指し子姫

奈月遥

指し染む

 ちくちくと、指で針を繰り、布地に糸を刺していく。

 旦那のハンカチに、一糸ずつ旦那のイニシャルと、葡萄の実を象っていく。

 こうして刺繍をして指先に集中していると、考え事が進む。

 針の先のように、思考が研ぎ澄まされて、鋭利に、迷いなく、目を反らしたくなる真実へと、向き合える。

 六人を堕胎させてから、私は一向に懐妊しなくなってしまった。

 どれだけ旦那に抱かれても、避妊治療を受けても、ぱたりと身籠らなくなってしまった。

 結婚してから、二年も子宝に恵まれなくて、診察を受けた。そこから不妊治療が始まった。

 治療してすぐに妊娠が発覚した時は嬉しかったのに、数ヶ月後にその喜びは私の胎から流れていった。

 ちくたくと、時計の声を追いかけて、指で針を繰る。

 葡萄の実に緑の糸でヘタを付けて、繋いでいく。

 そんな私に対して、優しい旦那は責めることもなく、ゆっくりでいいと言う。

 とても慈愛に満ちた眼差しを私に向けて、こんな不出来な私に対して深い愛情を寄せてくれている。こんな素晴らしい男性は他にいないと確信を持って言える。

 だからこそ、私にはもったいない人だ。

 くるりと、糸を針に回し、留める。

 長い糸の緒を指で手繰り、犬歯でぷつりと噛み切った。

 旦那を愛さなくなったのは、私の方だ。

 本当は、妊娠しなくなってすぐに気づいていた。私はもう、彼を愛していない。

 愛を寄せる相手ではなく、単に生活と家計を一つにしている旦那という立場に、私は彼を位置付けてしまった。

 そのくせ、旦那の愛を利用して、この居心地のいい家に居座っている私は、卑怯で姑息で、最低な人間だ。いい加減、私は私の程度の低さから目を逸らすのをやめなければならない。

 もう別れ話を切り出してあげるべきなのだ。彼を私という枷から解放してあげたい。

 ハンカチ刺した糸の盛り上がりを指で撫でる。

 彼のイニシャルにまで指が辿り着いた時に、目から涙が零れて、私は自分がどうしようもなく醜くて未練がましい惨めな女だと、自覚した。

 涙を拭い、決心する。

 ハンカチを、端と端を合わせて四つ折りに畳んで、針箱へ道具を片付けて仕舞う。

 代わりに、レターボックスから一枚の書類を取り出した。

 朱肉と認印を準備して、所定の位置へ押印する。

 親指の縁が、朱肉に触れて染まってしまった。その朱を差した指が、とても心苦しく思えた。

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