3粒目
「強敵」と書いて「とも」と呼ぶ。世紀末覇者の方々にバレンタインなんてないだろうが、とにかく。近年のバレンタイン、この
本来の
「つまりだ。オレたちの手で、このクラス──いや、この学園中に強敵チョコをバラ撒くんだよ。匿名でな」
……なるほど、そういう事か。僕は途端に理解した。こいつら、匿名をいい事に毒を盛るつもりだ。
あからさまに男からのチョコだとわかれば警戒されるだろうから、あくまで「女の子からのチョコ」を装うのだろう。怖い。
本物の毒を盛るのは完全に犯罪。こいつらはアホだが、そこまで救いようのないアホではない。だからきっと、唐辛子だとかイナゴの佃煮だとか、そういうゲテモノ系を仕込む気だろう。狡猾で陰湿。まさにブラッディ・バレンタイン。
「……毒を盛るのは犯罪だぞ。本当にやめとけって、それは」
「アホか、毒なんて盛らねぇよ」
「毒じゃなくても、特に虫系はヤバいって。完全にトラウマだって。いくらモテるイケメンどもに腹立つからって、やって良いことと悪いことがある」
僕は虫が苦手だ。もし、貰ったバレンタインチョコを食べて、中にバッタなんかが入っていたとしたら……想像するだけで恐ろしい。それはマジでブラッディ。
自分の想像に震えていると、
「安心しろ。毒も虫も盛らない。チョコレートに盛るのは、純粋な愛だ」
……それは虫よりもヤバイ答えだ。
「名塩、それって男に贈るチョコだよな? ええと、どう言ったらいいんだ。まぁ最近はそういうのに寛容になってる世の中だけどさ、」
「何を言ってるのかわからんが、むしろ愛ゆえの純粋な味で勝負だ。向こうが本気なら、こちらも本気を見せねばなるまい」
「いや言ってる意味が、」
「いいか、よく考えろ
「あぁなるほど。そういう事か」
安心した。おホモだち的な展開だけは避けられそうである。セーフ。とりあえずセーフ。
「よし、続けるぞ。ばら撒く強敵チョコによって俺たちのようなゼロカロリー組も、少しは笑顔になれるかも知れない。どうだ、誰も悲しまない素晴らしい作戦だろう?」
ゼロカロリー組。つまりチョコを貰えない可哀想な僕たちみたいなヤツのこと。そんなヤツらが、匿名のチョコレートを貰ったとして。そしてそのチョコに喜んだ後、実はそれが
……間違いなく死にたくなるだろうな。やっぱり悲しみしか生まないぞ、どう考えても。
「まぁ、大体は理解したよ。でもやるなら勝手にしてくれよ、僕はやらないからな」
「お前がやらなくてどうすんだよォ! 卒業後は製菓の専門学校に行くんだろ、三木ィ!」
「僕が初耳だよ! 確かに家はケーキ屋だけどさ!」
「チョコレートで世界を変えると言っていただろう? 先週の金曜日のことだぞ」
「一度も言ってないし、だとしたら歴史浅いな!」
「わかった、それなら作戦に
「有り得ないから! 女の子は匿名のチョコなんて怖くて食べないよ! それに当ててる漢字も違うだろそれ!」
思わず全力で突っ込んでしまった。くそ、完全に乗せられてる気がする……。良くない兆候だ、これは。僕は一旦、目を閉じて深呼吸をする。
すぅ、はぁ。すぅ、はぁ。
「……少しは落ち着いたかよ、三木?」
「僕のセリフだ! お前らが落ち着け! ていうか何がしたいんだ、マジで。バレンタインをやっかんでるのはわかるけどさ、それになんで僕の作るチョコの方が美味いって前提なんだよ、おかしいだろ?」
「お前は地元有名パティスリーの跡取りだ。お前の作るチョコが、そこいらの女子に負けるはずがない。それに『パティスリー・ミキ』の包装紙に包んでバラ撒けば、これは良い店の宣伝になる」
「ありがとう! 僕のチョコだってバレバレだな!」
「ククク、バレンタインだけにかァ?」
「全然面白くないからな!」
僕は頭を抱えた。やっぱり底抜けのアホだ、こいつら。そしてそのアホと一緒になってアホな会話をしている僕も、やっぱり充分にアホなのだろう。類は友を呼ぶ。どうやらこれは真理らしい。
「……さて、話は纏まったな」
「これで纏まったって思えることが凄いよ」
「二月十四日、俺たちは攻勢に出る。目的は
