第175話 総大将、交代

 稲葉山城の新年会もそろそろ終わろうという時間に、席を外していた百地丹波が戻ってきた。

 手には一通の手紙が握られている。


「殿、北条氏規様より書状が届きました」


「北条さんから?」


 手紙の内容は読まなくても分かった。

 三月に予定している北条家への援軍の総大将を当主である竹中半兵衛にお願いしたい、とのことが書かれているはずだ。


 これは茶室で打ち合わせた内容でもある。

 俺は茶室での会話を思いだす。


竹中半兵衛:来年の援軍ですが、叔父である竹中重光を総大将に据えることで話が進んでいます。


 北条氏規:それだと作戦に齟齬が生じますね。


 今川氏真:なんでそんなことになったんだ?


 一条兼定:善左衛門さんあたりかな? 竹中さんを戦場に出したくないという親心なんだろうなー。


竹中半兵衛:一条さん、半分当たりです。


 北条氏規:代案はあるんですか?


竹中半兵衛:実は北条さんにお願いがあります。


 北条氏規:解決できるならお手伝いします。


竹中半兵衛:北条さんがじきじきに援軍の総大将として私に来て欲しいと手紙を頂けませんか?


 北条氏規:手紙は書けますが……。


竹中半兵衛:厚かましいというか、他国の当主にそこまで要求していいのか? というのもありますが、私が総大将として出馬してもおかしくない状況を作りたいのです。


 伊東義益:各国の援軍の総大将が当主なら、代行の久作君や叔父である重光さんでは見劣りしますね。


 今川氏真:なるほど! 今川家の援軍の総大将は俺だ。一時帰国するけど、三月の援軍も総大将として参加するぜ。


 北条氏規:信玄に出向いて欲しい、と武田家に言うのは難しいでしょうね。


 一条兼定:その口ぶりだと、武田信玄は無理にしても周辺諸国の領主たちはなんとかなるのかな?


 北条氏規:何とかなると思います。


 最上義光:私が早々に援軍の総大将として名乗りを上げます。それを活用してください。


 北条氏規:ありがとうございます! 最上さんが名乗りを上げてくれるのは心強いです。


竹中半兵衛:では、その辺りの情報も踏まえた書状を頂けるように頼みます。一度の書状では難しいかもしれませんが、二度、三度と要請があれば家臣たちも私の総大将を認めるでしょう。


 北条氏規:承知しました。書状も私が直接書きます。


 俺は何食わぬ顔で書状を受け取ると皆の前で広げた。

 書状に目を通している間、新年会の席が静まり返る。


 俺は重光叔父上に書状を渡すと列席する武将たちに向けて仰々しく声を発した。


「北条家当主、右近衛中将・北条氏規殿より直々に要請があった」


 この場に集まった者たちは即座に援軍のことだと理解するが、一言も発することなく俺の言葉を待った。


「三月に予定している援軍の総大将を当主である私にお願いしたいとのことだ」

「そんな!」


「既に重光様を総大将としてお知らせしております」


「北条家もそれで納得をしていたはずです」


「静まれ! 状況が変わったのだ!」


 その場を収めたのは重光叔父上。

 普段穏やかな重光叔父上の厳しい声に武将たちが一斉に口を閉ざした。


「この度の北条家への援軍、味方する各勢力とも相当な入れ込みようだ。北条家に味方する関東の諸勢力はもちろん、今川家と武田家も当主である今川氏真殿と武田信玄どのが総大将となって出馬する」


 武田信玄までもが援軍の総大将として出てくるとは嬉しい誤算であった。


「今川家や武田家まで……」


「正確な兵力は伏せられているが、当主が総大将として出馬するからには、相応の兵力が投入されると考えるべきだろう。当家と国境を接する武田と今川が大兵力を投入したにもかかわらず、当家が兵力を温存したとなっては要らぬ疑いを抱かれかねない」


