第5話
その日、学校から帰宅した私は、自室で唇をギリギリと噛み締めた。
その強さで、唇から血が滲むほど。
平井 咲。
いつもいつも、私の目の前をうるさくちらつく、限りなく憎らしい女。
「
私の名を呼ぶ柔らかな声が、耳の奥に蘇る。
追い払おうとすればするほど、その甘い響きはしつこく耳から離れない。
どんなに努力しても、彼女に勝てない。
死に物狂いで校内順位を抜いたと思っても、その次の回には必ず彼女の名が私より上にある。
苦しむような表情など、微塵も見せず。
美しい微笑でふわりと舞うように、やすやすと私を越えていくそんな様子が、次第に憎くてたまらなくなった。
私だって、自分の頭脳にも容姿にも、それなりの自信がある。
中学までは、絶対的な頂上に立っていたのだ。
けれど——県内トップクラスのこの高校へ来て、世界はあまりにも変わった。
誰もが彼女を讃え、慕わしげに見つめる。
彼女の前では、私は全てにおいて「二番手」だ。
「二番手」なんて……あまりに屈辱的で、身体が震える。
もしかしたらあの女は、何食わぬ顔をしながら実は、常に私を踏みつける事で優越感を味わっているのではないだろうか?
あんな綺麗な顔をして、甘い声で私を呼んでおいて——裏では、私を鼻で嘲笑ってるんじゃないか。
自分でも訳のわからない負の感情が、ある日生まれた。
根拠もないその感情は、見る間に膨張し、暴走し、自分の心と脳を支配していく。
このままでは、何か危険だと感じているのに——それを止めることができない。
そうやって私は、風にさらさらとなびく彼女の髪を、いつも背後からじっと見つめていた。
美しく艶やかなそれを指に巻きつけ、思い切り引きちぎりたいと思いながら。
そんな私の耳に、今日、最悪のニュースが入った。
彼女が、クラスメイトからの告白を受け入れた、というのだ。
相手は、大原雄介。
明るく爽やかに男らしい、クラスの人気者。
彼が、咲に気があるようだというのは、薄々気づいていた。
けれど——まさか彼女が、彼からの告白に頷くなんて。
高嶺の花気取りの、あの女が。
許せない。
なぜ?
大原雄介のことが好きだから?
いや、そうじゃない。
私は、彼には興味がない。
ならば、何がこんなに腹立たしいのか?
——彼女が、全て持っていくことが。
私が手にしていない輝くものを、また一つ手に入れた、そのことが。
奪いたい。
全て持っているあの女から、何かを——全てを。
——とりあえず一番実現しやすいのは、たった今できたばかりのあの恋人を、奪うことだ。
または……何らかの方法で、恋そのものを破壊すること。
あの女が苦しみ、打ち拉がれる顔を見たい。
髪を振り乱し、憎しみに震える目で私を睨みつけるところを見たい。
私の存在を、彼女に刻みたい。
決して消えないほどに。
机の上のスマホが、着信を知らせる。
「もしもし——さっきの件?
うん、今一人だから大丈夫。
え……平井さんの中学時代の噂、知ってる人がいるの?
ぜひその話聞きたいな。できるだけ早く。
——うん。いつ会えるか、調整してくれる?」
「瑠夏」
スマホを置いた耳元で、あの甘い声がまた私を呼んだ気がした。
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