【15-11】良識人 下

【第15章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816927859351793970

【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

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 ミーミルの元部下たちが辞すると、農務大臣私邸の再び静寂に包まれた。


 元外務省対外政策課長・エーギル=フォルニヨートが掃き出し窓を開けたことで、応接間の内部は新鮮な空気へと入れ替わっていく。


 農務相夫人・ゲルズがティーカップを片づけはじめたのを見て、彼も手伝いを申し出た。


 初老の夫人は、穏やかな笑みを浮かべ、それを受け入れる。



 農務相・ユングヴィ=フロージは、1人掛けのソファに深く沈んだまま動かない。


 フォルニヨートは、ソーサーを重ねながらそこに声をかける。

「どうして、はじめからミーミル大将のことを、皆さんにお伝えなさらなかったのですか」


 いつも単純即決を好む農務相が、年が明けてから今日まで、ずっと奥歯に物が挟まったような言動を続けてきた。


 ミーミルの存在を軍服姿の若者たちに対して告げたのも、3度目となる本日の会合からだった。しかもその最終盤に至って、やれやれという具合に。



 審議会に姿を取り戻す――。


 帝国を恐れ、その傀儡かいらいになりつつある現・審議会構成員を一掃する。その後、ユングヴィ=フロージを矢面に立たせ、対帝国をはじめとする国政の舵を取る。


 そのために、元外務省・対外政策課長は、農務相をたすけている。


 実力行使のための兵力糾合の目途はつきつつある。それらを最も効率よく運用できるのが、アルベルト=ミーミル退役大将ではなかったか。


 普段のフロージであれば、順序が間逆であっただろう。まずはミーミルの情報を伝え、すぐに善後策協議に重点を置いたはずだ。



 そうした質問を耳にして、再び夫人の表情に柔和な笑みが差し込んだのと、農務相が口を開いたのは同時であった。


「……アルベルト君にとっては、迷惑な話ではないのかと思ってなぁ」


「え……」


 独り言のような小さなつぶやきだったため、元対外政策課長は危うく聞き漏らすところだった。


「だが、彼はまだ若い。自己犠牲にひたっとらんで、もうひとふんばりしてもらわんとなぁ」


 フロージはそれだけ述べると、その小さな体をソファに深く腰掛けたまま、口だけでなく両の目も閉じてしまった。



 フォルニヨートはカップを片手に、フロージ夫人と顔を見合わせた。


 夫人は、「そういう人なのよ」と言わんばかりに、うなずいた。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


農務大臣夫妻の信頼関係は良いなと思われた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「面会」お楽しみに。


その官舎は、王都郊外の丘陵上にあった。


丘陵は湖に面しており、本来は、高級将校が週末の休暇を過ごす、のどかな場所である。


しかし、そのように活用されるのは、晩春から初夏にかけての清々しい時期だけである。寒気が根強く残るこの時期も、通りがかる人影すら見えなかった。


アルベルト=ミーミルは、この丘の一隅にある平屋で24時間監視され、軟禁生活を余儀なくされていた。

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