 竹中半兵衛が留守を狙って進軍する。

 織田信長の留守を突いて尾張を奪った実績があるだけに、悪意ある噂であっても信じる者が多いのは想像に難くなかった。


 家臣たちもそれが分かっているだけに強固に反対ができない。


「しかし……」


「殿のおっしゃる通りだ」


 善左衛門を押しとどめたのは重光叔父上。


「叔父上……、大変申し訳ありませんが、北条家への援軍の総大将を代わって頂きます」


「当然のことだ」


「叔父上」


「長尾景虎を相手にするのだ。わしには荷が重すぎる」


 重光叔父上が「これで肩の荷が下りた」と快活に笑い飛ばす。


「申し訳ありません」


 ひざまずいて頭を下げる俺をやんわりと叱責する。


「殿、当主が家臣に頭を下げるものではありません。まして、今回はお家の命運がかかるかもしれない戦です。ここは殿を置いて総大将はございません」


「ありがとうございます」


 重光叔父上への礼を口にした後、すぐさま列席する武将たちを見回した。


「善左衛門、他のものも北条家への総大将は私で異論はないな!」


 誰一人異論を唱えることなく承知した旨の返事ととともに頭を垂れた。


「総大将をこの竹中半兵衛とし、副将に善左衛門、軍奉行に明智光秀、侍大将に島左近とする。さらに――――」


 俺はその場で援軍の新たな陣容を口にした。



 ――――それがつい五日前のことである。


「三河を通過するなど危険です!」


「武田領を通過させて頂ける様、働きかけましょう」


 善左衛門と明智光秀が揃って俺の示した進軍ルートに異を唱えた。


 どうやら叔父上は武田家の援軍と合流して北条領へ向かうつもりだったようだ。合流が無理にしても領地の通過だけでもなんとかするつもりだったらしい。副将である善左衛門と軍奉行である明智光秀の同意も得ていたようで二人とも俺が示した織田信長の鼻先を通過する三河ルートに猛反対している。


「織田信長の現在の居城は岡崎城だったよな?」


 百地丹波に聞くと肯定の返事が返ってきた。


「織田家とのこれまでの関係や織田信長の気性を考えると、三河から遠江への街道へ進んでは背後を突かれかねません」


 これまでさんざん煮え湯を飲まされていることを考えると間違いなく背後を突いてくると確信している顔つきである。

 援軍の兵力は織田家の総兵力と拮抗するか少し少ないくらいの予定だ。


 そんな軍勢がのんきに背中を見せるのだ、信長としてもつい背後を突きたくなるのも分かる。

 俺の狙いはそこにあるのだが、思惑を伏せたまま話を進めた。


「尾張を追いだした張本人である私が鼻先を悠然と行軍する。怒り心頭となる信長の顔が目に浮かぶようじゃないか。想像すると楽しくならないか?」


「ご冗談を」


 渋い顔を見せる光秀の言葉を聞き流して話を続ける。


「兵士たちも悔しがる信長の顔を想像して我が軍の士気が上がることは間違いないだろうな」


「不安で士気が下がります」


 にべもなく光秀が反論した。


「と、ここまでは冗談だ」


「では、武田領を通過すると言うことでよろしいですね」


 光秀が少しムッとした顔をして確認をした。


「行軍予定に変更はない。織田信長を軍勢ごと誘きだし、この機会に織田信長の首級を上げる」


 真の目的を口にすると、驚きの表情ですぐさま反論が返ってきた。


「無茶な!」


「背後を突かれるのです。たとえ計略通り誘きだせたとしても我らの不利は否めません」


 腰を浮かせて反対する善左衛門と光秀が言う。


「援軍だけならな」


「まさか、さらに後続を出すおつもりですか?」


 敵は織田信長だけではない。

 むしろ織田家よりも伊勢の北畠家や南近江の六角家の方が警戒すべき相手である。


 いや、隙を見せれば友好関係にある北近江の浅井家や越前の朝倉家もどう動くか分からない。

 隙を見せればいつ敵になってもおかしくない程度の関係である。


 それこそ美濃と尾張の守備に不安を残すわけにはいかない。

 そのことを善左衛門や光秀ばかりでなく、列席する領主や豪族たちが口々に訴えるなか、俺は顔色一つ変えず、真っ向から諸将を見据えて言う。


「ここからは極秘だ。決して漏らすなよ」


 家中の軍事機密を漏らすような者がこの場にいないのは承知しているが、それでも含みを持たせるように敢えてそう口にしてから作戦内容を彼らに告げた。


「まず、ありったけの鉄砲を持って行く。さらに雑兵一人あたり一本の丸太を運ばせる。その丸太で馬防柵を作り、馬防柵の内側から鉄砲隊による連射を行う」


 織田信長が長篠の戦で採用し、武田勝頼率いる武田の騎馬軍団を退けた戦術を口にした。


「鉄砲の連射?」


 まだ数の少ない新型の鉄砲を想像したのか、不安そうな顔をする。


「鉄砲隊を三隊に分けて、射撃、構え、弾込めをそれぞれにさせて、千丁ずつの鉄砲で間断なく打ち続ける――――」


 馬防柵でバリケードを築き、その内側から三つの部隊に分けた鉄砲隊での三段撃ち。その戦術は史実の長篠の戦いそのままである。

 さらに詳細な作戦内容を説明する。


「――――織田信長が我々の背後を突かなければそのまま北条家へ向かうことになるが、織田信長が我らの背後を突けば返り討ちにする」


「……なるほど。作戦通りに事が進めば織田家の息の根を止められるかもしれませんな」


「作戦通り行きますでしょうか」


 善左衛門と光秀が不安を表情と口で語った。

 口にはしないが他の諸将も同様に不安な表情を浮かべている。まだ誰もやったのことない戦術なのだから不安があるのは仕方がない。


「私を信じてくれ。必ず勝利する」


 諸将を前にして俺は力強く言い切った。



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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


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転生! 竹中半兵衛 マイナー武将に転生した仲間たちと戦国乱世を生き抜く 青山 有 @ari_seizan

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