錬金術が化学と同義であった最後の時代を楽しむ

 十七世紀中ごろに活躍した錬金術師ジョージ・スターキーの哲学者の水銀(sophic mercury)は賢者の石へと繋がるものとして後世に伝わっている。スターキーの影響力は多くの化学者に渡り、ボイル、ロック、ライプニッツ、ニュートンも彼の著作を読んだとされる。
 錬金術を中世・近世の時代の産物とすると思うかもしれないが、一六九二年にはあのセイラム魔女裁判が起きており、この時代は中・近世の価値観から近代へとその歩みを進める変革期でもあった。そのことは経済学者のケインズが、ニュートンをして理性の時代の最初の人ではなく、最後の魔術師だと評したことからも察することができる。
 一七一八年に海賊エドワード・ティーチが処刑され、冒険的な大航海時代は終わりを告げた。大資本による海運時代が到来し、欧州の経済力が高まり、絶対王政から国民国家へと変わっていくこの近代において人は錬金術に別れを告げ、化学と工業の時代が始まるのである。

 本作『最後の錬金術師』は一七二二年、このような変革期の時代を背景として、主人公であるイーデン・ウッドハウスは王立協会実験主任デザグリエの実験助手として働いていたが、ニュートンの依頼で哲学者の水銀を預かり、それを完成させるべくアメリカに渡ることになる。
 イーデンはそこでレッドウッドの森から来た少女クルルに出会う。緑の瞳をしたその少女は、かつて白人に水銀を奪われたと主張し、それをイーデンから奪い返そうとしたのだ。紆余曲折を経てイーデンは共に彼女が住んでいたレッドウッドの森へ共に向かうことになる。その過程においてインディアンの襲撃や山賊、そしてイーデン達を陰で追跡していくブランケンハイム達、セイレム魔女裁判で主席判事を務めたウィリアム・ストーンの甥ウィリアム・テイラーと裁判の立役者とでもいうべきコットン・マザー、それぞれの思惑が混じり合い、物語の魅力を深めていく。

 この時代におけるアメリカを舞台とした小説は少ない。独立戦争や南北戦争、西部開拓、大陸横断鉄道、金ぴか時代、タイタニック、禁酒法とマフィア等、十八世紀後半から二十世紀を題材とした小説は多いにも関わらず、である。読者には本作を読むことでアメリカ合衆国が作られる前の、様々な国家・民族が入り混じっているこの時代の北アメリカを楽しんで欲しい。

 最後に、登場した人物の背景を調べてみることを是非とも薦めたい。歴史で活躍する多くの人が主人公たちと絡んでいくのは心躍るものがあり、それを知ることでアメリカの近世、近代史を楽しんで学ぶこともできる作品となっているのだ。