【5-10】少女の冒険 ④ 軍務省次官

【第5章 登場人物】

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 帝国暦380年の暮れも迫ったある日、ソル=ムンディルは王都中央駅セントラルステーション8番線の喧騒のなかにいた。


 時刻は、夕方6時に差し掛かろうとしている。


 この日、ありつけた日雇いの仕事を終えたのだろうか、隣街で日没後に開かれる闇市へ繰り出すためだろうか、汽車を待つ人たちでホームは賑わっていた。


 帝国との開戦を訴える過激な見出しの新聞を、誰もが手にしている。



 ホーム後方3両目あたりでまごついていた少女の前に、農務相から聞いていた特徴どおりの男が現れた。


 ひょろりとした背格好の頂にあるぼさぼさ頭は、雑踏よりも1つ位置が高い。そして、無精ひげに擦り切れた軍服の袖――間違いなく、軍務省次官・ケント=クヴァシル中将その人であった。


 新聞に掲載されてきた小汚い姿の写真には、「売国奴」に対する記者の悪意が含まれているのではないか、とソルは勘繰かんぐっていた。


 ところが、実物の次官殿は、写真のとおりであった。


 そのように失礼な第一印象はおくびにも出さず、ソルは素早く自己紹介を済ませる。


 可憐さでその名をとどろかせたヴァーラス領のお姫様が、このようなところに姿を見せたことに、次官は驚いてる様子だった。


 しかし、驚いていたのは少女も同じである。


 軍務省ナンバー2が、どうして3等客車で退庁なさっているのか、こちらから尋ねたところ、彼はきまりが悪そうに、白髪交じりのぼさぼさ頭をかくばかりであった。


「農務大臣と仕草がそっくりですね」


「フロージ爺さまと知り合いか」


 農務相からのご紹介であるとの切り口から、少女の用向きを聴かされた軍務次官は、周囲を少しだけ見回した。ちょうど軽便機関車が蒸気を搔き分けながら、ホームに滑り込んでくるところであった。


 しかし、それには乗らないようだ。場所を変えるか、と彼は中央駅を後にした。




 次官は、少女を従えたまま酒場の並ぶ歓楽街に入り、そして歩き続ける。辺りは夕暮れとともに、活況を呈し始めていた。


 煌々こうこうと灯りの点いた店頭で、派手な化粧と露出の多い服を身にまとった女性や、必要以上に上下をきっちりと着込んだ男性が、客引きにしのぎを削っている。


 それらの光景は、少女にとって刺激が強かった。頭がくらくらしたが、次官に遅れぬよう、必至に足を動かした。


 どこまで進むのだろう――もう歩きたくない――という想いが伝わったかのように、次官は路地裏の行き止まりにある、こぢんまりとした一軒のお店に入った。


 童話に出てきそうな、きのこの形をした建物であった。


 ここであれば、どのような話をしても大丈夫だ、と彼は言った先から、


 次官さん、今日はずいぶんと可愛い娘と一緒なのね?

 次官さんと誰の子だい?

 次官さんは、いつから少女趣味に走ったの?


などと、妖艶ようえんな女性店員たちに、彼は次々といじられていた。



 席に着いてひと息つくと、少女は本題を切り出した。


 収容所行きになった友人一家について――ほとんどが農務大臣から教えてもらったことだが。


 帝国との開戦の無謀さについて――ほとんどが友人の父親からの受け売りだったが。



 最後に少女は力強くお願いした。


 友人を助けてください、帝国との戦争を回避してください、と。



 よく勉強しているな――次官はニッと笑うと、その大きな手で少女の淡い赤髪を優しくで、座るよう促した。


 ソルは必死のあまり、気づかぬうちに席から立ち上がっていたようだ。



 彼女からの2つの依頼についても、全力を尽くす、と彼は約束してくれた。


 友人一家の幽閉先は、農務相と同じく帝国避戦派の彼も、審議会から教えられていなかったが、心当たりはあるという。


 次官からの回答は、この日の少女にとって満点に近いものだった。安堵した少女は、女主人ママが出してくれた温かいミルクを口に含んだ。


 それは、ほっとするほど甘かった。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


少女と軍務次官――凸凹コンビの掛け合いを楽しんでいただけた方、ぜひこちらから🔖や⭐️をお願いいたします

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ソルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「少女の冒険 ⑤ 食卓」お楽しみに。


ソルにとって女主人ママの振る舞う料理は、初めて見るものばかりだった。

マッシュポテトにコケモモのジャムが添えられたミートボールや、カタクチイワシの塩漬けと玉葱を使ったポテトグラタンなど、どれも一口で少女のほっぺたは落ちた。

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