ぼくを見て【なずみのホラー便 第52弾】

なずみ智子

ぼくを見て

 ぼくの名前はガイア。

 小学校一年生だよ。

 今はお正月だから、ぼくはお父さんやお母さんといっしょにおじいちゃんとおばあちゃんの家に来てるんだ。


 ぼくとお父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんの五人だけだったら、とってもたのしいお正月だったんだろうけどそうじゃない。

 だって、ほかのいとこやおじさん、おばさんたちも来てるからね。


 ぼくのお母さんが言うには、これは年末の”きせい”ってやつらしい。

 お正月前、お母さんがお母さんのお友だちとでんわで話していたのを、ぼくは聞いたんだ。


「”ぎじっか”への”きせい”ってホントイヤよねえ。うちは”ぎりょうしん”はそんなにくせのない人たちで、ガイアをかわいがってくれるからいいんだけど……きつい”おねえさんたち”がきらいなのよ。でも、今年は”おねえさん”の一人にやっと子どもが生まれたわけだし、いやでも”きせい”しなきゃいけないわ」ってね。


 ”きせい”だけでなくて”ぎじっか”とか”ぎりょうしん”とか、ぼくにはチンプンカンプンだった。

 お母さんが言っている”おねえさんたち”って、今この家にも来ている”二人のおばさん”のことだと、ぼくは思う。

 でもなんで、お母さんはおばさんたちのことを”おねえさん”なんてよぶんだろう。

 二人のおばさんは、お母さんじゃなくて、お父さんのおねえさんなのに。

 何より、おばさんたちは”おねえさん”じゃなくて、どっからどう見てもおばさんなのに。




 それに今、お母さんはきらいなはずの”おねえさんたち”と、とってもたのしそうにおしゃべりをしているんだ。

 ”おねえさん”……ううん、おばさんの一人がだっこしている赤ちゃん――ぼくの”いとこ”にあたる女の子の赤ちゃん――を見て、「ほんと、かわいいですねえ。しょうらいは”おねえさん”そっくりのびじんになりますよ」なんてことまで、お母さんは言ってる。


 あんな赤ちゃん、どこがかわいいんだ?

 ぼくが大きらいな”うめぼし”そっくりじゃないか。

 

 それなのに、お母さんだけじゃなくてお父さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、大人たちみんなが、あの”うめぼし”のまわりにあつまっている。

 とってもやさしそうな顔で、”うめぼし”を見ている。

 ここには、ぼくだっているのに。



 ぼくがかなしくてさびしくてたまらなくなっていた時、ろうかのむこうからドタバタと、いとこのジェットとマグマがやってきた。

「まってよ、おにいちゃーん」と、マグマがべそをかきながらジェットをおいかけている。


「ガイアァ! じゃまだ、どけー!」


 ジェットがぼくをドンとつきとばした。

 ジェットは、ぼくより一つ上の小学校二年生だし、ぼくよりもからだが大きい。

 でも、きっとぼくの方がジェットよりずうっと”おりこう”だと思う。

 

 お母さんだってお父さんに「ねえ、おねえさんって、子どもたちにきちんときちんと”しつけ”をしているのかしら? マグマくんはともかく、ジェットくんはらんぼうだし、ガイアにへんなえいきょうがあったらいやだわ」と言ってたし。


 マグマは、ジェットの二つ下のおとうとだけど、らんぼうもののジェットとはおおちがいのチビのなき虫だ。

 きっと、ようちえんでもないてばかりなんだろう。

 ひょっとしたら、マグマはまだ、おねしょやおもらしをしているのかもしれない。



 ぼくが一番いい子で”おりこう”なのに、だれもぼくを見てくれない。

 つまんない、つまんない。

 だれかほめてよ。

 だれかぼくを見てよ。

 ぼくはテストはずうっと百点ばかりだし、運どう会のかけっこだってぶっちぎりの一番だったんだ。

 はみがきだって毎日きちんとするし、いただきますやごちそうさまだってちゃんと言えるんだ。

 ぼくはずっといい子だったし、これからもずっといい子なんだから……



 ジェットにまたつきとばされるのはいやだったぼくは、台所に行った。

 台所にはだれもいなかったけど、ストーブがつけっぱなしの台所はあったかかった。

 ストーブの上のおやかんが、シュンシュンってうなっていたよ。

 おじいちゃんは「あぶないから、ストーブにもおやかんにもぜったいにさわっちゃだめだぞ」って言っていた。


 その時、ぼくはふと考えたんだ。

 いい子のぼくは、おじいちゃんの言いつけをちゃんと守ろうともさいしょは思ってた。


 でも……でもね……

 ぼくが”やけど”でもしたなら、きっとみんなが……ぼくのお母さんやお父さんだけじゃなくて、おじいちゃんやおばあちゃんたちみんなが、とってもしんぱいして、ぼくのところに来てくれるんじゃないかって。

