幸せを祈れるという事



 防戦一方。

 オリバーの攻撃はことごとく避けられているが、目が諦めていない。

 いつ仕掛けてくるつもりだろうか。

 一旦距離を取り、睨むように動向を観察する。


「し、師匠すげぇ……」

「装備のせいだろうが、あれならAランクの魔物とも単身で戦えそうだな……。いやぁ、うちの息子すごい!」

「お父さま、おやばか全開になってるの。まあ、うちのお兄さまが最強なのはまちがいないのだけれど!」

「シュウヤ……」


 お互い体力はほぼ満タン。

 疲労数値はシュウヤの方に影響がある。

 まだ『疲労耐性上昇』などはスキルレベルが高くなくて、効果が薄いのだろう。

 生活スキルなのでコピーされても構わないと思っていたが、これでどうして攻撃が当たらないのだろうと首を傾げたくなる。

『シュウヤ』となった者の、元々の能力が反映されているのかもしれない。


「へ、へへっ……目が少しずつ慣れてきた……」


 戦闘中でも成長し続ける主人公。

 それが『ワイルド・ピンキー』の主人公シュウヤ。

 オリバーの攻撃を避けながらコピーしたり学習していたのか。

 だがそれも想定内。

 ふむ、と目を細める。


「……そうだな……別に、怪我をさせても……半殺し程度なら、治せるか……」

「……は?」

「考えを改めよう。人に怪我をさせるのは罪悪感が強いから、つい手加減してしまったけどお前にそれは本気で必要ない。半殺し程度なら治せるので安心して半死して欲しい」

「なんじゃそりゃああああ!?」

(あ、師匠の鬼畜スイッチが入った)


 急所を外せば死なないだろう。こいつなら。

 槍を握り直す。

 ある程度こちらの動きも追えるようになってきたのなら、尚更最低限自衛出来るだろう。


(『身体強化』『負担軽減』五重付与)


 いわゆるバフの重ねがけ。

『負担軽減』スキルレベルが高くないと、バフに体が壊されてしまうので、この二つは必ずセットだ。


「っ!」


 称号によるステータス値上昇、装備、バフ含めてもはや人外レベルの総合値になっているはず。

 自分で今確認出来ないが、体への負荷も相当だ。

 瞬間移動を使わなくても、そう見える速度でシュウヤの太腿へ刃先を突く。


「ぐうううっ!」

「へえ」


 かすった。シュウヤのズボンと肌が裂ける。

 それでも狙いよりかなり避けられた。

 轟音と地面のえげつない抉られ方が威力を物語る。

 なんで避けられるんだ、と眉を寄せ、今度は両足を突き砕くつもりで貫通力のバフをかけた。

 右に、左に、ほぼシュウヤ以外には追えない速度。

 いや、そもそもまだ戦い慣れしていないシュウヤにも見えないはず。


 

「!」


 なのに、シュウヤが笑みを浮かべたのが見えた。

 人ならざるレベルの速度のはずなのに。

 見えている。

 だから避けられている。

 なぜ、と思う反面「これがチート」と片隅で理解してしまっていた。

 努力しても、努力しても、神から与えられた【無敵の幸運】があったとしても……。


(……全部コピーされてるのか、スキルだけじゃなく、俺の『戦い方』も……!)


 だが武器がなければ応戦出来ない。

 オリバーは武器を使っているのだから。

 避けるだけで勝てるほど、手を抜いてるわけではないのだ。

 だが左に回り込んで槍を構えた瞬間、ついにシュウヤが完全に反応して見せた。

 目が合う。

 身体が真正面から向き合った状態。

 仮面の下で、オリバーはさぞ苦虫を噛み潰した顔をしていた事だろう。

 普通の冒険者にすら、目で追える速度ではない。


「……!」


 槍の柄を、掴まれた。

 しかもそのまま動かない。

 最大限に強化しているはざのオリバーの腕力で動かせなくなっている。


(……ちくしょう……)


 最初から本気だった。

 殺すつもりで挑んでいた。

 なのに、ぎりぎりで避けられ続けて、ついに追いつかれ始めている。

 生まれて十八年、努力し続けてきたのに。

 こっちは普通の数十倍近い身体強化を行っている。

 慣れられるはずがない。

 本当なら、初撃で終わっている。


(なんで、同じ転生者のはずなのに)


 槍を掴まえられたまま引き寄せられた。

 勢いで体勢が崩される。

 シュウヤの拳がオリバーの顔面に叩き込まれた。

 バシッと、非常に嫌な音。

 立て続けに腹、胸、肩にも二撃ずつ叩き込まれた。

 ダメージは低い、と思っていたがそうでもない。


「……っ!!」


 口の中を切った。

 少量の血が口から地面に飛び散る。

 胸の二撃目が肋を折ったのだろう、とんでもなく痛い。


(……見えなかった……俺が!)


