第29話 少年は走り出したい

 三山は市川をするりと抜き去ってシュートを決めた。

 レイアップシュートの動きは慣れたもので、手から離れたボールは当然のようにバスケットゴールをくぐっていった。

 「だからなー。もっと腰落としてやんだよディフェンスは!」

 こうだよ、と体勢を低くしてディフェンスをレクチャーしているらしい三山。対する市川はというと迷惑顔だった。

 「中学でバスケやってたやつに勝てるわけないだろ。もう次サッカーやろうぜ」

 校舎の中庭にバスケ部の使わないゴールがある。放課後に暇な人が集まってたまにバスケをしていることがあったが、入学して一か月程度の一年生がここを占領するのは稀なことだった。中庭のゴールはよく目立つ場所にある。ぴかぴか一年生はゴールの使用を禁ずる御触書はないが、そこはそれ、悪目立ちしないかどうか気にするのが人間だ。その辺りの懸念は二人から欠落していると言ってよかった。

 

 「またやってるねー。あの2人」

 二年の教室がある廊下側の窓辺から、女生徒が数名それを見ていた。

 「あぁ、不良の一年生コンビだっけ?」

 「別にあいつら不良じゃないよ。まぁ目立ちたがりではあるけど」

 三山と市川と同じ中学に通っていた生徒が会話に割って入った。自然とその生徒に中学時代の彼らがどんなだったか話が向けられる。


 三山はバスケ部、市川はサッカー部。二人ともそれぞれの部活で高校に進学すると周りは思っていたが、なぜだか二人とも大して部活の強くないこの進学校に入学してきた。勉学に懸命な生徒が多い進学校ということも手伝ってか二人は余計に目立っていた。二人ともすこぶる容姿に優れているのがまたそれを手伝った。


 「暇だな」

 何度目か分からないが市川を抜き去り、シュートを決めたあとに三山はボソッと口にした。

 「こんな汗だくでバスケやっといて何が暇なんだよ。あー疲れた」

 「自販いこうぜ。コーラ飲みてぇ」

 先一昨日、一昨日、昨日、そして今日、もう4日も中庭のゴールでバスケ漬けだ。

 「三山、おまえさ、もうバスケ部入ればいいじゃん。この練習量ならバスケ部と変わんねーよ」

 「バスケしたかったなら、この学校来てないって。お前もそうじゃん。でも」

 でも、と区切ってから三山は何かもどかしそうな顔をしていた。

 「たぶん。なんかしてねーと落ち着かない。市川こそなんでサッカーしないわけ?」

 「別に俺、そんなにサッカー好きじゃなかったんだよね。」

 「は?マジ言ってる?」

 「うん。高校はバイトして好きなもん買いまくろっかなーって感じ」

 「お前ももうバイトしてんの?」

 「お前もって、三山もバイトしてんだ。早いね。4月からやってた?」

 「そうそう。ちょうど昨日給料日だった。バイトってけっこう金もらえんだな。五万も入ってた」

 俺も給料日昨日だったわ、とか取り留めもない話が続いて部活棟まできた。部活棟の端に自販機が置かれており、ここを目指してきたのだ。

 途中、ランニング中のサッカー部が一人近寄ってきて市川に話しかけた。

 「よっす、市川」

 「あー、どもっす」

 「おまえ早くサッカー部入れよ。即レギュラーだよお前」

 「前も言いましたけど、俺は入んないすよ。高校は遊ぶって決めたんでスンマセン」

 「ほんと勿体ねーなぁ」

 「……勿体ないってさ、市川」

 「三山も似たようなこと言われてんだろ」

 まぁ、ね。気乗りしなさそうな口ぶりで三山は返した。

 三山と市川には共通したところがあった。将来を期待された道がありながらその道を外れ、ただぶらぶらと放課後を過ごしている。市川は遊ぶと言っていた。三山もそのつもりで高校を決めた。進学校でほどほどに勉強して、彼女でも出来て、中学時代は部活に当てた時間をもっと華のある時間に変えようと目論んでいた。だが、入学して一か月、いまだしっくりとは来ていない。かといってまた部活をやり始めるのもまた微妙だ。部のレベルを見てがっかりした、というのもあった。

 おそらく、何か探しているのだ。探し物があるような感覚だけはあった。それが何かが分からない。だからこそもどかしい。

 三山は市川に、市川は三山に同じような空気を感じていた。体の奥に燃えるようなエネルギーがある。それを外に出してみたかった。


 「あん? お、見ろイッチー。なんかやってるぞあれ」

 そのあだ名で呼ばれたの初めてだなぁと思いながら三山の指さすを方を見た。

 女子生徒がスケートボードに乗っていた。

 見てすぐに初心者ではないことが分かった。ボードを足で弾いてキャッチし、もう引き上げるのだろうか。校舎へ上がる外階段を登って……引き返してきた。階段の手すりを確認している。まさか、と思う。それをどうするつもりなのか、どうって、手に持ったスケートボードで何かしらやってやろうとしているのだろう。まず真っ先に危ないと思った。そこそこ急な手すりで失敗したら骨折くらいは平気でするはすだ。タフな女だなと思っているうちに女生徒は滑り出した。気がつけば近寄って食い入るように見入っていた。


 ボードを手に持ったまま走る。

 走りながら手を放しスピードを殺さないまま板に飛び乗った。

 さらに助走をつけるため右足で地面を蹴った。蹴っ飛ばしたと形容するほうが似つかわしかった。横乗りの体制のまま後ろ足が板を弾く、飛ぶ、そのまま手すりをガリガリとデカイ音を立てながら滑り切ってみせたのだ。


 もしかしたら、これかも知れない。

 そう思って、二人は走り出した。


 

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綿菓子を読むように 月山 朗 @AkiraTukiyama

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