人類最後に残った男の話

久保田

人類最後に残った男の話

 人類が滅んで二十年。

 滅んだと言っても別に核戦争が起きたとか、悪魔が現れたとかそういう事ではなく、何の脈絡もなく滅んでいた。

 人類が滅ぶ、という定義について考えた場合、まぁ物質的精神的な定義が色々とあると思うが繁殖に必要な番が存在していないという、個人の努力ではどうしようもないレベルで人類は滅んでいる。

 しかも、起きたら人類は私を残して誰もいなくなっていた、という「もし、あの日こうしていたら……」すら出来ない滅びっぷりだ。

 せめて、黙示録のラッパでも鳴らしてくれれば起きれたと思うのだが。

 まぁ滅んでしまった物は仕方がない。

 今さらどうこう考えた所で、人類が滅んでいる事実は動かしようがないのだ。

 始めは生き残り(そもそも何があったかわからないのだから、生き死にの問題なのかすらわからないが。 ひょっとしたら私が知らない間、地球脱出しているのかもしれん)を探してみたが、半年もすれば諦めるしかない。

 全世界中を探せば誰かいるのかもしれないが、私にはそこまでする気はなかった。

 元々、社交的でもない私としては、人類がいなくても割と何とかなるし、日本だけでも一億人の人間が消費していた物資は二十年かけても私一人では使い切れない。

 さすがに肉や冷凍食品は腐ってしまっているが、食べられる物は結構残っている。

 一人で生きられる人間はいないが、餌が得られるのであれば一人で生きられる人間はいるのだ。

 孤独とかマジ大好きである。

 とはいえ、人類が滅ぶ前は貨幣を稼ぐために労働していた私だが、貨幣を交換する他者がいない以上、労働する意味かなく、一日十八時間労働なんていうけったいな事をしていた私としては「さあ、二十四時間お好きに使ってくださいね」なんて言われても困ってしまった。

 何をするべきか、という問題は当時の私個人としては人類が滅んだ事よりも大問題だった。

 仕事をしていた時、滅多にない休みは滅多に帰らない家で家事をしてテレビを見てゴロゴロしていたが、三日もすれば飽きるし、そもそもテレビは電波がない。

 困り果てた私はゴロゴロしながら、うごごと三日ほど呻いていた。


「そうだ、東京に行こう」


 その事に気付いたのは、今でも最高のアイディアだったと疑っていない。

 何しろ東京には国会図書館があるのだ。

 古今東西の本を読み漁れるなど最高ではないか。

 その事に気付いた私は、これまで一歩も出た事のない故郷山形を離れる決意をする。

 地方に住む人間としてはあるまじき事に車も免許も持っていなかった私だが、よそさまの家の窓ガラスを割り、車のキーを強奪し、車を盗み、更に無免許運転という犯罪行為を犯して旅立った。

 まぁ法律も善悪も私単独では成り立たないのだから、その辺りは勘弁して頂きたい。

 始めはおっかなびっくりな運転だったが、慣れてくると車という物が大層面白くなってきた。

 ひねくれ者だった私はこれまで「車なんて地球を汚染し、騒音を撒き散らすとんでもない代物だ」などと、古臭い考え方をしていたが、このスピード感は徒歩では味わえない。

 そんなこんなで東京を目指した私だったが、仙台に辿り着いた。

 伊達政宗像を見るまで道を間違えている事に気付かなかった当時の私は、初めて乗った車にどれだけ浮かれていたのだろうか。

 そんなこんなで一年ほどかけて東北、関東、関西をぐるりと回った私だったが、いよいよ東京は国会図書館に辿りついた。

 この万巻の書を読み尽くすには一日五時間、二十年かけても足りはしない。

 学生時代、部活動をしていなかった私にすれば、一つの物事に一日五時間かけるというのは大した事ではなかったが、労働者として働いていた時分を考えると、無職以外では成り立たない生活だ。

 無職という名の自由とは、とても素晴らしい物だと、私は今になって理解した。

 そう、自由とは素晴らしい。

 朝から読書を続けていた私は、ふと空腹を覚えた。

 しかも、よく思い出してみると食料のストックはない。 どこかから採集してこなければいけないだろう。

 加工され、二十年腐らない食品を採集するという行為に不思議な物を感じながら、私は服を脱いだ。

 確かに衣服という物は素晴らしい文化だが、外を見れば春の暖かな陽射しと優しげな風が舞っている。

 これはむしろ、服を着ている方が失礼だろう。

 やはり、と言うべきか外に出た私の袋を、春風が優しくくすぐってくれて、とても心地よい。

 全裸にサンダルで道玄坂を闊歩するという行為は、人類が滅ぶ前ならその道の方々には堪らない物があっただろうが、今の私は純粋に衣服を着ていた場合と全裸の場合での快不快を天秤にかけただけであり、おかしな趣味はないと断言出来る。

 人類の叡智が生み出した文明の恩恵を味わっていた、文明人の私はきちんと損得の計算が出来るのだ。

 そんな感じでぶるんぶるんと回しながら歩いていた時だった。


「グルルルル……」


 獣の唸り声、これは……。


「野犬か」


 体毛や太い足は、まるで猪のように見ただけで頑丈そうだと判断出来る代物だ。

 ぽたぽたと涎がしたたる鋭い牙は、人類の指ほどに長く、しかし目だけがつぶら。

 人類という首輪が外れ、野生化したらどういうわけかすくすくと巨大化していったチワワの末裔は、日本全国にわんさかと生息していた。

 群れになれば猪すら仕留める巨大チワワだったが、路地裏よりぬっと顔を出したのは一匹だけだ。

 チワワの食欲と闘志に満ち溢れたギラギラとした視線は、青き衣を纏った姫様でも裸足で逃げ出そうという物だが、一匹だけならば何とかなる。


「来いよ、ケダモノ。 文明人の強さを見せてやる」


 それまで読んでいたライトノベルの影響を受けていた私の言葉を理解した訳ではないだろうが、チワワは一直線に駆け出した。

 食いつけば、人間の力などでは引き剥がせない顎の力を持つ以上、チワワの選択はそれなりに正しい。

 尻を向けて逃げれば、尻の割れ目がなくなるほどに食い千切られるだろう突進だが、文明人を相手にするにはそれなりの正しさでしかないのだ。


「噴ッッ!」


 全裸な私がサンダル以外に持っていた物、それは時計!

 ずしりと重い懐中時計の鎖を指にひっかけて三回転もさせれば、それはもはや凶器となる。

 突進するチワワの進行方向に時計を置いてくるような感覚で叩きつけてやれば、返ってくるのは確かな手応えだ。

 弾けた石榴のように飛び散ったチワワの脳髄が、荒れ果てたアスファルトの上に飛び散る。


「ふん、所詮は獣よ」


 モーニングスターのような鈍器扱いされた時計は、人類の時計はもう動かない。

 しかし、私の時計はまだ動いているのだ。

 少しばかり感傷に浸った私だったが、頭を失ったチワワの身体を抱え上げた。

 今日は焼き肉パーティーだ。

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