EASY MAIDEN いじめ・いでん
naka-motoo
チョロい処女・いじめ遺伝
かくいう上はもう止まらないよね。
語呂合わせで作られたアタシの人生で最大のピンチがやって来たけど、アタシができることといえば現実逃避しかなかったんだよね。
「おい。したか?」
「いや。まだだ」
教室なんてなければいいのに。
後方の窓際からは夏休み少し前のぬるい湿った風が流れ込んでいて、平和なアニメなんかだったら「ねえねえ海行こうか?」なんていう会話が流されてるんだろうけど、アタシはそういう会話の代わりに音楽を頭脳の中に流してるよ。
どの曲がいいかな。
『「Rock and Roll」はどう?』
えっ。
あなたは、誰?
『僕とキミは10年後に出会うんだ。名前はまだ言えないよ』
どうしてわたしにアドバイスしてくれるの?
『決まってるよ。キミが好きだからさ』
ああ。
それって、告白なの?
顔もわからない、名前もわからない。10年後、っていうことはアタシが
でも、せっかく告白してくれたけど。
アタシは今からあなたとは別の男の子とキスするんだよ。
クラスの男女計40人に押さえ込まれてカーテンにくるまれて。
『ノーカウント』
えっ。
『ノーカウント。だって、キミと同じようにいじめられてキミと無理やりキスさせられる相手の子も、どんなにキミが魅力的で本心ではキスできるのが嬉しかったとしても、それはあってはならないやり方だから』
ねえ。
じゃあ、今、助けて?
アタシはまだ、ファーストキスなんてしたくない。
ノーカウントなんて、そんなんで納得できるわけない。
ねえ。お願い。
アタシのことが好きなのなら、助けて?
『ごめんね。僕はまだキミに触れることもできないし、実体の僕はまだキミを認識してすらいない。僕の潜在がキミを感知して居てもいられなくなって独断で話しかけてるだけなんだ』
ねえ、お願い。
助けてよ?
「げー、こいつ、泣いてやがるぜ!」
「泣けば許してもらえると思ってんのかよー!」
「キモ美は泣き顔もキモいよなー。おい、クソ夫!もっとゲスい顔しろよ!」
なんでこんなこと言われなきゃならないの?
どうしてアタシはいじめられる側なの?
ねえ?
『「ロックン・ロール」を』
わたしの知らない曲だよ。
『僕はしってる。キミがいじめに遭って暴言を吐かれたり殴られたり蹴られたり唾液を頭髪や秘部に垂らされたりしてる時、爆音でロックを脳内に鳴らしてることを。そのレパートリーに、一曲加えてあげるよ』
誰の曲なの?
『レッド・ツェッペリン。古い曲だけど、今のキミを限りなく救いに近い状態に漸近させ、そしてキミの将来を必ずや切り拓く曲だよ』
でも、知らないから流せない。
『今から僕がキミの脳内に流し込んであげる!』
アタシはそこで意識を取り戻したみたい。
スネアドラムの独特なリズムが右の内耳から直接脳の皮膜に、ビリビリ、って振動してくる。
凶暴でスピードの速いブルース・ギターが流れ込んでくる。
アタシの目の前に、40人から押さえつけられたかわいそうな生贄の男の子の顔が近づいてくるけど、意識が完全に曲に行ってる。
「キモ美の奴、目ぇ閉じやがった」
「けけ。実はエロいビッチなんだろ!」
違う。
アタシは気高い。
目の前の生贄の男の子も、気高い。
ドラムがすごい。
ベースがドライヴする。
ギターが攻撃本能を呼び覚ます。
ヴォーカルのシャウトが、アタシの脳細胞をハウリングでズタズタに切り裂く感じがする。
唇の感触など、消え失せた。
時は一気に10年を経た。
アタシは小説を書いた。
14歳の少女が世界一のロックン・ロール・バンドのフロントパーソンとして静かな激情のすべてを吐き尽くす小説だ。
彼女がいじめに遭っていた中学を訪れて、いじめる側の人間を轟音で駆逐し、いじめられる側の人間に歓喜のステージを観せるシーンを描いた。
「
主人公の少女、
この小説をアタシが小説投稿サイトにアップしたのが20歳の誕生日だった。
アップして5分後に、最初のコメントが入った。
『僕もこの曲、大好きなんです。アナタの小説は、ロックン・ロールです』
文字だけど、あの時の声質をはっきりと感じた。
小説のタイトル。
シーズ・ザ・ロックンロール・バンド
その子はアタシより3つ年下。
17歳の男の子。
EASY MAIDEN いじめ・いでん naka-motoo @naka-motoo
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