火食む

 家の旦那は、私と一つ違いで、それなのに、よく私よりも年下に見間違えられる。シャープな顔の作りが精悍さを備えていて、若々しいのだ。

 それでいて、性格は若くて侮られやすい外見と違って、強引で不遜なところがある。

「却下に決まってるでしょ」

 私が決死の覚悟で差し出した離婚届は、その一言の下に、半分に破られた。ご丁寧に、私の署名した部分に亀裂を入れて、だ。

 しかし、私も伊達に七年もこの人の妻をやっていない。

「話聞いてた? 私はあなたを愛してないの!」

 自分の想いをはっきりと打ち明ける。

 家の旦那は、決断が早く、一度決めたことはそう簡単に覆さないが、そこに私の心情が介入すれば話は違う。

 愛ゆえか、私の意見は、過失や浪費を伴わない限りは通してくれる。

 最後の最後とばかりに、その愛を利用することで、旦那の決断を切り崩すつもりだったのだけれど。

「だから? 俺は愛してる」

「――っ!?」

 臆面もなく、愛を告げられて怯んでしまった。これはよくない。

 よくないと、分かっていたのに。

 旦那の腕に抱き寄せられて、その大して筋肉のついていない胸板に顔を埋めて、彼の香りを嗅ぐと、愛情もない癖に私の情欲が体を火照らせた。

 なんて浅ましいの。

 こうやって甘やかされていると、このままこの人に養われたいと思ってしまう。

 心は少しもときめいていないのに。

「ま、疲れてるんでしょ。花休雨だと思えばいいのかもね」

「はなやすめ……? みこと?」

 他の人からは聞いたことのない単語に疑問を返すと、旦那は相好を崩して、そうだよ、と頷いた。

 未言。旦那が好んでいる本に出てくる造語、らしい。

 たまに聞くと、なるほどと思うようなうまい表現があるけれども、私はなかなか覚えられずにいる。

 けれど、旦那はその「はなやすめ」なる未言の意味を言うつもりはないようで、私が作った夕食を温め直している。これで話は終わりのつもりらしい。

 私はたっぷりの不満と自分への嫌悪を抱きながら、ひとまず、旦那の食事を整えるのを優先した。

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