【8-9】捕虜 中

【第8章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429051123044

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 太陽は中点を越え、いよいよその力を発揮している。


 うだるような暑さのなか、3人の男が手を後ろで縛られ、地面に座らされていた。


 遠目からもそれが、捕らえられたヴァナヘイム国兵士だとわかった。


 銃を下げた帝国兵士が数人、彼らを囲んでいたが、セラ=レイス以下将校御一行の姿に気が付くと、慌てて敬礼する。


 貴族将校が捕虜数名の引見などまずしないからだろう。兵士たちは、捕虜よりも紅毛の少佐を興味深そうに見つめた。



 レイスは捕虜たちの前に立つと、彼らを見おろした。


 3名とも頭髪や髭が大いに乱れていた。所属部隊と数時間はぐれただけで、ここまで伸び放題にはならないだろう。


 身に付けているものも、制服から装備まで1つとして統一されていない。


「お前たち、どこの地域から送られてきた」


「……」


「徴兵されるまで何をしていた」


「……」


 突然、帝国軍将校から流暢りゅうちょうな母国語で話しかけられたためか、捕虜たちは驚いて顔を見合わせていた。


「どうした。正直に答えれば、逃がしてやるぞ」



「……墓場だ」

 意を決したように1人が口を開くと、他の捕虜たちも口を開く。


「橋のたもと」


「路上で残飯あさりだ」


「……真面目に答えないと、この場で射殺するぞ」

 かたわらにいた副官・キイルタ=トラフが腰から銃を外し、同じくヴァナヘイム語で無情に問い詰める。


 だが、捕虜たちは慌てるそぶりを見せなかった。


「私は素面だ。もう1年以上酒にありつけていないからな」

 年長者と思われる捕虜の1人が、汚れた歯を見せて自嘲気味に笑った。



 意外だったのは、彼らの言葉に方言やなまりがみられなかったことである。


 国中の隅々まで徴兵の範囲を広げたのであれば――田舎村落より掻き集められた兵士たちであったならば――ヴァナヘイム国の標準語が伝わらないほど、訛りが強いはずである。


 ところが、この捕虜たちは身なりこそひどいが、まるで教科書のような公用語を口にしている。


「……」

 レイスは額の汗を拭うと、これまでの情報を整理しようと黙考する。


 上官の思考の邪魔をしないよう、ゴウラやレクレナたちも口をつぐんだ。


 炎暑のなか、静寂が訪れる。



 正規兵としては、姿格好が不潔なうえに軍服も装備も不揃いである。急な応召のため、ヴァナヘイム軍は制服も武器もまともに支給できなかったのだろう。


 それでありながら、公用語が堪能たんのうときた。


 おまけに、徴兵される前は、王族墳墓の建設や道路・橋梁の補修に従事していた、もしくは路上生活の身の上ともなると……。














「……囚人と失業者か」



 帝国公用語でつぶやいた紅毛の上官を、トラフは驚いた表情で見やった。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


この捕虜たちが、囚人と失業者?どういうこと??と思われた方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「捕虜 下」お楽しみに。


「……なるほど。敵は労せずに8万もの兵力を手に入れたというわけですか」

 レイスが不敵な笑みとともにつむぎ出した数式に、トラフが口元を歪めながら解答を弾き出した。

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