 胸に手を当てる。

【蒼銀の衣】の防御力でもってしても、ダメージが大きい。

 オリバーのバフの重ねがけ……それをコピーして動きを真似、こちらが攻撃した瞬間を狙ったカウンター。


「かはっ……」

「……へ、へへ……俺に、勝てるわけねーだろ……俺は、チートの主人公だぜ? 異世界に勇者として召喚されるはずだったんだ。その時にもらえるはずだったチートと、間違えてこの世界に落とされた謝罪のチート二つあるんだ」

「……!」

「ま、まあ、かなりヒヤッとしたけど……主人公である俺が! 負けるわけねーよ! 今のところお前モブだし!」

「…………」


 ぱき、ぱき、と嫌な音が仮面から響く。

 ひびが広がり、砕けて地面に落ちる。


「え……」


 仮面の破片で額が切れたのだろう。

 熱い。

 そして、なにか流れ落ちてくる。

 地面落ちる赤い滴で、やはり切ったと分かった。

 鼻の骨も痛い。

 顔面から滴る血の量が多いので、おそらく鼻の骨もやられた。

 裾で鼻の下を拭う。

 案の定白い衣に血が大量についた。

 生まれて初めて鼻血なんて出したと思う。

 それよりもシュウヤの驚いた顔。

 どうやらオリバーの顔を、真正面から見てしまったらしい。

 さて、どんな反応をするだろう。


「……イ、イケメンじゃねええぇかああああああぁ!! ち、ちくしょう! さすがフェルトたんの兄!」


 まあな。

 と、地味に心の中で同意してしまう。

 自分の顔は称号も相まってそう言われてしまう類の整い方をしている。

 それはいい。もう慣れた。

 そのための厄呪魔具の仮面だ。


(そういえば壊れてしまったな。今日このあとどうしよう)


『厄石』はある。

『ロガンの森』で二つも新しく採れた。意図せず、だが。

 見下ろしてみると仮面に使われた『厄石』も無事。

 ゴリッドに頼めば直してくれるだろうが、そこまでの道のりが……。


「俺イケメン嫌いなんだよ!」

「知らないよ。俺だって別に好きでこの顔に生まれたわけじゃないし。母さんが美人だっただけの話だし!」

「確かにね! お前の母ちゃん美人だったわ! さすがフェルトたんの母!」


 口の中に溜まった血を吐き出す。

 変なところで気は合うのだが、やはり相容れない。

 動きに追いつかれたのではもう……。


(瞬間移動を、使うしかないか。コピーされるから使えるのは一度きり……)


 槍も、得意ではあるが掴まれてカウンターを喰らうのはごめんだ。

 収納魔法にしまい、代わりに取り出したのは【奏楽の蒼剣】。属性は水。

 物理攻撃力は1600。魔法攻撃力は950。俊敏プラス350効果を持つ速さ重視の聖霊武具。


「え、ま、まだやる気かよ」

「冒険者試験は合格だよ。でもエルフィーとフェルトはやらない」

「……あ……」

「どうしても連れていくなら、俺を殺していけばいい」

「…………」


 明らかにシュウヤの表情が強張った。

 空気が、冷めた。

 それに気づいていたが──。


(なんだろう。意地? それとはちょっと違うような気もするなぁ。……なんか、ただ、人として、男として……このまま負けるのは……嫌だ)


 十八年の努力を、踏みにじられたままというのはどうにもこうにも我慢がならない。

 それが意地というのならそれまでだが、それともう一つ、男として、負けたくないと思った。

 この男にだけは、負けていたくない。

 倒したい。

 ねじ伏せたい。

 自分の努力した時間で。

 すべてで。

 命を──懸けてでも。


「…………、……っ……そ、そうかよ……そんなに、俺を認めねぇ気かよ……。同じ転生者なのに」

「…………」


 最後の一言だけはオリバーにしか聞こえないような小さな呟き。

 ほんの少しだけ驚いた。

 シュウヤにもオリバーに対してそんな感情があったのか、と。

 腹を少しだけさする。


(ムカつくなぁ……)


