葡萄の美酒、刺繍の針

恋愛小説。ただし二人は既に夫婦。
「夫婦なのに恋愛?」と思うかもしれないけど、実際にそれが描かれている。
不妊治療の失敗で、夫を愛することまでも失ってしまった妻の葛藤が、ちくちくと針を刺すような痛みとして迫ってくる。
傷んだ布をただ取り繕うだけではなく、新しい絵柄を描く刺繍が、少しずつ浮かび上がって来る感じ。
「その布にそんな柄は似合うのか?」という疑問が満々なんだけど、それを受け止める旦那の度量の広さが良い。

旦那がオススメしてくれる、大人な味わいの葡萄酒のような小説だと感じる。
実際の結婚生活なんて、婚活の時に見る甘い夢ばかりではなく、喉を灼くような痛みも多々あるものだろう。時に、渋みが強いとか酸っぱさが特徴なんて銘柄もあるかもしれない。そもそも時間が経つにつれて味も変わっていくものだ。
そういった結婚生活の世知辛い苦労も描きつつ、深みのある味わいで心地よく酔わせてくれる。
そういえば葡萄は、キリスト教以前のギリシアローマや古代オリエントでは豊穣の象徴とされていたんだったか。逆にキリスト教世界では苦難の象徴。良き題材を上手く料理した短編小説といえる。
ごちそうさまでした。

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