下ろせば、小動物などひとぎであろう。


 そうした事情を知り抜いているクヴァシルは、講和締結を急がねばならない。



 だが、ただ締結をすればよいというものではなかった。帝国相手に、講和交渉を有利に進めていかねばならないのだ。


 そのためには、「束の間の優勢」などという事実を前面に出すわけにはいかなかった。


 己が優勢だというのに、対局を投げるような者はいない。


 帝国に講和のテーブルへ着かせるためには、せいぜい、ヴァナヘイム国としては、新聞各紙を用いて国内外に自国の勝勢誇示――アルベルト=ミーミルがもたらす相次ぐ戦勝報告と都市奪還の報道――にいそしまねばならなかった。



 それは、副作用をともなった。


 国内為政者たちにすら「猛獣と小動物」の関係を忘れさせしめ、軍務省のなかですら「自国が猛獣になった」と勘違いした者が多数派になりつつある。


 国外には優勢を誇示し、国内には現実を理解させる――前者を立たせれば後者が立たず、その逆もしかり。


 ヴァナヘイム国に優勢な条件で、講和締結に向けて国内外を誘導する困難さを、クヴァシルは改めて実感させられたのであった。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


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【予 告】

次回、「英雄から軍神へ 上」お楽しみに。


ミーミルは、臨時汽車でノーアトゥーンから前線のトリルハイム城塞に戻るも、ケルムト渓谷に閉じこもってばかりはいなかった。


谷底にいれば、いつまでも守り切る自信はあったが、「引き分けに持ち込む」という軍務次官との約束を、彼は愚直に守ろうとしたのである。

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