第4話

 御園みそのとの電話を終えた俺は、家の自室で思わず大きくガッツポーズを作っていた。



 中学時代、初恋の子が事故で命を落とし、今も彼女のことが忘れられない——というのは、嘘だ。


 なぜそんな嘘を?


 どこか感傷的なそういう理由を持っていれば、「お前彼女いねえの?」、「彼女作んねーの? なんで?」という無神経かつ鬱陶しい質問を浴びせられることもなく、アイドルネタや下ネタから遠ざかっていても不自然がられないからだ。


 つまり——

 この作り話は、自分が「ゲイである」ことを誰にも怪しまれることなく過ごせる、最高の隠れ蓑なのだ。



 なぜ、御園の性的指向に気づいたのか。

 それは当然、俺が常に彼を観察していたからだ。



 御園のことは、1年の頃から内心気になっていた。


 どことなく華奢な身体つきに、温かみのある白い肌。

 栗色の柔らかそうな髪と、同じ色のくっきりした二重の瞳。薄く綺麗な形の唇。

 穏やかで真っ直ぐな性格。

 女子から見たらあまり目立たない印象なのかもしれないが、彼は俺の中ではどストライクだった。脳内で思うだけならば誰にも文句は言われない。


 そんな御園を密かに目で追ううちに——彼の視線の先には、いつも同じ人間がいることに気づいた。


 女子じゃない。

 同性だ。


 大原雄介。

 明るく爽やかで、時に凛々しく男らしい、クラスの人気者だ。



 ——マジか?

 御園の気持ちが向いているのは……本当に?


 周囲に怪しまれない範囲で、俺はさらにじっくりと、気長に御園を観察し続けた。


 大原を見つめる、その柔らかな眼差し。

 大原が笑う時は、同時に御園の口元も嬉しそうに小さく綻ぶ。

 彼が怒れば、御園の眉間も微かに歪む。


 これは、多分——いや、間違いない。



 俄かには信じがたいそれが、だんだんと確信に変わるに連れ——俺の心は、激しく波立った。


 彼の性的指向は、恐らく同性に向いている。


 自分が密かに想いを向けているその相手が、たまたま同類の性的指向を持っているなんて——まさに奇跡に近い幸運だ。

 と言っても、LGBTは日本では人口の約8%ほど存在する。約13人に1人。40人クラスに2〜3人はいてもおかしくないのだ。

 とにかく、この幸運を逃す手はない。絶対に。

 何とか、御園にこちらを向いてもらう方法はないだろうか——?


 ずっと、そう思い続けてきたのだ。



 どうやら、ここにきて恋の女神は俺に微笑んだ。


 御園が深い想いを寄せるその男に、とうとう恋人ができた。

 ——彼の今日の落ち込んだ様子は、ほぼ間違いなく失恋の痛みによるものだ。



 それでも、今の電話はまさに一か八かだった。

 彼の気持ちが、本当に大原に向いていたのか。彼の性的指向が本当に同性に向いているのか——そして、彼自身がそのことを認め、俺を信頼してくれるかどうか。

 肝心なそこをクリアしなければ、この話は前に進まない。


 その全てが、俺の願った通りに進んだのだ。


「……うわ、スマホが手汗ですげー」

 緊張の証を、苦笑しつつごしごしと拭き取った。



 そわそわと騒ぐ気持ちをなんとか鎮めたくて、キッチンに向かいスティックコーヒーの口を切り、カップに湯を注いだ。

 立ち上るその香りに、胸の達成感と幸福感が一層大きく膨らむ。


「恋は戦い、ってのは本当だな……本気になってみて初めてわかる……いやいやまだ第1ラウンドだけどな」



 そう。

 本番は、ここからだ。


 これからは、彼と二人きりの時間をたっぷり持てるようになるはずだ。


 大切にしたい。彼を。

 今までそういう特別な感情を誰にも見せられなかった分、思い切り。



 そして、もし——彼の心が、俺の方を向いてくれる時が来るならば。

「初恋の子が死んだ」という嘘は、その時白状しよう。——彼だけに。



 芳ばしく香るカップを口に運びながら、俺は身体の奥から湧き上がる喜びを強く噛み締めていた。



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