【12-25】売国奴 中

【第12章 登場人物】

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 対帝国戦は、1人の英雄の活躍によって、未曾有みぞうの危機から脱しはじめた。


 生存の色合いが増すと同時に、国家レベル・個人レベル双方ともどこかに余裕めいたものが生まれていた。


 このを、為政者の間では「利用しよう」、民衆の間では「楽しもう」という機運が、それぞれ生じていたのである。


 そうしたなか、審議会に対する軍務省による突如の講和討論は、任期中にさしたる功績を上げていない領民代表たちにとって、格好の売名舞台となる。


 代議士たちが吹っ掛ける不毛な論戦は、ほとんどが軍務次官の言い分に筋が通っていたが、新聞の論調は軍務省から次官個人の誹謗中傷に移っていった。


 勧善懲悪という単純な構図――善1・救国の英雄、善2・憂国の代議士、悪・英雄の偉業を妨げ私腹を肥やす軍務次官――が、演劇や賭け事などよりも、民衆をはるかに熱狂させた。


 ・アルベルト=ミーミル大将の紡ぎ出す優勢が、実はもろはかないものであることを、本人はもちろん、軍務省次官とその部下たちは心得ていた。


 ひとたび帝国が本気を出せば、そのような優勢などいとも簡単にひっくり返されてしまうであろう、と。


【12-18】束の間の優勢 下

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 だが、帝国と少しでも有利な条件で講和を締結するためには、そうした事実をおくびにも出すわけにはいかない。


 結果として、・ケント=クヴァシル中将は、審議会において代議士たちへの抗弁に鋭さを欠き、新聞紙面において記者たちの傍若無人ぼうじゃくぶじんを放置していた。


 当のクヴァシルとしては、己に降りかかるそしりの声など、右に左に受け流していた。


 国家の大計と個人の中傷など、比ぶべくもない――ヴァナヘイム軍の事実から目を背けられるのならば、民衆の不満を一身に浴びようと構わないのだった。



 夕刻の軽便汽車は、軍需工場帰りの学生や老人で、わずかながら混雑していた。


 車両の前方にて、10代と思しき若者たちの話題にのぼっているのは、審議会で議論が重ねられている対帝国戦論である。


「まったく、あの軍務次官とやらは何を考えているんだ」


「現場のミーミル閣下が頑張っているのに、本部がそれを妨害するようなことをしやがって」


「後方でのんびりしている軍務次官様は、前線の状況など知らないのだよ」


「あの男が、1人で講和論を提唱しているのだろう」


「あの男さえいなくなれば、ミーミル閣下も後方に気兼ねなく、帝国軍と戦い続けられるのではないのか」


 一方、車両後方では、歳を重ねた男たちの議論にも勢いがある。老人たちは一様に酒臭い。


「あの売国次官、こそこそと関所造りを進めておるらしいじゃないか」


「街道沿いにある砦も強化しているらしいぞ」


「ああ、帝国軍の襲撃に備えると答弁していたのう」


「ミーミル将軍は、その帝国軍の退治に成功しようとしておる。将軍の足を引っ張っている男の、どの口が言うんだ」


「帝国との講和が成立すれば、関所や砦なんぞいらなくなるだろうに」


「どうせ、建設会社から賄賂でも流れておるのだろう」



 乗客たちは、新聞で聞きかじった国政論を無責任に交わしていた。


 若者も老人も、まさか、このような3等列車に、渦中の人物たる軍務省ナンバー2が、悪逆非道の次官が、座っているとは思わないのだろう。


 クヴァシルの功罪はさておき、彼の伸びきった頭髪にぎだらけの上着は、3等列車に恐ろしいほど馴染んでいた。



 軽便汽車は、若者と老人と軍務次官を乗せて、レールの上をとことこと進んでいく。




 郊外の借家に帰宅したクヴァシルを、中年の使用人がうろたえた様子で出迎えた。

「だ、旦那様……」


「どうした?」


 使用人は小さな封書を1つ手にしていた。今日の昼に速達で届いたという。封筒に差出人の記載はない。


 主人に促されるままに、使用人は封を切り中身をテーブルの上に広げようとした。すると、銀色の鈍い光を放つものが3つ、金属的な音を立てて床に転がり落ちる。


 2人は、転がり出たそれらの行方を見つめた。



 銃弾であった。



 使用人の顔色はいよいよ青ざめ、言葉にならない何かを口にしている。


 白髪交じりのぼさぼさ頭を少しかくと、クヴァシルは口元でマッチを擦り、煙草に火を付けた。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


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【予 告】

次回、「売国奴 下」お楽しみに。


ソファの合間のローテーブルには、各社の新聞が置かれていた。


「散々な書かれ方だな」

「朝、車内で読みました」

農務相は莞爾かんじと笑いながら珈琲を差し出した。軍務次官は頭をかきながら、それを受け取る。

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