決闘
と、思うけれど、それはそれこれはこれ。
「! つまりお前はWEB版オリジナルキャラであるフェルトたんの兄貴だったのか!」
「……まあ、兄貴だけれども……」
まさにその通りなのだが、なんとなく釈然としない。
(……俺がWEB版オリジナルキャラ……? そもそもWEB発なんだからWEB版が原作じゃ……。書籍版にも登場してないって事か? むむむ……WEB版は『完』で読むのやめちゃったからなぁ。あのあと番外編みたいなのが続いていた、という事か?)
WEB発作品あるある。
本編が完結しても書籍が完結しても、WEB版はなかなか完結設定にされないアレ。
宣伝のために完結設定にしてはいけないルール的なものがある、と某ネット掲示板で見かけたが、完結後番外編で本編の文字数超えたりもするらしい。
宣伝って大変だな。
まあ、オリバーはその『本編完結』で読むのをやめた。
他にも面白い作品がたくさんあるし、オタクとして作者に還元したいので書籍を買う。
前世の妹に布教と、家にいる時の暇つぶしとして全八巻を二冊ずつ買って手渡したりもした。
バイトでお金が稼げるようになったら、生活費の他に円盤買ってお布施しなきゃ、とも思っていたがそれは叶わず。
(……WEB版……。『ワイルド・ピンキー』のモデルの世界だからストーリーが違うのかと思ってたけど、もしかしてその『完結後の番外編』の世界、的な? IFの世界、みたいなもの?)
そうだとしても──。
「表へ出ろ。殺す」
称号【シスコン++】による威圧発動。
その場の人間が縮み上がるほどの威圧で、一部は行動不能に陥る。
主にウェルゲムがエルフィーの背中に隠れて震えた。
まだ一言も台詞がないのに、タイミング悪すぎて可哀想。
「……ゆ、揺るぎないシスコン……。くっ、じょ、上等だ……やったるわ!」
「え! ちょ、シュウヤ!? 本気!?」
「やるしかねーだろ、フェルトたんと旅をするには」
「なにわけ分かんない事言ってるの! あんな小さな女の子とどこに旅するっていうの!?」
「世界を救う旅だ!」
「アンタ本当に頭イカれたんじゃないの!? お医者さんに見てもらった方がいいわよ! 大きい町に来てるんだし!」
「俺は正常だっつってんだろ!」
「どこが正常なのよ!」
リリのごもっともすぎる説得も虚しく、オリバーと共にギルドの外へ出る。
が、オリバーの歩みは止まらない。
「どこ行くんだ……!」
「町の外まで行く。お前と俺が戦ったら、町に被害が出かねないから」
「……え? 待て、お前もしかしてマジで俺の事、殺そうとしてねぇ?」
「え? 殺すけど?」
「…………(目がマジなんですけど……?)」
エルフィーの事も許せないが、まだ八歳の妹、フェルトをこの時点でハーレムに加えようなどと……これは抹殺だろう。
(そもそも殺すつもりで挑まなきゃ、チート持ちのシュウヤとは戦いにならない。本気でやる。一切の手加減もせず……)
だから収納魔法の空間から【蒼銀の衣】を取り出して装備する。
一瞬で姿が変わり、町の外まで来た頃には【
【憐憫の槍】、水属性の聖霊武具。
水属性の魔法は風や土よりやや扱いづらく火より得意、といった程度。
そしてこの槍の能力は自動回復。
「……お前のその俺へのあたりの強さおかしくねぇ? まだ二回しか会った事ねぇのに! ……なんなんだよ、まさか前世の知り合い?」
「どうだろうね。少なくとも俺は前世の事は……もうあまり思い出せない。正直『ワイルド・ピンキー』のストーリーも、抜け落ちてる部分が多いと思う」
「!」
「でもエルフィーには前世から憧れていたし、フェルトは生まれた時から知っている俺の大切な妹だ。どっちも渡さない。
なにより実際に会って話してどんどん好きになったのだ。
彼女の誠実さや、優しさ、気遣い。
引っ込み思案で自分に自信がないけれど、いざという時は勇気を振り絞って守ってくれた。
思い出して笑みが溢れる。
「シュウヤ!」
「げっ、リリ! なんで来たんだよ」
「……い、今の……どういう事……!」
町の門を出ると、リリが駆け寄ってきた。
ディッシュがシュウヤの冒険者手続きのための審査、フェルトが興味本位でついてくるのは分かる。
エルフィーとウェルゲムはなんでついてきているのか。
まだ距離はあるものの、一番側をついてきていたリリはシュウヤに詰め寄った。
今の話を聞かれ、そして理解されたというのか?
