【13-12】正規兵と特務兵 中

【第13章 登場人物】

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 総司令官・アルベルト=ミーミル大将による後退の決断は、ヴァナヘイム軍において、末端の下士官・兵士たちに驚きをもって迎えられた。


 ヴァ軍は、大きく分けて2つの兵種で構成されている。


 正規兵――居住地の兵役により、領主将軍に従ってきた下士官や兵卒たち――と、特務兵組――囚人や失業者たち――である。


 後者は、ミーミル発案、軍務次官・ケント=クヴァシル手配によって実現した、兵員転化である。


【8-13】転用 下

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 正規兵と特務兵――両者は、決して混ざり合うことはなかった。そればかりか、いたる所でいがみ合い、対立した。


【12-20】英雄から軍神へ 中

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 食事の際、彼らは地面で各々の車座を作った。食後の休憩時間においても、仲間内で議論を交わしていた。


「何故、引き揚げなどしなければならないのか」

「帝国のヤツらに、もはや戦意が残っているとも思われません。この勢いで、国外まで追い落とすべきじゃないでしょうか」

「この際、帝国の領土の一部もかすめ取ってしまうべきだ」


 正規兵(下士官・兵卒)たちの車座では、総司令官への不平を唱え、積極論が好まれた。



 相反するように特務兵(囚人・失業者)たちの車座では、総司令官に賛同し、慎重論が多く聞かれた。


「帝国側の動きが読みにくい以上、軽々しく動くべきではない」

「そうだ。勢いに乗っていた側が、たった1度の敗北で滅亡のき目に陥ることもあるしな」


 特務兵たちのそうした声は、正規兵の輪にも届いていた。


 はじめのうちは、軍支給の珈琲や煙草を飲みながら、下士官たちは苦々しい顔で聞き流していたが、血気盛んな兵卒たちが、ついに口を開いた。


「……街に転がっていたゴロツキどもが、何やらやかましいな」

「犯罪者が兵法を語るとは、ちゃんちゃらおかしいわ」

「あの総司令官殿なら、今度は乞食どもを参謀に据えるとか言い出しかねんぞ」


 兵卒たちは大笑した。それらの大きな声は、たちまち特務兵たちの耳もとに届き、彼らは議論を中断する。

「な、なんだと」

「もういちど言ってみろ」



 食後の車座では、同じような顛末てんまつでの兵卒と特務兵によるつかみあいが、そこかしこで見られ、監督職たる下士官がその対応に追われる羽目になった。


 もっとも、下士官たちは兵卒と想いを同じにしていたため、特務兵は数倍殴打され、罰則を多く被る結果となった。




 特務兵たちは、ミーミルを神格視する傾向が強かった。


 若き総司令官はさらに、帝国軍という侵略者の魔の手から、母国を救いつつある。


 世のなかのとして過ごしてきた彼らに、やり直す機会をあたえたのは、ほかならぬこの総司令官である。



 正規兵たちは、ミーミルに大いなる反発心を抱いていた。


 彼が総司令官に着任するずっと前から、ヴァナヘイム国各領土の代表として、彼らは小さいながらも誇りを持って戦ってきたのだ。


 ――領主様のために、ひいては故郷のために命をかける。

 帝国との未曾有みぞうの大戦に、下士官・兵はその想いを胸に次々と倒れていった。


 彼らの無念を晴らすべく、その兄弟・友人たちが志願して、軍服に袖を通し、銃を手に取った。


 だが、帝国軍は強かった。


 彼らはいたるところで負け続け、同僚たちの多くが荒野にむくろさらした。


 総司令官が何度変わっても駄目だった。


 故郷は次々と蹂躙じゅうりんされていった。


 やがて死の順番を待つようになると、彼らは厭戦えんせん気分に陥った。



 ミーミルの差配により、突然、犯罪者や失業者が、兄弟や友人の穴埋めとして配属されたのは、そのような状況下でのことだった。


 そいつらは、「特務兵」という大層な名で、彼ら正規兵と同じ銃を扱い、同じパンを食べるようになった。


 落ちるところまで落ちたものだ。


 自分たちの存在とは、犯罪者と同等であったのか。自分たちが命を懸けてきたものは何だったのか――。



 彼ら正規兵が思い迷っている間に、戦況は自国に有利となっていった。


 新たな総司令官は、着実に結果を残していく。でたらめに強かったはずの帝国軍があっさりと敗れていった。


 郷土に残してきた家族や知己は熱狂した。前線で戦う彼らも胸がすく思いであったが、同時に胸の底に刺さるとげのようなものを知覚した。



 軍人にとって、とは、勝つことであった。


 国の代表として外敵を打ち払うことが求められてきたわけだが、これまでの彼ら正規兵は、必死に戦っても親兄弟・同僚友人を失うばかりであった。


 新しい総司令官のなすことは正しかった。仲間の死は極端に減り、失った諸都市を次々と取り戻した。


 自分たちがと同じ存在であることも正しかったようだ……彼ら正規兵の反発の根底にあるものは、一抹の寂しさなのかもしれない。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


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ヴァナヘイム軍兵士たちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「正規兵と特務兵 下」お楽しみに。


一連の騒動――正規兵と特務兵の衝突――は、各部隊で確認され、ヴァナヘイム軍総司令部にも次々と報告がもたらされた。それは看過できぬ件数に及んでいる。


どの部隊においても、呼吸をするのが億劫に感じられるほど、殺伐とした雰囲気が漂っていた。


しかし、何度目かに、さしかかった大隊は雰囲気を異にしていた。階段将校――ヒューキ=シームル少佐とビル=セーグ少佐の2部隊であった。

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