Ⅲ 真相

「――武留さん、30歳のお誕生日、おめでとうございまーす!」


 三ツ星レストランから取り寄せた豪勢な食事が並ぶ大広間で、上座に置かれた椅子に座る私を前にして、居並ぶ親族達が声を揃えて祝辞を述べる。


「ああ、ありがとう。ありがとう…」


 続けて満面の笑みを浮かべて拍手をする彼らに、私は各々の方へ顔を向けて礼を言いながらも、心の内ではその笑顔を疑いつつ、注意深く犯人捜しを行っていた。


「ではここで我が息子・民弥より、お祝いのお手紙があります! じゃ、民弥、武留おじさんに読んでさしあげなさい」


 思わず目を鋭くして各人の顔を睨みけそうになる私であるが、続けて司会の路敏が合図を送り、紺のブレザーに半ズボンというショタな正装に着替えた民弥が一枚の白い紙を持って前に出る。


 そのサプライズに、私はまた脅迫とは違った意味で動揺した。


 親族の内では唯一心を許せる、純真無垢なこどもの読む手紙だ……こんな状況ではあるが、不覚にも思わず感動して泣いてしまうかもしれない。


「それじゃ、読みます!」


 手紙を両手に掲げ、天真爛漫な声でそう告げる民弥少年に身構えてしまう私であったが……。


「武留おじさんへ。おじさん、ぼくたちは親族一同はおじさんがバッタモン・・・・・であることを知っています!」


「なっ……!」


 まつたく予想だにしなかったその言葉に、私は文字通り絶句した。


 この子は、皆の前で何をさらっとぶちかましてくれているのだろう? これも、私を貶めるための父親の指示なのか? ……いや、だが今、〝親族一同知っている〟と言っていたな? どういうことだ? もうすでに親族中にバレているとでもいうのか? 


 一瞬にして、私の中には驚きと動揺、疑問と恐怖といったマイナスの感情が嵐のようにぐるぐると渦巻く。


 そうか! だとしたら、このパーティーはもとより私の半還暦を祝うためではなく、偽物である私を処罰するための裁きの場……だが、ほんとにどこからバレた? ヘマをした憶えはまったくないぞ?


 そんな私の疑問に答えるかのように、民弥の朗読は続く。


「このまえ、おじさんのうちへ遊びに来た時、ぼくは物置で見てしまったのです」


 物置? 物置に何か入れ替わりの証拠になるようなものがあっただろうか? ……いや、物置も含め、そんな証拠になるものは一切残していないはずだ。


「あの、物置の奥に隠されていた、超かっこいいバッタモンの変身スーツを」


「……はい?」


 だが、超高速で脳内の記憶を辿る私を他所に、民弥少年の手紙の内容はなんだか妙な方向へと向かい出す。


「ぼくははじめ、おじさんがバッタモンだと知ってびっくりしましたが、ヒーローとして、ひそかに悪者から世界を守っているおじさんを誇りにおもいます。これからは親族一同でおじさんの活動を応援していきたいです。おじさん、いつも世界を救ってくれてありがとう!」


 その結びの言葉とともに、大広間には再び割れんばかりの拍手が響き渡る。


「騙すような真似をしてすみません。じつはこのパーティーも半還暦祝いというより日頃の感謝を伝えるためのものだったんです。脅迫状が届いていたと思いますが、あれもバッタモンの…武留さんの宿敵であるジョーカーマンを気取って、この子と一緒に作ってみたほんの些細な悪戯でして……」


 拍手が鳴りやむと、路敏も苦笑いを浮かべながら、ちょっと気まずそうにそんな告白をする。


「大丈夫よ。おばちゃん達、他の人には絶対に言わないから。これからも安心してヒーローやってね」


「でもお、口止め料にさっきのお買い物の約束、ちゃんと忘れないでくださいましね」


 次いで、梅おばさんと薫も各々に勝手なことを口にしている。


 ……あ~あ、あるほどお。そういうことだったのか……。


 わずかの間、キョトンと呆けた顔で情報を整理した後、私はようやくにしてすべてを合点した。


 自分にやましいところがあるのですっかり誤解してしまったが、脅迫状や彼らのいう〝バッタモン〟とは偽物のことではなかった……それは、アメコミやハリウッド映画に登場するバッタに似たヒーローの名前だったのである。


 いや、引きこもり生活は暇なので、私は普段、家のPCから投資の仕事をして過ごしているのだが、先日、大口投資しているアメリカの映画製作会社が大ヒット作を出しただかで、株主優待にその映画に登場するヒーローの精巧なコスプレ衣装を送ってきたのだ。


 その名前が確かバッタモン……私はその手のものに興味はなかったし、邪魔なので物置に放り込んでおいたのだが、それを偶然にも民弥が見つけ、こどもながらの純真さから私がそのヒーローだと勘違いしてしまったというわけだ。で、他の親族達は後に民弥からその話を聞いたのであろう。


 ……だが、まだこどもの民弥はわかるとしても、なぜその話をなんら疑いもせずに頭から信じる? そこの大人達! おまえら、揃いも揃って全員アホか!? この一族にはそんなやつしかいないのか!?


 少年少女のように目をキラキラさせて私を見つめる親族一同に、私は唖然と立ち尽くしながら、心の中では激しくツッコミを入れていた。


 ……でも、ま、そんなアホな勘違いですんでくれてよかった。どうやら私が本物の武留と入れ替わったことには気づいていないようだし、この疑うことを知らない単細胞なやつらなら、これから先も心配はいらなそうだ……。


「ハァ~……なんだ、アメコミのヒーローのことでしたか。バッタモンなんて言うんで、てっきり私が偽物の武留だとバレたのかと思いましたよ。ハハハ…」


 脅迫状を見てからの地獄の一週間、ようやく胸を撫で下ろした私は、大きな安堵の溜息を吐くとともに笑いながらぽつりと呟く。


「え!? 偽物?」


「…………あ!」


 すっかり安心した油断から思わず漏らしてしまった一言に、一転、目を見開いて険しい表情となる親族一同を前にして、私は再び全身から血の気が引いていくのを感じていた……。


                          (バッタモン 了)



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バッタモン 平中なごん @HiranakaNagon

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