「前世って……」
「ふっ、バレちゃしょうがねぇな。俺はザコじゃねぇ。死んだザコの体に転生した異世界人、シュウヤだ!」
「……っ! ……じゃあ、ザコは、本当にもう……」
「ああ、あの時死んだ」
「それ今じゃなきゃダメ?」
「ストーリー知ってんなら分かるだろ! 今じゃなきゃダメだ!」
確かにこのシュウヤとリリのやりとり、ストーリーにある。
あるのだが今ではない。
そもそもシュウヤの語り口調だと、オリバーは名前すら出ていないっぽいのだ。
尚更これはオリバーの目の前で行われるやりとりではない。
「ストーリー……? それって、それもどういう事なの?」
「この世界はラノベ、『ワイルド・ピンキー』の世界なんだよ。俺は異世界でその話を読んでたんだ」
「あれ、その話はしなくない?」
「え? そうだったっけ? あ、やべ、そうだった」
「……ふ、二人とも、そ、そうなの? その、転生……」
「そうですね。でも、俺はもうほとんど覚えていませんし……それを人に話したところでこれまでや今、これからが変わるものでもないと思っている。俺はもうこの世界で生きている人間なので」
「…………」
シュウヤはどうだか知らないが、という目で睨む。
『シュウヤ』……その名前通り、彼はオリバーとは違う。
オリバーは『オリバー・ルークトーズ』として生まれてきた。
だがシュウヤは『ザコ』という村人として生まれてきた。
『ザコ』が死んでその身に魂が入り込んで『転生』したのがこの『シュウヤ』。
この世界に上書きという形で入り込んできた転生者。
だからきっとまだこの世界ではこの世界の生き方があるという事も、よく分かっていない。
「……っ」
歪んだ唇から発せられる音。
昨日のドラゴンが言っていた事が気になる。
『転生者』……この世界に未だ馴染まぬ者。
おそらくシュウヤにも無関係ではない。
話すべきだ。
直感だが、そうした方がいいと感じる。
「でもそれはそれ、これはこれ。お前が冒険者になるのは構わないけど、妹は連れて行かせないしエルフィーも渡さない。聞けないようなら殺す」
「むっ……!」
「……どうする」
最終警告。
槍の先端を突きつける。
「オ、オリバーさん!」
「…………」
そこへエルフィーと父ディッシュ、フェルト、ウェルゲムが歩み寄ってきた。
まさか町の外まで来ると思わず、探して追いかけてきたらしい。
「……大丈夫、元々冒険者志望の人は試験を受けなきゃいけないから。これはその試験も兼ねてる」
「え、そ、そうなのか? って待て! 俺は昨日『ロガンの森』でめちゃくちゃ戦ったぞ! お前見てるよなぁ!?」
「見てるし知ってるけど試験は試験。あと私情。個人的に許せない」
「さ、最低だ……!」
「ギルドマスターたる俺が許す! やったれオリバー!」
「ギルドマスターが許可出すのかよ!?」
そこは娘、フェルトが絡んでいるので仕方ない。
「えぇいクソっ! めちゃくちゃ腹立つ! いいぜ! そこまで言うんなら、俺が勝ったらフェルトたんもエルフィーも俺のモンにするからな!? いいよな!? 命懸けるんだから!」
「はあ!? シュウヤ、あんたなに言って……!」
「えっ」
「なんだとぅ!? うちの娘はまだ八つなんだぞ! ふざけているのか!」
そう宣言したシュウヤの手の内は、昨日から変わっていないなら『鑑定』『探索』『強化』『浮遊』『飛行』『ギガント・ハリケーン』『オールクラッシュ・ハリケーン』等の魔法中心。
『ギガント・ハリケーン』や『オールクラッシュ・ハリケーン』の攻撃魔法は、オリバーに基本通用しない。
この二つはオリバーも覚えている。
風属性の魔法は基本的に同じ魔法を同時に使うと相殺、または相乗効果で威力が倍増するのだ。
それは使い手次第。
そしてシュウヤはまだ武装はしていない。
村から出てきてお金もないのだろう。
