儚く透明感に満ちた美しさと、その奥底に流れる真っ直ぐな強さ。

左耳の耳朶を持たずに生まれた少年、ラルム。
ピアノ講師を営む母親は、そんな息子の心と身体を優しくいたわり、常に音楽で包み、深い愛情を注ぎます。
また彼自身も、ピアノを演奏することで自分自身を表現する喜びを知り、ピアノとともにあることが彼の幸せとなっていきます。
母の愛に包まれ、守られ、憂いを味わうことなく幸せに流れるラルムの日々。
けれど、そんな母親がある日突然姿を消し——。
彼は、今まで守られてきた繭から引きずり出されるように、現実の苦しみに曝されます。
堪え難い屈辱と孤独の中で、ラルムは——。

人間は誰も、苦悩から逃れることはできません。それは時に、生きることを投げ出したくなるほどに心を追い詰め、重苦しく覆い被さります。
それでも——辛く苦しい経験は、乗り越えた後にやがて必ず自分を支える力になる。
苦しみの味が深いほど、その後には強い心が生まれ——「心の強さ」こそが、その先の道を明るく照らしてくれる。
そんなことを信じさせてくれる力強いメッセージが、一見消え入りそうに儚く美しいストーリーの根底に流れています。

ドビュッシーの調べが常に流れる、どこか儚く透明感に満ちた空気。それでありながらその奥底に真っ直ぐな強さを秘めた、深い魅力に満ちた物語です。

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