第3話 兆し
天界における四元素の一つを司る四天使の一翼であるウリエルは、それに加え現在は死の天使長の役割も兼任している。アダムの死後、仕事を放棄するようになったサマエルの空けた穴を埋める形で他の死の天使らに魂の回収を指示していた。
「……どうなっている、シェムハザからの連絡はどうした」
「それがない。今夜の死者の名が分からねば回収のしようもない」
かつてサマエルから直々の指導を受けていたカマエルは努めて機械的に代理の上司であるウリエルに報告をする。やがてはウリエルからも正式に死の天使の長の座を継ぐことになるカマエルだが、その話はまた後日。
ウリエルの眉間に皺が寄る。考えるように口元に手を当てて、しばしの沈黙。小さくため息を吐くと四枚羽根を広げた。背を向けたままカマエルへと声をかける。
「……こうなれば仕方ない。ラグエルに指示を貰ってくる。少し待っていろ」
そう飛び立ったウリエルが向かうのはラグエルのいる天の主の膝元だ。翼を持たないラグエルは移動が要らぬよう御簾の前に普段から控えている。ウリエルが御簾の前に降り立ったとき、すでに他の四天使も集まっていた。
「どういうことだ」
「ああ、ウリエル……それが私も何がなんだかミカエルに呼び出されたばかりで」
「僕は担当する業務の中で不審な動きがあったからラグエルに確認しに来たのさ。その様子だと君もかな」
「ミカエル」
「……俺はラグエルに呼び出されました。ラファエルを呼んだのはラグエルの指示です」
四元素を司る四天使。ミカエル、ガブリエル、ラファエルそしてウリエルの四翼が御簾の前に並ぶ。しばらくして御簾の内からラグエルが現れた。その表情は険しく仄かな怒りを感じさせた。
「呼び出したのに遅れて済まない」
「構いません。用件を」
「グリゴリたちが堕天した」
ラグエルの言葉に四翼の空気が変わる。背筋が伸びて、目には剣呑な光が浮かぶ。
堕天。
ルシフェルが魔物を連れて天に反逆した忌まわしい出来事はまだ記憶に新しい。天界の被害は甚大であり、未だに至るところに戦争の凄惨な爪痕が残されている。それは残された天使たちの心の内にもだ。
「どういうことです。ラグエル」
「言葉の通りだ。グリゴリは地上の監視という職務を放棄した。そして見ろ。人と交わり悪しき生き物を生み出したようだ」
ラグエルが手にする書を開く。その上に地上の光景が映し出された。人のような形をした巨大な化け物が共食いをし、地上の実りを、人すらも今にも食いつくさんとするおぞましい光景だ。
生きたまま巨人に喰らわれていく人々の叫びの、あまりの惨たらしさにガブリエルが息を呑む。とくに生物の誕生に関する業務も行うガブリエルには刺激が強すぎた。
「これはなんだ?」
「グリゴリが人と交わり、生み出した……便宜上、そうだな。ネフリィムとでも呼ぼうか」
「なんということ……何故グリゴリは、シェムハザらはこれを赦しているのですか!」
不快さに眉をひそめるながらも冷静に努めるウリエルとは反対にラファエルは憤りを叫ぶ。それらをミカエルは黙したまま見つめる。
「用件は彼らの討伐ですか」
「話が早くて助かる。四元素の四天使よ、君たちにグリゴリとネフィリムの討伐を頼みたい」
「それは、主のお言葉で?」
「ああ、……主はこんなにも荒みきった地上を一度、すべて水に流さねばと考えられている」
ミカエルの言葉にラグエルは頷く。それから自分の手元で映り続ける地上の光景を、はっきりと憎悪の浮かぶ目で見つめた。現在の地上が何よりも忌まわしきものであると言わんばかりの目だった。
(果たして本当に主の意志であるのか……)
そんなラグエルのあまりに暗い目にミカエルの脳裏には疑問が浮かぶが口にすることはない。結局、主の言葉を解するのは傍控えであるラグエルだけ、そのラグエルがそういうのならその言葉を信じる他にない。
少なくともネフィリムにより今にも潰えようとする地上を放っておく選択肢もなかった。
装備を身に着けて、それぞれ地上へ降りていく。ぶるぶると震えるばかりのガブリエルとウリエルは討伐の合間に天の守護として残ることになった。
「ラグエル。どうして彼らは人と交わろうなんて考えたのか」
「……さあな。神の使いに子が出来るわけもなし俺には理解も出来ない」
「僕らには、どうして子を作る機能がない」
「不要だからだ。必要となればあの方が手ずから増やされる」
ラグエルとガブリエルの問答を聞きながらウリエルは目を閉じる。
(不要であるならば、どうして……そんなことすらも考えるべきではないのだろうな、俺たちは)
やがてネフィリムは根絶やしに、シェムハザを初めとするグリゴリたちは死を付与され深い地の底に、最も激しく抵抗したアザゼルはダドエルの穴の中へと封じられた。
「拝命します」
シェムハザの空けた役目はカマエルが埋めることとなった。主の座す御簾の間にてカマエルは膝をつく。主の代理としてラグエルが渡したのは死者の名の載る書物である。それを恭しくカマエルは受け取り、その背には二枚の赤い翼が輝く。
それを見つめる他の天使の目は厳しい。赤い翼を持つ死の天使は、他の天使よりも地上に降りる頻度が多い。ゆえに、他より堕天しやすいのではないかと疑問視するものが増えていた。
かくして二度目の堕天騒動はまたしても大きく爪痕を残しながら収束された。そんな異常事態が続いたことで不変であるはずの天界に微かに変化の兆しが生まれた。
天界は一度、在り方を見直さなければならないのではと残された者たちは考え始めていた。
Angels 百目鬼笑太 @doumeki100
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