「ククク、武者震いがするぜ。オレぁこの日のためにバイトしまくったんだ。材料費もろもろ、軍資金はオレに任せなァ! ドロー! オレのターン!」
ぴらり。加西は諭吉先生三人組を召喚していた。マジかこいつ。その本気度が怖い。
「ドロー! 次は俺のターン! 追加で諭吉を三人召喚!」
名塩が先生をさらに三人追加した。計六人の大援軍。
ここまでされれば、最早やらざるを得ないだろう。六人の諭吉先生で学園中のチョコを賄うことは無理だろうが、二年生全員分のチョコなら何とかなるかも知れない。
毒や虫を盛るよりは、いくらか気が楽だしな。って、何で僕はやる気になってんだ。まずい、完全に毒されてる。
「……なぁ、二人とも。何でこんな事しようと思ったんだ? そもそも喪に服するんじゃなかったのか。これじゃあ積極的に参加してるだけだろ?」
「……バレンタインに、キャッキャしているヤツらへの反抗さ。オレらのチョコが噂んなって、いつかオレたちが仕掛けたもんだとわかってみろ。ヤツら、どんな顔するだろうなァ?」
「その通りだ。モテないヤツらにも矜恃はある。それを見せつけたい」
ニヤリと笑う加西、そして名塩。何がこの二人をそこまで掻き立てるのか。僕には理解できない。できないけど。
何かに一矢報いたい、という気持ちは理解できないでもない。
仕方ない。どうせマシなチョコを作れるのは僕だけだ。参加しないといつまでも絡まれることは必至。なら、やってやろうじゃないか。
僕は椅子に深く腰掛けて目を閉じると。頭の中でレシピを組み立てる。
すぐにカチリと、バラけていたピースがハマった気がした。
────────────
「ねぇ、あの例のチョコ食べた?」
「食べた食べた! めっちゃ美味くない?」
「誰が作ったのかなぁ」
「謎だよね。一切わかんないけど、どうやら二年なのは間違いないよ」
「すっごい可愛い包装だったよね。どんな子だろ、学年中に配るなんて」
「男子にも配られてたんだよね?」
「あぁ、アレか。確かにアレが一番美味かったな。お前も貰ったんだろ?」
「アレ美味かったよなぁー、おれまた食いたいもん。ほんと誰なんだろうな? 絶対可愛い子だと思うわ、なんとなく」
「女子の中では噂になってないのか? 誰々が怪しい、みたいな」
「それが全然なんだよねー。まるで手掛かりナシ。でも、絶対すごい子だと思うよ。学年中にあんな素晴らしいチョコを提供するなんてさ。聖人君子?」
「ほんと、誰なんだろね。なんで名乗らないんだろ?」
「名乗りたくない、引っ込み思案な子なのかもな。絶対人気出るのに」
「そういやおれ、面白い噂を聞いたぜ」
「なになに?」
「例のチョコ、二年全員に配られたって話だったろ? 実は違うんだよなぁ」
「どういうことだ?」
「配られなかったヤツらがいるらしいんだよ。余程嫌われてると見える」
「えっ、誰それー? みんな貰えたんじゃなかったんだ?」
「女クラの、名塩と加西と三木って男たち。アイツらクラスでもかなり浮いてるらしいからなぁ」
「あぁ、あの三バカね。聞いたことあるある、めちゃくちゃ変人なんでしょ?」
「確かにかなり変わってるな、アイツら。芯のある変人っつーか、なんつーか」
「あぁ、友達にはなれねータイプだよ。で、そいつらが貰ってないってことは、きっとそいつらを普段から見てる子だよな。だから女クラの誰かなんじゃねーか? アイツらのキモさを知ってるってことは」
「なるほど、一理ありそうだね。明日女クラの子に聞いてみよーっと」
「おれからも頼むよ。あのチョコの作者には、お返ししたいからな」
「私も友チョコのお返ししたいなぁ。ていうか、もう一度食べたい!」
「しかし、なんで学年のほぼ全員に配ったんだろうな? 男にも女にも。何がしたかったんだ?」
「そりゃ、作者に聞いてみないとわからないけど。でもきっと、こういう考えなんじゃない?」
「どういう考え?」
「愛こそ、全て!」
【終】
バレンタイン・カプリチオ 薮坂 @yabusaka
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