【8-12】転用 中

【第8章 登場人物】

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 凶悪犯罪者や政治犯罪者の恩赦と兵員転化について、軍務省次官・ケント=クヴァシルは、撤回するつもりはない。


 高級葉巻をくゆらせて、それまで黙っていた鉄道相・ウジェーヌ=グリスニルが口を開いた。

「なあ、クヴァシル君、やはり恩赦についてはもう1度、検討を重ねてみてはどうかね」


「いいでしょう。帝国軍がこの王都に殺到するまで、このまま議論を重ねるとしましょうか」

 ――貴様が収容所に閉じ込めたフォルニヨートの射撃の腕は、悪い筋ではないぞ。


 「収容所送り」の異名を持つグリスニルが、外務省の対外政策課長とその家族に直接手を下したことについて、調べはついている。


 かつて、淡き赤髪の少女が、その父娘を探し求めていたことも――。


 口元をゆがめた鉄道相を見ていると、その顔面に拳を撃ち込みたくなる。そうした衝動を鎮めるべく、寝ぐせの軍務次官は呼吸を整えた。


 そして、彼は人の悪い笑みを浮かべる。

「……しかし、あれほど精強な帝国軍です。戦場に出た囚人や失業者のうち、何人が生きて戻れるでしょうねぇ」



 囚人および失業者どもを、帝国軍の手によって屠らせる――閣僚たちは一斉に想起したようだ。


 室内は再びざわめきに包まれた。しかし、今度のそれは、多分に湿気を伴うものだった。


 この場にいる者は、直接もしくは間接的に、帝国軍の強さを嫌というほど味わわされてきた。


 強靭きょうじんさにおいて、額縁がくぶち入りの保証書を掲げているような帝国軍に、かつての政敵や社会不安の温床を始末させる――この構想は為政者たちの心を揺さぶったようだ。


 打算を働かせる表情すら隠そうとせず、思案に暮れる閣僚たちの様子を目のあたりにし、軍務次官は思わず反吐が出そうになった。


 ――アルベルトのやつ、面倒なことばかり押しつけやがって。

 クヴァシルは、自らが推薦した総司令官を内心毒づかざるをえない。


 アルベルト=ミーミル大将たっての希望により、草原の都まで往復2,000キロという途方もない旅程を、彼はこなしたばかりである。


 泥のような疲れは、油断すると肉体ばかりか精神にまで覆いかぶさってくるようだ。


 美貌の隣国宰相との会談ならともかく、醜怪な自国の権力者どもとの調整など、早々に切り上げてしまうに限る。


 「要望があれば何でも聞く」などと、新総司令官に安易な言葉をかけたことを、軍務次官はいまさらながら悔いていた。



***



 軍務次官クヴァシルの帰国から、さらに遡ることひと月と少し前、5月10日。


 突如、将軍たちの前で、アルベルト=ミーミルが総司令官に任じられたノーアトゥーン宮殿内謁見の間――。


【4-9】消し方 下

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 怒声を上げながら将軍たちが広間から去って久しい。室内の熱気は既にうすれていたが、軍務次官と新司令官の会話は続いていた。


 新総司令官による軍務次官へ依頼した3つの条件についても、最後の1つの説明にさしかかっている。


「我が軍は負け過ぎました。帝国軍に比して、味方の兵数は明らかに不足しています。戦いを継続するには、その増強が不可欠です」


「だが、徴兵を課そうにもな……」


「ええ、民衆は兵役の負担に、これ以上耐えられません」


 相次ぐ敗戦で、この国には兵役適齢者がほとんどいなくなったのだ。これ以上徴兵を行おうとすれば、十代はじめの少年や六十過ぎの高齢者まで戦場に送ることになる。


「そこで……」

 ミーミルは核心部分を打ち明けた。


 これ以上、領民を兵卒として駆り立てられないならば、囚人や失業者を戦場に送り込めと彼は言う。


 汗と泥にまみれて墓や橋造りなんぞに一生を費やすよりも、恩赦の可能性をちらつかせて戦場に駆り立てろ、と。


 明日の飯にも難儀している者たちに、三食提供を約束し、軍関連の職をちらつかせて前線に送り込め。



 軍務次官が呆けたように静まり返っていることに気が付いたのだろう。新総司令官は、呼吸をいったん整えるようにして口を閉ざす。


 軍務次官の左手から、煙草の灰が音もなく落ちた。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


ソルちゃん元気にしているかな、と思い出された方、

ヴァナヘイム国為政者の打算的な様子が腹立たしい、と思われた方、

前回に続いて、ミーミルの発想はやはりスゴイ、と思われた方、


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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「転用 下」お楽しみに。

途中から、帝国☞ヴァナヘイムとフェイズが移行します。


新たに8万の兵を得たヴァナヘイム軍総司令官アルベルト=ミーミルは、ただちにそれらを各部隊に割り振っていった。


特に攻防の要となるアルヴァ=オーズ中将、その配下フィリップ=ブリリオート少将等左翼各隊には、合計2万を超える新兵を割り当てたのであった。それらは、体力的にも思想的にも特に甲種と目される者たちであった。

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