求職中の主人公がふらりと乗った海沿いの電車。そこへ亡くなったはずの妹が乗ってきて──。静かで淡々とした語りと、家族との会話だけで構成されている、余計なものをそぎ落とした文章。その中に一編の小さな映画を観るような感覚です。妹がなぜ主人公の前に現れたかは物語を読めば分かるのですが、その後半のくだりには胸をぎゅっと掴まれるようでした。言葉に表すのが野暮に思えるので、その空気はぜひ本作を読んで感じ取っていただきたいです。妹にありがとうと言いたくなるお話でした。
電車の振動が、レールの下の枕木のほんのわずかな段差を乗り越える音が聞こえてくる。何だろうほんと、このすうっと入ってくる感じは。けたたましいあおりはない。でも静かに、心地よく、シネスコサイズで強調されたこの一幕の鮮やかさ、淡やかさ、すばらいい。
若くして亡くなった妹を電車の座席で見る主人公。妹は鎌倉の江ノ電に似た江の海線で、生前に通っていた鎌田高校からいつも乗ってきます。心を病み、仕事をうしなった主人公はハローワークに通いながら、その妹の姿を電車内でみています。ホラーのような設定ですが、そうではありません。静かな語り口のなかで家族のありようを奏でるこの物語に、私は胸をえぐられました。なぜか、読ませていただいている間。小津安二郎氏の映画を感じておりました。舞台を鎌倉にされているからかもしれません。
家長である達夫は、必死にとはいかないまでも職をさがす日々にあった。初夏のある日、ふと思い立ち、海沿いをゆるやかに走る電車へ乗り込む。コトコトと揺られしばらくすると、停車した駅に今は亡き妹の姿が……。在りし日のままの彼女は、黙って達夫の正面に座り、彼もまた妹を無言で迎え、見送った。呼び起こされる家族の記憶。愛せなくなっていたはずの老齢の父を連れ再び電車に乗ると、ふたりの前に彼女はあらわれて──。「声なき知らせ」によってつながれる未来に、少しの寂しさとあたたかさが残る物語でした。
美しい海沿いを走る小さな電車。その中に何故か亡くなったはずの妹が…誰も信じてくれないが、疎遠になっていた父だけは何故か信じてくれた。妹は一体何のために現れたのか、最後まで読めばきっとあなたも心を動かされるでしょう。