【12-20】英雄から軍神へ 中

【第12章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429613956558

【地図】ヴァナヘイム国

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644

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 ヴァーラス城奪取以来、健全な鉄道網を活用し、アルベルト=ミーミルの立てる兵馬の進退は、いよいよ冴えわたっている。


「帝国軍が引き揚げていきまーす!」

 観測兵が双眼鏡に目を当てながら、興奮をともなった大声で、レンズ越しの状況を報告する。


 この日も平原の一角において、ヴァ軍は勝利をおさめたのである。局地戦ではあったものの、ミーミルは帝国軍に付け入るすきを与えなかった。


「あのお方は、本当にすごい」


「あの方の指揮のもと戦えるというのは、光栄なことなのかもしれないな」


 帝国軍相手に勝利を重ねる若き総司令官は、とくに特務兵――実戦に投入された囚人や失業者――たちから、絶大な信頼を得るようになっていた。


 彼らの根底にあるものは、応召当初に約束された「恩赦」などという、ケチなものではなかった。


 彼らは無実の罪をなすりつけられ、収容所に押し籠められてきた。


 一部の人間が潤うだけの経済施策により、職を失い、家を失い、生きる意味を失ってきた。


 ヴァナヘイムという国は、このような仕打ちをしてきたのである。国家への愛想など、彼らはとうに尽きたはずだった。



 ところが、帝国という侵略者を前に、彼らの認識は改まっていった。


 生まれ故郷が外来勢力によって蚕食さんしょくされていく様を、これまでの彼らは、収容所や橋のたもとで指をくわえて見ているしかなかった。


 母国愛などとうに消え失せていたはずなのに、胸の底に引っ掛かる一抹いちまつ寂寥せきりょう感は何だったのか。


 極寒の架橋作業では、水中において身体が言うことを効かず、やむなく兵卒に志願したはずだった。


 残飯漁りや炊き出し巡りだけでは生きていけず、今日のメシにありつくため、戦線に身を投じたはずだった。


 だが、彼ら自身も気が付いていなかったが、それら兵籍に身命を委ねた動機の根底には、が存在したのである。


 彼らはいま、若き指揮官のもと、強大な帝国相手に連戦連勝を重ねている。


 侵略者から故郷の土地を守るという痛快事が、路上で朽ち果てるはずだった彼らに、自信と活力、そして躍動感をもたらしはじめていく。



 特務兵が気力を充実させる一方で、正規兵――帝国戦当初から従軍していた有力領主の下士官・兵たち――の心情は複雑であった。


 彼らは自分たちこそ、ヴァナヘイム国を支えているとの自負があった。だが、これまで従事してきた作戦は、やることなすことすべてが裏目に出て、敗れてきたのである。


 そのため、特務兵たちを組み込んだ新司令官が勝利を収めるたびに、彼らは己の矜持きょうじが否定されていくような感覚に支配されていった。


 同時に、彼らは自分たちを否定する存在へ嫌悪感を募らせていく。


「オラ、どけっ」


「悪臭で飯を食う気にならんわ」


「初修調練も満足に受けていないヤツらが、デカい面をするな」


 特務兵たちは、いつもどおりそこかしこに車座になり、食事をとっていた。地面に置かれた彼らの皿を下士官の集団が蹴倒して歩いて行く。


「あいつら……」


「えっらそうに」


「俺たちが加わる前は、負け続けていたくせに」


 下士官たちが去った後、彼らの後ろ姿を睨みつけ、特務兵たちはののしり合った。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


ヴァナヘイ軍兵卒の間に生じつつある不穏な空気に気が付かれた方、ぜひこちらから、フォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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ミーミルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「英雄から軍神へ 下」お楽しみに。


「次官、今朝の新聞を御覧になりましたか」

軍務省に出仕したケント=クヴァシルに、補佐官たちが近寄って来る。新聞を力強く握りしめながら。


「ああ、汽車のなかで読んだよ」


軍務次官のいつもどおりの沈着な態度は、補佐官たちにとって物足りないものだったのだろう。彼らは上官の後に続き、不平を次々に口にしていく。

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