【4-9】消し方 下

【第4章 登場人物】

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 帝国との和睦……この若い次官には自信があるのだろう。


 ――うん、彼なら、その無理難題もやってのけるかもしれない。


 純粋無垢むくにそう思うミーミルには、根拠がある。 



 家督を継ぎ、王都ノーアトゥーンに出入りするようになってから、アルベルト=ミーミルは軍政において数多の人材を見てきた。


 そのなかで、このケント=クヴァシルの見識と手腕は、彼の知る限りこの国おける最上・最良のものであった。


 平時、銃火器の配分から予算の編成まで、各部隊の利害がぶつかるどのような事案でも、彼が手を動かすことで、たちまち数字は説得力を帯びた。


 戦時、滞っていた軍需物資の調達から輸送まで、彼がさばくことで、各部隊には必要な量が欲しい時に行きわたるようになった。


 当たり前のことであり、単純なことでもあるのだが、それを実現することの難しさと労力は、筆舌に尽くしがたいはずだ。


 何より今日、帝国との戦争は、累計65万人という、空前絶後の将兵を動員する事態になっている。彼が居なければ、軍部はもちろん、この国はとうに破綻していたことだろう。



 それにしても、「帝国との講和締結」とは、大きく出たものだ。


 諸外国との同盟や講和締結については、外務省の職務範疇はんちゅうである。しかし、ヴァナヘイムという軍事に重きを置いた国家において、事実上、外務省は軍務省管轄のいち外局に過ぎなかった。


 諸事遺漏のないクヴァシルのことだ、両省の歩調を合わせ、講和についての算段もつけてしまうのだろう。


 外務省と言えば、開戦前、軍務次官とともに帝国との避戦を訴え続けた対外政策課長・エーギル=フォルニヨートが、最近ではすっかり鳴りをひそめている。


 それが気になるところではあったが、クヴァシルとの会話を通じて、ミーミルは少しずつ己の考えが変わってきていることに気が付いていた。


 ――自分も無理難題に取り組むべきなのだろう。


 何より、軍政・外交の両輪稼働を彼が請け負ってくれるのである。後方を気にせず前面の敵にのみ相対することができる。


 ミーミルにとって、願ってもない状況ではなかろうか。



「幸いにして、敵さんの動きが止まっている」


 黒鳶色くろとびいろの頭を小さく縦に振る青年総司令官に、次官は言葉を続ける。


「諜報部によると、先の戦闘において作戦上齟齬そごがあり、帝国軍は内輪もめをしているようだ」


「帝国も一枚岩ではないということですね」


 大理石の壁に煙草をこすりつけて火を消すと、クヴァシルはいま一度、ミーミルに力強い視線を向けてきた。


「反撃の準備を整える最後の機会だ」


「……分かりました。やれるだけのことはやってみましょう」

 軍務次官の言葉に、新司令官は大きくうなずいた。


「協力できることは何でもしよう。遠慮なく言ってくれ」

 そこまで言い終えると、「このあと、どうだ」とばかりに、軍務次官は右手で杯をあおるしぐさをしてみせた。


 新総司令官も、バー・スヴァンプ――絵本に出てきそうなあのキノコ型のお店――にて、ママの手料理を久々にいただくことは大歓迎だったが、帝国軍の侵略はいよいよそこまで迫っている。



 誘惑を留めるようにあごに右手を添えると、しばらくミーミルは考えていたが、思考がまとまった順から1つずつ言葉にして発することにした。


「……さっそく、なのですが」


「ん?なんだ」


「3つほど、お願いがあります」


 興味深そうに身を乗り出してきたクヴァシルに対し、ミーミルは白手袋をはめた指を3本立てながら、説明を始めた。






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この先も「航跡」は続いていきます。


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【予 告】

次回、「道化者と浮浪者」お楽しみに。

長い会話を経て、いよいよクヴァシルとミーミルが動き出します。


「我が君にお願いしたき儀がございますッ」

「な、なんじゃ」

次官は、突如として国王の前にひざまずいた。酒杯を持つヘーニルの手は震え、雫が色鮮やかな着物を濡らす。

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