 剣が重い。重く感じる。

 勝負は一瞬。

 今度は本気で、首を落とすつもりでいく。

 体の怪我が存外重い。

 治癒魔法をかけてからでもいいだろうが、瞬間移動はまだ練習中なので魔力消費が大きい。

 次の一撃で仕留められないなら、瞬間移動での戦いになる。

 そうなればオリバーの敗北。

 まったく、腹の立つ事この上ない。


「だったら、俺だって……!」

「そこまでだ! やめろ! どちらかが死ぬぞ!!」

「やってやるよ!」


 ディッシュの声が間に入った。

 だがシュウヤが飛び出す。

 拳を握って、『身体強化』魔法を六重にも重ねがけしてきた。

 まったく、本当にふざけていると思う。

 オリバーでさえ五重がけが最大だ。


「…………!」


 飛ぶ。

 シュウヤの真後ろへ。

 そのまま首を跳ねる。

 そう一歩先に出ようとした時、オリバーの目の前にエルフィーが飛び出して二の足を踏む。

 シュウヤも思い切り急ブレーキをかけた。

 リリが駆け寄ってきて、止まる。


「わ、わたし……わたしは……貴方と、一緒には……行きません……! わたしは、わたしはオリバーさんが、す、好きなので! オリバーさんの、こ、婚約者なので……! フェ、フェルトちゃんも、やるべき事が、あるので……! か、勝手に、二人で、わ、わたしたちの事、決めないでください……!!」

「「…………」」


 ──ごもっとも。

 二人の心が綺麗に一つになった瞬間だった。


「オリバーさん! 怪我! て、手当て! し、しますから! もう、試験が終わったなら、か、帰りますよ!」

「え! で、でも……」

「でもじゃ、ありません! オリバーさん、変です! 今日、あの人と、話してると! 酷い言葉ばかり使って……わたし、そんなオリバーさんは嫌いです!」

「はぁぁあっ!」


 人生でここまでの衝撃を受けた事が果たしてあっただろうか。

 衝撃が強すぎて膝から崩れ落ちた。


「嘘! すみません! もう二度と使いません!」

「だ、ダメです許しません! 今日のオリバーさんはなにか変だったので、お、お部屋で反省してください……!」

「ふ、ふあああぁっ……!」


 許されなかった。

 土下座で改めて謝ったがダメだった。

 地面に突っ伏すオリバーを、プンスコ怒るエルフィーにウェルゲムが「えぇ、マジ?」とドン引きする。

 ウェルゲムからすれば、あの人の心のない師匠を跪かせたのだから驚き以外ない。

 シュウヤの側にもリリが歩み寄ってくる。


「リ、リリ……」

「バーーッカ!」

「ふぶっ!」


 張り手をかまされる。

 ただの張り手なのだが、ダメージが半端ない。

 バフがけしているので、ただの張り手にダメージなど負わないはずなのに。

 こちらも膝から崩れ落ちる。


「そんなんじゃ仲良くなれるわけないでしょ。バカ!」

「…………」


 デコピンの追撃。

 それを受けてから、シュウヤはますますしょんぼりとした。

 そんなリリのところへ、エルフィーが肩越しに振り向く。

 二人は視線を合わせると、微笑み合う。

 それだけの事だが、なにかを通じ合わせたように手を振り合い、沈めた男二人に寄り添った。


「ギルドに戻って、手当てしましょう」

「……オリバー、改めていい娘選んできたなぁ。いや、でも今のは本当にお前が悪いぞ」

「すみません……つい頭に血が上って……」

「それより厄呪魔具が壊れたな。このまま町に戻るのはちょっと危ない」

「あ、そ、そうですね!」


 エルフィーが覗き込む。

 その顔の近さに怒られたばかりだというのに、赤面して顔を背けるオリバー。

 そんなオリバーに、エルフィーも少しだけ頬を染めた。

 ……先程、オリバーがシュウヤを殺そうとした時、リリがエルフィーの背中を押したのだ。

「助けて」と、言葉を添えて。

 あれがどんな意味なのかは分からない。

 シュウヤを助けて欲しい、という意味ではないと感じた。

 振り返ると、少しだけ切なそうな表情でこちらを見ていたリリ。

 その肩にはしょぼくれたシュウヤを担いでいる。

 ディッシュが近づいて「試験は合格。登録に来い」と淡々仕事をこなしていた。

 リリ……不思議な少女だ。

 少なくともエルフィーにはオリバーとシュウヤ、この二人と同じ『なにか』を感じる。

 彼女に背中を押された時……なぜか「助けて」と言われた時、自分の心に素直になろうと思えた。

 だからオリバーの腕に、頬を寄せてしがみつく。


「エ、エ、エルフィー……? あ、あの、ち、近い……よ?」

「む、無茶をした自覚を持ってください……!」

「す、すみませんでした。……え、で、でも……」


 分かりやすく照れるオリバーに、頬を膨らませて見せるエルフィー。


(ふぉあ……かわ……っ!)


