最後の錬金術師

めがねびより

第一部 哲学者の水銀

プロローグ アパラチア山脈1648

 夏の盛り、川のほとりに木の棒を組み合わせ毛皮で覆ったテントが並ぶ。麻や毛皮で出来た茶色い服の裾からは何本もの紐飾りが垂れ下がっている。子供は裸で走り回り、女はせわしなく手を動かし、男たちはパイプのタバコを燻らせていた。

 そこへ、馬に跨ったよそ者が2人やってくる。一人は住民と同じような服装だが、もう一人の方は、ツバの広い山高帽を被り、青白い顔に豊かな髭を生やし、大きな襟の白いシャツの上にゆったりした黒衣、膨らんだ膝下までのズボンにまっ白なホーズ(ストッキング)という西洋人特有のものだった。

 よそ者たちは馬を降りると、まず奇妙な服装の男が知らない言葉でしゃべり、それを聞いてもう一人が話した。もう一人は通訳らしい。

 住民たちは同じような白い男たちの訪問を度々受けていた。そして、今回も同じように彼らは黄金を求めてやって来たのだ。話しかけられた住民は、彼方を指さした。その先には青く輝く雄大な山脈。しかし、白い男は首を振って悲し気な表情をした。どうやら納得していないようだ。

 すると、白い男は見覚えのある鷲の羽根で出来た首飾りを取り出して見せた。持ち主の男が出て行ってから3回目の冬が過ぎていた。通訳が言うには、最近、彼は亡くなったそうだ。通訳は続ける。この男は彼が死ぬまで良くしてやったと。そして代償として”おくりもの”の事を男に話したと。

 住民はそんなものは知らないと白を切る。しかし、男が取引に持ってきた10丁のマスケット銃とたくさんの弾薬。その魅力に抗うことは不可能だった。住民たちは話しあい、結局は交換することに同意する。

 男は住民が差し出した握りこぶし大の革袋の中を覗き見た。滑らかに波打つ銀の液体は微かに青白く発光していた。

 ”おくりもの”とは、森の人から受けとった秘宝。奇跡を起こす魔法の水銀の事だ。

 男は興奮気味に、袋を持つ男に確認のため奇跡を見せろと要求した。しかし、住民は拒否した。彼が言うには、それは山の上でしかできない。そして”おくりもの”を使う代償は命を削る。やって欲しければ、もっと銃がいると。

 また銃を取りに戻るのは時間が掛かりすぎる。男はその場での奇跡の確認は断念し、そのまま小袋と銃を交換した。その後、インディアンたちの要求に従い、村を十分に離れてから実験を行った。

 すると、袋から青い光が広がり、地面を含む周りの全てが刺すような青空になった。すぐに光はおさまった。男は袋の中を確認し、実験が上手くいったことにほくそ笑む――その代償に体が蝕まれたことも気付かずに……。

 こうして、”哲学者の水銀”を手に入れた若き錬金術師ジョージ・スターキーは、2年後、より充実した研究環境を求めてフィラデルフィアからロンドンへと旅立った。

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