【15-1】持ちつ持たれつ 上

【第15章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

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「オーい、この医薬品50箱、そっチの倉庫に運んでオケ」


「分かりましたー」


 帝国兵通訳からの指示に従って作業に従事する者たちは、軍服をまとっていないばかりか、衣服そのものすら統一されていない。


「……皮肉なものだな」


「ああ、帝国軍はミーミル将軍とともに戦った敵……今度はその下で働くことになるとは」


 2人の青年が袖で汗を拭きながら言葉を交わしていた。


「その帝国軍に、俺たちは仕事をもらえているんだ。口を動かしてないで手を動かせ」

 青年2人を、中年の男がたしなめる。


「そう言われましてもね……」


「そうそう、1日汗まみれになって働いても、パン1きんしか買えやしない」



 彼らは数週間前までは、アルベルト=ミーミル大将の下、ケルムト渓谷で帝国軍と戦っていた特務兵であった。


 ヴァナヘイム国は、和議という名の降伏を受け入れてからは、帝国からの条件にしたがい、この囚人や失業者からなる兵団を解散した。


 同時に、為政機関たる審議会は、帝国弁務官事務所の管理下に組み入れられ、この国に定められた司法や行政は、機能を停止もしくは大幅に制限された。


 特務兵は再び「政治犯」に戻ることもできず、国道橋梁や王族墳墓の建設に従事することもできず、無為に日々を過ごすことになった。



 そうした暇を持て余す者たちに着目したのは、帝国側であった。


 帝国軍は東都・ダンダアクから、はるか北西1,300キロの地――王都・ノーアトゥーンに駐留している。


 その数は20万を超えているが、そこへ工兵・馬丁・輜重しちょうなど後方人員数万が、さらに加わることになる。


 おまけに、帝国軍はヴァナヘイム国内務大臣の広大な邸宅を接収し、そこを帝国弁務官事務所として機能させはじめていた。


 北方へ逃げ出した内務相・エクレフ邸には、東都・ダンダアクより弁務官職員が続々と到着しつつある。ゆくゆくは数千人規模の組織になる見通しであった。



 帝国軍の進駐に、弁務官事務所の設立は、大規模な街がそのまま移動してきたことと同義である。


 手狭な王都城壁内では、全軍を収容しきれず、一部は南のトリルハイム城にも分散逗留とうりゅうしていた。


 それだけの将兵人員を維持するため、東都からの長大な輸送路を走破して、連日王都にはおびただしい数の物資が届く。


 それらの各隊への配送や、各隊での荷解きなどを担う人夫が1人でも多く必要だったが、帝国軍は異国の地でその確保に難儀していた。


 彼らが駐留しているのは敵地のど真ん中である。不測の事態がいつ起こるとも知れず、そうした雑務に帝国兵を多く割くわけにもいかなかったからだ。



 人手不足で悩む帝国軍と、仕事が必要な元特務兵の利害は、一致したのだった。帝国軍属の人夫として、元特務兵は次々と雇われていった。


 そしていま、帝国国鳥・鷲の焼印が入った木箱を、青年2人と中年1人の元特務兵が運んでいる。


 彼らの左腕に巻かれた腕章は、帝国軍内部で作業をする際の承認証の代わりであり、かつ昼時には賄いビスケットの配給証ともなった。



 しかし、両者の蜜月は長くは続かなかった。


 元特務兵たちは、物価上昇と給金引下げのダブルパンチにあえいでいる。


 ヴァナヘイムが国の総力をあげて展開した戦争は、3年近く続いた。その間、多くの働き手を失い、畑は荒れ、牛舎・豚舎は焼き払われた。


 実に、この国の食糧生産量は、往時の3割にまで落ち込んでいたのである。


 国政審議の場で、食料自給の観点から、農務相・ユングヴィ=フロージが、帝国との戦争終結を声高に叫んでいたことは、記憶に新しい。


【12-28】四輪車 上

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16817139555589712536



 その一方で、帝国軍の進駐により、この国における食糧消費量は日に日に増している。


 冷蔵技術が確立されていないこの時代、生鮮食材などは日持ちする根菜等を除き、帝国東岸領からの輸送には頼れなかった。現地調達しか方法がないのだ。


 生産が落ち込み消費が膨らんだことで、当然のことながら物価は高騰した。



 他方、帝国側は雇い入れた元特務兵たちへの給金を、日に日に落としていった。


 荷夫、工夫などの雑役の雇用人数は、とどまるところを知らず、帝国軍の予算が追いつかなくなったためである。


 しかし、本音としては、占領した敵国のしかもたちなど、その待遇をどこまでも削ったとしても意に介すことなどない、というところであっただろう。



 いつのまにか、彼らの腕章は、古びた布きれになっていた。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


特務兵たちのこの先が心配な方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

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特務兵たちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「持ちつ持たれつ 下」お楽しみに。


冷たい隙間すきま風が室内にも入ってくる。だが、暖炉にくべる薪も底をついていた。


白いため息をついて天井を仰いだ農務相のもとへ、秘書が来客を告げる。


彼が入室を許可すると、ノックのあと壮年の男が1人現れた。

「大臣、お久しぶりです」


「おお、君は――」

思わず、フロージは立ち上がった。

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