最終話
「雄介! ほらお弁当!」
「あー悪いサンキュ! 母さん行ってきますっ」
昨夜、平井さんからの『おやすみ』のメッセージが嬉しすぎてなかなか眠れず、すっかり寝坊してしまった。
電車数本分の遅れだ。駅への道を自転車で必死に突っ走る。
高校の最寄駅を飛び出し、学校へ向けてダッシュする。
体力には自信がある。この時間なら、なんとか間に合うだろう。
強い黄味を帯びた朝の日差しが、額のあたりに眩しく当たる。
太陽の光は、強烈なパワーを全身に注ぎ込んでくれるから好きだ。
吸って、吐く。
リズミカルに繰り返す自分の息が、ただ大きく脳内に響く。
——無心で走るうちに、生物の授業で習った内容がふと脳に戻ってきた。
「『走光性』は、生物が光刺激に反応して移動する性質のことである。
光のある方向へ近づく行動を『正の走光性』、逆に光から離れるような行動を『負の走光性』という——」
走光性。
人間も、そういう習性がある。
不意に、そんな気がした。
光に向かって手を伸ばし、ひたすら何かを追いかけたいという欲求。
闇を見つめ、ともすれば吸い込まれそうになりながらも、そこから離れられない執着。
自分自身の理性ではコントロールすることができない、強烈な何か。
俺たちは結局、その訳のわからない何かにどうしようもなく突き動かされ、運命を激しく揺さぶられながら、生きていく。——力尽きるまで。
その先に何があるのかなど、一切わからないまま。
それでも——
今、俺の中に漲るのは、「正の走光性」だ。
間違いなく。
大切なものが——守りたいものができた。
自分の全てと引き換えにしてでも。
身体の底から不思議なほどに湧き上がるこの力は、何があっても決して抑え込むことなどできないだろう。
——そして、光に向かって伸びるこの道を、何者にも阻ませたりはしない。
絶対に。
俺の心は、いつしか校舎ではないどこかに向かって疾走していた。
走光性 aoiaoi @aoiaoi
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