 しかし怒られているので声には出さず口を覆う。

 顔面血塗れなので色々と台無しなのだが、エルフィーが可愛くてそれどころではない。


「…………あれ? そういえばさっき、エルフィー……」

「は、はい?」

「……え……ええと……」


 口に出して言えない。

 オリバーが言うとなにか違う事になるので。


「……はい、ちゃんと、わたしも……オリバーさんが、好きですよ……」

「…………」

「だから無茶しないでくださいね」

「……はい」


 鼻を改めて拭う。

 額や鼻血は止まってきたが、顔が汚れっぱなし。

 それでもおそらく、『魅了』と『誘惑』効果は垂れ流しだろう。


(でも、エルフィーはいつも通り……じゃあ、エルフィーは……さっきのは……)


 血を拭うフリをして、滲んだ涙を拭いた。

 この子を泣かせないようにしよう。

 そう、心に誓った。




「…………」


 そんなオリバーの背中をリリは見つめた。

 二人が転生者の話をしていた時に、彼女の中で確信した事がある。

 それは彼女、リリの記憶にある、死後の世界の記憶。

 前世で自殺した彼女は、死後の世界でとある少年に救われた。

 飛び降り自殺の際、彼女が下敷きにして殺してしまったあの少年。

 彼は彼女に「恨んでいない」「つらい思いをするのは可哀想」……そんな風に言って、魔祖『天輪』へかけ合い、彼女の刑を軽くしてくれた。

 そうして望んだ彼の転生先。

『ワイルド・ピンキー』……主人公に愛されないヒロインを救う。


(彼だ)


 確信した。

 自分の罪は消える事はない。

 この『リリ』としての一生を正しく終えたあと、地獄に行って償わなければいけない。

『リリ』としての一生は前借り。

『彼』への贖罪と恩返しのために天輪が与えてくれた時間。

 それを確信したから彼の愛する少女の背を押した。


(あたしじゃ彼の事、幸せに出来ない。だってあたしが殺してしまった人だもの。ごめんなさい、ごめんなさい……お願い、あなたじゃなきゃ……だから、どうか……)


 祈る。

 それしか出来ない。

 口にする勇気もない。

 すがるしか出来ない。

 背中を押す事しか──。


「…………」


 そう思っていた時、エルフィーはリリの方を振り返って微笑んだ。

 それに泣きそうな気持ちを耐えながら微笑み返す。


(……ああ、だから……)


 そんな優しい女の子だから、彼は惹かれたんだ。

 許してはもらえない。

 許されてはいけない。

 ただ、幸せだけは祈らせて欲しい。


「リリ?」

「……あたしたちも行こうか。シュウヤは冒険者になる手続きがあるんでしょ? ほら、肩貸してあげるからさ」

「お、おう」







 これは誰かの幸せを祈った物語


*********

あとがき

「拝啓、大好きなチーレムラノベの負けヒロイン様、ハイスペックに転生した俺が幸せにするので結婚してください!〜ただし主人公、お前は殴る〜」を最後まで閲覧いただきありがとうございました。


こちらの作品の「本編」はこれにて完結となります。

構想としては続きがあるのですが、メインキャラの数とか話の空気が別物になるのでシリーズを作り、続編的な感じにした方がいいかなぁ、と思っております。

なんかもう題名から変えた方がいいよコレ……みたいな感じなので。

ずーっとpixivで書いてたやつのオリジナル版を書きたかったのでこれに合体させようと目論んで……。


基本的には「オリバー・ルークトーズ」は主人公なんですが「主人公のライバルキャラクターを主人公にした場合」というつもりで書いてました。

そういうのが好きなんですよね、うん。

主人公級の一人、主人公のライバルみたいなのの視点。

続きの方も多分そんな感じ。

オリバーも主人公の一人、みたいな感じにして書きたいです。


「主人公とライバルは三回くらいガチで殺し合ってから共闘して欲しい性癖」の名の下にあと二回くらい殺し合って欲しい(真顔)


完全に趣味に走っているけど創作ってそういうものだよね、のノリ。

あとがきの時点で4月上旬なのでモチベがよく分からんのですが、続きは多分書くので多分。

いや、書きたいので(希望)

書きたいので、まあ、なんかそれに続く小話みたいなのを明日から少し載せまする。

満足したら完結設定にしますね。うむ。


では、改めて最後までの閲覧ありがとうございました。

古森でした。

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