 あの”うめぼし”じゃなくて、ぼくを見てくれるんじゃないかって。



 ぼくは、シュンシュンとうなりつづけているおやかんとストーブに、一歩だけそっとすすんだ。

 たった一歩だけなのに、”あつさ”がグワワッってぼくをおそってきたよ。


 ”やけど”しようときめたぼくだけど、ぼくはバカじゃない。

 おやかんに”オモシロ半分に”さわって、ゆびをやけどしたなら、おじいちゃんにもお母さんたちにも、すっごくおこられるのは分かっている。

 それに、やけどってあついだけじゃなくて、すごくいたくて、かわがめくれたり、ジュクジュク”しる”が出たり、あとがのこったりすることもあるってことも。


 やっぱりやめようか?


 ぼくは台所をぐるりと見まわした。

 テーブルの上の、ココアが入ったビンを見たぼくはひらめいたんだ。

 ココアをいれようとして、それで”やけど”してしまったことにしよう。

 そして、ぼくが”やけど”するのは、足のうらにしようとも。


 ココアを入れようとして、ストーブの上からおやかんをとったけど、うっかり、ゆかに”少しだけ”おゆをこぼしちゃった。

 ぼくはそのおゆを、冬用のあったかソックスをはいた足でうっかりふんでしまって、足のうらを”少しだけ”やけどしちゃったと。


 そうだ、これでいこう!


 ソックスごしの”やけど”なら、それほどひどいことにはならないだろう。

 さらに、ぼくはぼくのためだけにココアをいれようとしたんじゃなくて、ジェットとマグマの二人のためにもいれようとして、”やけど”してしまったことにしよう。


 らんぼうもののジェットは「一番おにいさんなのにあそんでばかりで……あんたたちにココアをいれてくれようとしたガイアくんを少しはみならいなさい」っておこられるだろうし、なき虫のマグマは「あんたもないてばかりじゃなくて、ガイアくんみたいにやさしくてしっかりした子にならなきゃだめよ」って言われるだろうし、ぼくはますますみんなのいい子になるんだ。



 よし、とかくごを決めたぼくは、まずは三人分のカップをもってきて、テーブルの上にコトンとならべた。

 そのそれぞれにココアのこなも、さらさらっと入れたんだ。


 そして、ゴクリとすっぱい”つば”をのみこんだぼくは、もう一回、ストーブとおやかんに近づいた。

 やっぱり、あつい。

 シュンシュンという音は、さっきよりも大きくなっているような気がする。


 それに、おやかんはとっても重たかった。

 ほんの少しだけ、ゆかにこぼさなきゃいけない。

 けれども、ぼくが考えているよりも、もっといっぱい、ゆかにこぼれてしまうかもしれない。


 その時だった。


「こっちであそぼうぜ、マグマ―!」

「おにいちゃーん、まってよぉぉ」


 台所に、ジェットとマグマがやってきたんだ!

 そして、ひっしでおにいちゃんのジェットをおいかけていたマグマがぼくにドンッとぶつかったんだ!!

 シュンシュンと音を立てているおやかんを持ったままのぼくに!!!



 あついおゆは、ぼくの右手だけじゃなくて、セーターをきていたぼくの右うでにまでビチャッとかかった!

 でもっ……でも……マグマは”頭から”このあついおゆをかぶってしまった!!!




 ぼくたち三人のなきさけぶ声を聞いたみんなが、台所にバタバタとかけつけてきた。

 おばさん――マグマとジェットのお母さん――は、犬のおたけびみたいな声をあげて、”ピンク色になって”ゆかで転げまわっているマグマへとダッとかけよった。


 自分はおゆなんてまったくかぶっていないくせに、マグマと同じピンク色の顔でギャアギャアないているジェットがさけんだ。


「ガイアが……っ……ガイアが、マグマにおゆをかけたんだ!!」




――完――



 明けましておめでとうございます。

 2020年初の「なずみのホラー便」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。


 本当に小さい子どもって何をするか、分かりませんよね。

 ですが、本作の場合は、大人の責任が大きいかと思います。

 子どもたちが遊びに来ているのに、ストーブをつけたまま台所を離れて自分たちはお喋り中なんて、あまりにも危機管理がなっていない行動ですね。

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