【4-8】消し方 中

【第4章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700428756334954

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 いつの間にか陽は傾き、ヴァナヘイム国王宮・謁見えっけんの大広間に挿し込む光も赤味を増していた。長らく雪雲に閉ざされてきた太陽が、名残惜しそうに西の山のにさしかかろうとしている。


「……消し方が問題でよ」


 謁見の間では、若き軍務次官と新任総司令官の会話が続けられていた。


「このまま降伏すれば、この国は帝国軍に蹂躙じゅうりんされる。俺は形だけの裁判を受けて銃殺されるだけだがな。残される民衆の苦しみはずっと続くことになる」


 そこまで言い切ると、クヴァシルは再び紙巻を吸った。旨そうで、それでいてにがそうに。


「待ってください。あなたは帝国との開戦に最後まで反対されていたではないですか。それなのに……」


 むしろ、民衆こそ帝国と戦端を開くことを期待していたのではなかったか。「草原の貴婦人に続け」と。


 ミーミルの言葉を遮るように、次官は自らの頭上に向けて煙を短く吐き出した。


 謁見の間の天井は高い。白煙は弱々しくながれていく。


「すべての責任をうちの爺さんに背負わせるわけにはいかんだろう。帝国のヤツらだってベッドに横たわっている老人を引っ張り出しても、裁判ゴッコは盛り上がらんだろうよ」


「しかし……」



 昨年、軍務尚書・ヴァジ=ヴィーザルは、過激派民衆の凶弾に倒れた。


 連戦連敗を重ねた揚げ句、4人目の指揮官に・ドーマルを充てたことに、彼らは激発したのである。


 隣国のようにどうして勝てないのか。


 さしずめ、司令官が無能なのだ。


 あろうことか、最高指揮官にを据えるなど、軍務尚書は気でも触れたか。


 その頃、迫りくる帝国軍に恐れをなし、他の貴族領主たちと同様に、老尚書も王都・ノーアトゥーンの屋敷から逃げ出す算段に追われていた。


 絵画や焼き物など高価な美術品を運び出す目的で、ヴィーザル邸には馬車や人夫が数多く出入りしていた。そのため、あっさりと屋敷内部へ過激派の出入りを許したのだった。

 

 銃弾は老人の胸部を貫通したそうだ。かろうじて一命を取り留めたものの、とても執務に耐えうる状態ではなかった。


 彼は美術品を運ぶはずだった馬車に乗せられ、遠く自領のヴイージに送られていった。そして、そのまま療養に入り、復帰の目処すら立っていない。



「こんな状況になってからお願いするんだ。勝ってくれとはいわねぇ。ちっとでもマシな……」


 神聖な謁見の間など構わず、クヴァシルは足元に煙草の灰を落とした。


「……そうだな、なんとか引き分け手前までもっていってくれねぇか」


 戦況をわずかでも改善させてくれれば、帝国と少しでも有利な条件で講和を結んでみせる――クヴァシルの言葉の端々からは、そうした迫力が伝わって来る。


 この若い次官には自信があるのだろう。


 ――うん、彼なら、その無理難題もやってのけるかもしれない。


 純粋無垢むくにそう思うミーミルには、根拠がある。







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【予 告】

次回、「消し方 下」お楽しみに。

謁見の間でのクヴァシル・ミーミルのやり取りも、いよいよ終わりです。


「幸いにして、敵さんの動きが止まっている」

黒鳶色くろとびいろの頭を小さく縦に振る青年総司令官に、次官は言葉を続ける。

「反撃の準備を整える最後の機会だ」

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