【15-12】面会

【第15章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816927859351793970

【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

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 アルベルト=ミーミル退役大将との面会取り付けには骨が折れた。


 帝国側に内政干渉の糸口をつかませてはならない――。


 どんな些細なことで、帝国駐留軍や弁務官事務所から揚げ足を取られるか分からない状況である。審議会は小さな失策すら恐れるほど、神経過敏になって久しい。


 ミーミルなど「呼吸する介入窓口」であり、軍上層部は、その存在を表沙汰にしないよう躍起になっていた。


 将官だ、佐官だといえども、閑職に追いやられた者たちが動いたところで、簡単に取り合ってもらえるはずがなかった。



 元副司令官・スカルド=ローズル、元参謀長・シャツィ=フルングニルらは、工面した金を賄賂として差し出し、元対外政策課長・エーギル=フォルニヨートは、探り当てた醜聞を盾に交渉するなど、手段を選ばずに道を開いた。


 そして最後は、農務相・ユングヴィ=フロージの強引な働きかけによって、立会人の同席と30分間のみという制限付きで、面会を許されたのであった。




 その官舎は、王都郊外の丘陵上にあった。


 丘陵は湖に面しており、本来は高級将校が週末の休暇を過ごす、のどかな場所である。


 しかし、そのように活用されるのは、晩春から初夏にかけての清々しい時期だけであった。


 避暑地のギャラールとは異なり、夏場の酷暑は王都周辺とさして変わらない。寒気が根強く残るこの時期も、通りがかる人影すら見えなかった。



 ミーミルは、この丘の一隅にある平屋で24時間監視され、軟禁生活を余儀なくされていた。


 農務相たちが訪れた際も、屈強な兵士たちが物々しくしており、そこはまるで牢獄のようであった。


 3月の下旬にさしかかろうとしていたが、寒気は緩む気配すら見せていない。道にも山にも乾いた雪による、うっすらとした化粧がほどこされていた。



 2カ月ぶりに再会した元総司令官は、血色悪く、頬骨が浮き上がるほどやつれていたが、訪問者たちを快く招き入れた。


 室内に入ると、フロージ大臣は突然立ち上がるや、理由ともつかない理由を並べながら、審議会から派遣された立会人を連れ、室外に出て行ってしまった。


 部屋には、元上官と元部下たちと、元外務省職員が残された。


 フロージの動きに、ローズル・フルングニル等元部下たちは、しばらくのあいだ呆気にとられていたが、簡素な暖炉の薪がはぜるや、落ち着きを取り戻した。同時に、農務相の配慮にも彼等は気が付いたのであった。



 彼等は開口一番、単刀直入に元上官に懇願した。


 自分たちと共に立ちあがってください、と。


 再び自分たちを指揮してください、と――。



 元部下たちのそうした願いを予期していたのか、ミーミルはゆっくりとかぶりを振り、口を開いた。


「……私は、軍務次官との約束を果たすことができなかった。いまはただ、帝国からの責任を追及された際に備え、この身を生かしている」


 元総司令官の噛んで含ませるような物言いは、元幕僚たちに染み込むように伝わっていった。


 戦争責任――ヴァナヘイム国の法律が機能を失して久しいいま、何を根拠として「罪」とするのか。


 なるほど、帝国の覇道主義を「正義」とした道徳・価値観に照らせば、侵略者を打ち払おうとしたヴァナヘイム国の行為はすべて「不義」となろう。


 そうした理不尽な想いを胸に、フォルニヨートはなおもミーミルに迫ろうとした。


「……」

「……」

 しかし、ローズルやフルングニルたちは元対外政策課長に続けなかった。


 元総司令官の自決を止め、かつそのような「生きる理由」を提案したのは、他ならぬ元副司令官や元参謀長彼等自身だったからだ。


【14-25】武装放棄 4

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 議論にすら至らなかった。


 この部屋に集った者たちは、知っていた――「正義」だの「不義」だのは、勝者の視点で語られるものであることを。


 この部屋を訪れた者たちは、改めて思い知らされた――自分たちは敗者に過ぎないことを。




 湖畔の建物は沈黙の帳に包まれていた。窓外を舞う粉のような雪が、すべての音を掻き消してしまったかのようだった。


 静謐せいひつは室内にも伝播していた。官舎には10名以上がいたものの、しわぶき1つ聞こえなかった。


 元部下たちはこれ以上、上官を説得する言葉が見当たらず、そのまま退散するしかなかった。


 ひと月以上かけて用意した面会の場であったが、わずか15分で終了したのである。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


散々苦労して、ようやく出会えたミーミル。しかし、彼に想いを届けるのは難しいと思われた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


ミーミルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「謝罪と賠償 上」お楽しみに。


「……店を変えよう」

シャルヴィ=グニョーストは、酒場への入店早々、きびすを返した。


元特務兵たちが、振り返ることなく店を出かけた時だった。奥の席から酒瓶が飛び、入口の扉に当たる。ガラス製の容器は激しい音を立てて粉々になった。

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