ストーリーでは、村が壊滅してから帝都に向かい、冒険者登録を済ませていきなりBランクの依頼をこなして金を得ていたはずだ。
とはいえ、この世界はシュウヤが思っているほど金……金貨などの価値が高いわけではない。
そういうものは貴族が好む。
『ワイルド・ピンキー』の中でシュウヤはその金貨を使ってエリザベスに近づくので、問題はないのだが。
その辺りは記憶が曖昧になっている。
「うっせー! 女の子に声かけただけで一方的に命狙われりゃそんくらいの『ご褒美』なきゃやってらんねーだろ! あとエルフィーはあれだ! ついでだついで! 本編じゃあ救ってやれなかったかもしれんけど、『俺』はそーじゃねぇ! ちゃんと俺の女の一人として、幸せにしてやらぁ!」
「…………」
「あ、あいつなに言ってんだ?」
困惑するエルフィーとウェルゲム。
なんでそんな事を出会ったばかりの相手に言われなければならないのか、と表情にありありと現れている。
ヒュン、と槍を振るう。
「くっ!」
『身体強化』『浮遊』『鋭利化』『貫通力上昇』『俊敏上昇』『負担軽減』『負荷軽減』『疲労耐性上昇』。
ざっとこれだけを一瞬で使ってみせる。
それを避ける方も避ける方なのだが、シュウヤの基礎数値がまずもっておかしいので想定の範囲内。
だがしかし、決して楽には勝てない、とシュウヤ自身が分かっている。
総合ステータスの基礎数値はシュウヤが圧倒的。
もはや人外のレベル。
でもオリバーには武具がある。
それこそふざけた数値の聖霊武具が、祖父から贈られて山のように収納魔法の中に眠っているのだ。
ゴリッドに作ってもらった【蒼銀の衣】の物理防御力と魔法防御力数値は共に50。
【憐憫の槍】の物理攻撃力は1045、魔法攻撃力は500。
どちらもシュウヤの基礎ステータス数値を上回る。
つまり武具を装備していないシュウヤ相手ならば、この装備で負ける事はないのだ。
シュウヤも『鑑定』でそれが分かるはず。
さらに言えば、今回フェルトが関わっているのでオリバーの称号【シスコン++】効果でステータス基礎数値が五倍。
負ける要素がない。本来は。
(……避けられた)
確実に首を狙った。
オリバーの総合運の数値は朝確認した時点でまた増えて105……【無敵の幸運】ならば避けられるはずはない。
それでも避けられた。
シュウヤの総合運の数値は90。
オリバーの記憶通りならば、これでオリバーの攻撃が当たらないのは少しおかしい。
(対人戦は訓練以外で初めてだからだろうか? 殺すつもりでいかなければ勝てない。でも本当に殺してしまったら? 俺は多分、それが怖い)
無意識に手加減してしまっている。
それを自覚した時、それならそれでもいいかと思った。
殺す気でいくのと、本当に殺してしまうのは別だ。
こんな奴死ねばいいと軽く思うが本気で思っているわけではない。
嫌いだけど。
本気で嫌いな事は間違いないけれど。
(転生者同士だから、妙な情でもあるのかな)
槍を振るい、技は控えて通常攻撃を全力で強化して使う。
シュウヤは覚えた攻撃魔法を使うタイミングを見ている。
だが、昨日散々使って威力と範囲は自覚しているはずだ。
あれは対人戦向きの魔法ではない。
使えば、ハラハラと見守っているリリやエルフィーたちにも被害が及ぶ。
武器もなく、装備もない。
魔法も使えないとなればシュウヤに出来る事は、全力で逃げ回るのみ。
だがそれでは勝てない。
必ずなにか、仕掛けてくる。
(けど、この『シュウヤ』はラノベの『シュウヤ』なわけじゃない。『ワイルド・ピンキー』の事を知っている時点で別人だ。自分で気づいてないんだろうか? ……気づいてないんだろうなぁ)
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