◎異世界落語◎あたま異世界
北乃ガラナ
トラックに撥ねられた
あるところに平凡な男の子がいた。
平凡で特徴がない。どこにでもいる感じで、なんならちょっとばかりオタク気味な、どこにでもいそうな男の子だ。
そんな平凡な男の子。
仮に『
ヒロト。何処でもいそうな名前でしょ? クラスに三人はいるね。
ヒロト君は平凡なんでね、つまらねぇ人生を送らざるをえないわけです。
いきなり何を言うんだって? 平凡って言うのはそういうことなんですよ。柵のない牢屋みたいなもんで「退屈八十年の刑に処す」みたいな人生を送らざるを得ない。もう、転生でもしないとやっていられないだろ! ヒロト君? な? そうだろヒロト君!!
…………。
って、うおい! 全国のヒロト君に謝れ!!!!
いえね、他意はございませんよ。
あたしゃヒロト君に恨みなんぞありません。
さて、このヒロト君。大人というのにはまだ若い。少年というのには年を重ねている。高校生時分といったところ。
ひょんなところから、このヒロト君。トラックにはねられた。
ここまで聞けばあとは定番どうり、転生した。
転生と言えば転生先。それが問題だ。
間違っても過去戦国や、未来宇宙なんかじゃあ――
ございません。
昨今はもっぱら『中世ファンタジー世界』ですな。剣と魔法、ドラゴンをはじめとする魔物や、あたしたち人間のように文化文明を有したエルフやドワーフといった亞人間。そんな多種多様な存在が行き交う自由闊達な世界だ。
おや? なんですかその顔は?
まるで、うんざりといった表情を浮かべているではないですか?
「また異世界かよ?」そうでしょ?
昨今どこもかしこも異世界だ。……わかります。
だがね、お聞きなさい。
この異世界は、そんじゃそこらの異世界じゃない。
騙されたと思って最後までお聞きなさい。
それに異世界だってね、そんなに悪いもんじゃあございません。
多くの人に受け入れられているのがその証拠。ライトなものからヘヴィなもの。明るいものから暗いものまで。何も考えずに楽しめるものから、思わずウムム……。と唸ってしまうような難しいものまで。
多様性の時代なんてことを申します。
人それぞれ十人十色。好みが違いますわな、こうして選べるっていうのは豊かな事じゃあないですかね? 選択肢が多いってことは悪い事じゃない。
そんな話はいい。先の高校生、ヒロト君。
無事転生したはいいが……どうも様子がおかしい。
その異世界。案内役の女神なんてものもいなければ、魔王なんていうものもいなかった。ユーザーフレンドリーならぬ、ユーザーアンフレンドリーな異世界だ。
ただただ、そこに広大な異世界だけがある。世界はあれども何をするのか? その世界で何をしていいのか? ヒロト君には皆目分からない。
今風にいいますと、オープンワールドとでもいうんでしょうか。
目的もなく世界に浸り愉しめと。そのような立派な異世界でございました。それはそれで乙なもんですな。
しかしこのオープンワールド異世界『何たらクエスト』なんてものに慣れた身にはちと辛い。定められたルート、いわば線路のような『何たらクエスト』にはレールを走る心地よさなんてものがあります。迷わずサクサクと前に進めて、誰にも等しく訪れるクリアなんてものには、大なり小なりの達成感なんてものがございます。
いえね、その達成感なんてぇものが幻想だっていいんです。本人が満足しているのならそれでいいんじゃないですかね? 人生なんてぇものも、おおむねそんなもんだ。過ぎてしまえば、人間夢幻の如くなんてぇことを昔のえらい人が言ってますわな。天下統一しかけたえらい人が。
……また話がずれました。そういう話じゃあ、ございません。
ヒロト君の異世界は、なにやら様子がおかしい。それもそのはず、ヒロト君が転生した先は、ヒロト君の頭の上にできた異世界だった。
『頭の上の異世界』って、なんだよ? という話ではございますが。異世界が巷に溢れる昨今。ひとつぐらい頭の上にできていても不思議じゃありません。できちまっていたもんは仕方がない。むしろ異世界だから仕方がないない。
兎にも角にも異世界。ってやつは人を惹き寄せる。
そうなると大変だ。周りの友人達が
「オレも転生させろ」「わたしも転生させろ」と大挙して押し寄せてきた。なにせ手軽に転生ができる。トラックに撥ねられるなんて一手間がない。
ヒロト君も最初のころはよかった。みんなが喜んでくれる、感謝してくれる。注目されれば気分がいい。鼻が高いってもんです。
ですが何事も、過ぎたるは及ばざるが如し。
次第に煩わしくなってきた。
剣や魔法なんてもう古い。チートだスキルだハーレムだ。
やれスマートフォンだ蜘蛛だシロクマだ――ヤムチャスライムとやりたい放題。したい放題。
転生するほうもしぜん、ふてぶてしくなってくる。
ヒロト君に対する感謝の気持ちも感慨もない。
それどころか、リアル彼女まで異世界に連れこんでよからぬことをする輩がでる始末。
異世界はそういうところじゃあ、ございません。
因果な現世をすっぱりとなかったことにして転生に望む。新たな生を満喫する。いわばお伊勢さんの『式年遷宮』みたいなもんです。人生すべてを新調する清清しさが異世界の救いってやつです。
だからこの異世界ってやつは素晴らしい。
「リア充は死ね!!!!」
ヒロト君がそう叫んでも、どこ吹く風だ。
一向によからぬことは収まらない。
ヒロト君いよいよ頭にきた。我慢の限界ってヤツでして。
たまりかねたヒロト君はトラックに飛び込んで――
じぶんでじぶんの頭の上の異世界に転生した。
◎異世界落語◎あたま異世界 北乃ガラナ @Trump19460614
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