第6話 最終話


 夜、田中は運河に掛かる事件の場所に立った。人通りは無く、誰もいなかった。

 秋風だけがずっと吹き続けている。

 その秋風に田中は二つの髪を投げた。それが夜の見えない暗闇に消えていく。

 田中は橋の欄干で秋風が消えた暗闇を見詰めた。そこにもう一つ深い暗闇が渦巻いているのを津久毛は知らないだろう。

(僕は、津久毛に言ったんだ。この場所で起きた事件が「」と、君は・・・、いや、あいつは「記憶では二度目だったか・・な」と言った。馬鹿な奴だ。ここでの事件は三度目さ。まぁあいつには一度目の事件は興味が無いことだったに違いない。それは殺害されたのが幼い少年だったからだ。あいつからしたら殺された対象は女性だったと思ったのかもしれないが、この暗闇に引き込まれた本当の闇は別に性別何て関係ないのさ。

 そう、男が男を好きになる。それが何故悪い。

 どうだ、津久毛。僕のこの告白は、きっとお前を驚かせただろうな。

 ふふふ・・・、そうさ

 僕はお前が好きだった、そう男が好きなのさ。どうしようもなく、たまらなくな。

 一度目のこの穴倉で何があったのか?お前は知らぬまま死んだ。

 知らないのなら教えてやらなくっちゃな、少年の裸人殺人事件。

 小学生に通い始めた年頃の少年が同じように運河で死んでいた。


 そう、それかい?

 そうさ。

 その少年殺害は僕がやった。


 まだ年端も行かぬ僕は初めて美しい男を見て興奮したんだ。だからその少年をここの穴倉へ連れ込み楽しんだ。それは射精を伴った危険な痴戯だった。それはお前の手紙にあるように性的リビドーだ。

 だがな、僕は冷静になった。これはつまり社会を平穏に生きるには、俺は自分の性癖を抑えなければならない。その為にはどうすればいいか?この事実をどうすればいい?


 ――そう少年を殺す。



 それから僕は少年の殺害を忘れるようにしなければならない。

 それから僕はお前とは異なるストレスで生きて来た。しかし、僕の方が幾分か冷静だったようだ。

 お前がシャツを着た時、不思議だと思ったのは事実さ。その後、警察の調べた事件の詳細を見てからピンときた。殺害された女子高生の爪先に血痕があったというのを見てね。

 僕はそれを聞いた時、最大の機会を得たと思ったんだ。そう、その事でお前を強請ゆすり、お前をものにしたいと思ったんだ。

 嗚呼・・お前の熱くて獣臭漂う男らしい胸板、汗の下で焼けるような肌の熱さに、悶えて、悶えて、再びあの時の少年との痴戯に、我を忘れて埋没したかった!!

 だがもうそれはいい。

 過ぎたことだ。


 では

 さようなら、愛しい人よ


 お前は永遠に俺の秘密として生きろ。


 僕は、いや

 俺はお前を秘密の底から思い出すときだけ、

 夜を歩こう。

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夜歩く / 『嗤う田中』シリーズ 日南田 ウヲ @hinatauwo

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