【12-26】売国奴 下
【第12章 登場人物】
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【地図】ヴァナヘイム国
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翌朝、軍務省に出仕したケント=クヴァシルに、補佐官の1人が声をかけた。
「次官、農務大臣よりお電話です」
それから半時後、クヴァシルは農務省の大臣室に招かれていた。
『軍務次官による売国外交』
『私腹を肥やす次官』
『売国奴による帝国との裏取引』
ソファの合間のローテーブルには、各社の新聞が置かれていた。
「散々な書かれ方だな」
「朝、車内で読みました」
農務相は
農務大臣・ユングヴィ=フロージ――。
初等教育すらろくに受けていないこの初老の男は、胆力と才覚だけでここまで昇りつめた叩き上げである。
いくら昇格しても、その体格と同じく狭小な自領しか持とうとしなかった。南方都市・フレイの代議士として、領民からの投票で選ばれているという立場も他の省庁トップたちと大いに異なっていた。
体格とは裏腹に、フロージの性質は豪胆そのものである。
3カ月前、帝国軍が首都の目前に迫った際も、他の大臣たちのように逃げ出すことなく、この大臣室で泰然と政務を執り続けた。
守るべき広大な領土も高名な家柄を背負っていない立場のためか、口を開けば歯に衣着せぬ言葉が飛び出し、他の為政者たちから異端児扱いされている。
この五分刈り胡麻塩頭で小柄な大臣と、伸び放題くせ毛で細身長躯な次官は、不思議と馬が合った。
互いにその才覚を認め合っていたからに他ならないが、初老の大臣は次官を
彼らの能力と昇進とを嫉視した周囲からは、『変人と奇人』『破れ鍋に
「各省庁の狸どもを相手に、おぬしは連日頑張っとるなぁ」
「あの
「……ムンディル家の御令嬢か」
農務相は、わずかに柔和にした視線を、軍務次官が座るソファの片隅に投じる。少女・ソルが1人でここを訪問した時について、思い出しているのだろう。
【5-9】少女の冒険 ③ 農務大臣
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クヴァシルの脳裏には、懇願する少女の姿に次いで、後輩の軍服の背中が浮かぶ。
「アルベルトのヤツはいまも戦っていますから、自分だけが休む訳にはいきません」
「確かに、ミーミル君は頑張っておる。だが、そろそろ限界だろう」
フロージは新聞を1つ手に取るや、老眼鏡をかけながら続ける。
「帝国と軍事で競り勝とうというのが、どだい無理な話だて」
クヴァシルを労わるように、老人は語り掛ける。
「おぬしも難儀なことだな。帝国と対等な講和を結ぼうとしておるがゆえ、『我が軍は、ぎりぎりのところで持ちこたえているんです』とは、口が裂けても言えんのだろうて」
だから、この国の者たちはつけあがる、と農務相は
軍務次官は、カップを口に運ぶ手を止める。
――爺さまには、かなわないな。
フロージは文官の身ながら、自国と帝国の国力差を理解し、若者たちが置かれている状況を見極めているのだ。
次官が感心していることに気が付いたのだろうか。大臣は話題を転じる。このまま戦略論を続け、なまじ誉め言葉など浴びせられても、こそばゆいだけなのだろう。
「……おぬし、どのように出退勤しておる」
「?汽車を使用しておりますが」
突然、向けられた質問に、クヴァシルは戸惑いながら応える。
「まだ、馬車を使用しておらんのか」
フロージは驚いたようだった。
この目の前の背の高い男は、尉官の頃ならいざ知らず、いまになっても築年数が進んだ郊外の借家に住み、3等列車で通勤しているという。
軍務省次官・中将の身分ともなれば、省庁近くの高級将校官舎への入居はもちろん、御者付きの専属馬車の使用も認められているのだが。
「高級官舎も、専属馬車も肩が凝るんです」
大臣室の革張りソファに居心地悪そうに座る軍務次官は、伸び放題の頭を再びかいた。袖は相変わらず擦り切れている。
「とんだ『売国奴』だな」
農務相は快活に笑った。つられて軍務次官も自虐的に笑う。
「だが、これからは馬車を使え」
笑いながら、クヴァシルは目の前の小さな老人に視線を戻した。
「防弾に特化した車両を手配せい。それに、護衛もきちんと付けるように。もしも、いま……」
いつの間にか、農務相は笑っていなかった。
「……おぬしが倒れたら、講和もご破算だ」
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
クヴァシル・フロージの凸凹コンビは良いな、と思われた方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします
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クヴァシルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢
【予 告】
次回、「正義の弾丸」お楽しみに。
『売国次官宅に、正義の弾丸が放たれる』
『未明に響いた銃声』
『救国の義挙は、偉大なる銃弾3発』
軍務次官宅に、銃弾が撃ち込まれたことは、ただちに号外新聞によって広められた。
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