食べたいくらい好き。
斉賀 朗数
食べたいくらい好き。
飼ってた犬が死んだから食べたって、さくちゃんがいうのを聞いてたら、気持ち悪くなって食べてたお弁当の上に全部吐いた。
前日の夜食にしたカップラーメンの麺がまだ形をうっすら保ってるのを涙で浮かべて揺らしていると、さくちゃんが貰いゲロしちゃって教室は酸っぱい臭いと私たちへの冷めた態度とあえて無視しようとする空気が充満して、たぷたぷになった。前に会ったおっさんみたいだなって不快の塊がどびゅっと、おっさんのあれみたいに飛んできてまた気持ち悪くなったから、「ごめん」と一言、トイレに一目散。さくちゃんをゲロにまみれたお弁当と一緒に置き去りにした。
謝ったところでさくちゃんに、「ごめん」の意図がしっかり伝わったとは思えない。でも、この時に心の中でさくちゃんに謝っておいて良かった。この日から――もしかしたら飼ってた犬を食べた前の日からかもしれないけど――さくちゃんはちょっとおかしくなってしまったから、話しかけにくくなってしまうそれよりも前にごめんっていえたのは、今のさくちゃんが怖いから前の時のゲロと置き去りにした事を謝っておいて私には構わないでねとか私を食べないでねって安易な考えじゃないんだよって、理由付けになるようなそんな気がしたから。
やっぱりさくちゃんに食べられるのは嫌だから。
それはそれで本音。
こんな事さくちゃんにはいえないし、いわないけど、本当はいいたい。いったところで伝わるのかなこの気持ちって、ふわふわと空気より軽く誰にも知られず蒸発していくような感じがしてなんだか眠たいし背中のふかふかでさくちゃんの事より、さくちゃんが飼っていた犬の気持ちが知りたくなる。
さくちゃんがスマホで見せてくれた犬。人懐こそうなつぶらな瞳。きっと柔らかいんだろうなと思った肉球。ばかみたいにたれ下げた舌。ふかふかでかわいく見える毛並み。あの犬はさくちゃんに食べられて、嬉しかったワンとか天国で吠えているのかな?
それならそれでいいんだけど、私はどうしてもそんな風には思えない。でももしかしたら、わたしの血肉となって生きてねみたいな気持ちが飼っていた犬の死を目の当たりにしたさくちゃんの中の感情とか理性とか愛情とか一つの塊になって、それのやり場に困って壁にえいっと投げてみたら偶然その塊の散乱したその形がダイイングメッセージみたいになっちゃって浮かび上がってきたのかな。それで、あっなるほど、さくちゃんはばくっと飼っていた犬を食べたのかもしれないって、やっぱりそれでも無理。
理解出来るわけない。
ここで私はピンときた。ラテアートとか、アイシングクッキーとか、「かわいい」っていいながら飲んだり食べたりする感覚。さくちゃんは、飼っていた犬の事すごい好きみたいだったから、かわいいって何回もいってたから、ってそんなわけないか。
でも一つ目の考えよりは二つ目の考えの方が、まだ好き。かわいいから食べる。その方が感情に直結してるような気がして、私の知ってる素直なさくちゃんに近いから。いや、さすがにさくちゃんがおかしくなったからって、ラテアートとかだったりと飼っていた犬となると別次元の話だっていうのは分かるはず。だってさくちゃんは結構賢くて、勉強だって出来るから。ああ、でも賢いからこそ変な考えになっちゃったりするのかな?
あ。もうだめ、本当に眠たくなって頭ふわふわ背中ふかふか。もしかしてさくちゃんの飼っていた犬の毛並みって、背中のふかふかみたいに気持ち良かったのかも。でもこの背中のふかふかはかわいくないし食べたいとは、思わないだろうな。
私もさくちゃんも。
「昨日もやった?」
ジュースがなくなったカップを、ストローでずずこずずこ。しつこく吸うのが変で笑っていると、私はやった事になったみたいで、「いくら稼いだ?」と嫌味のない顔でいってくる。けど私は、まだなんにもいってない。それに昨日はやってない。
「毎日、やってるわけじゃないよ。毎日帰りが遅いと、怪しまれちゃうもの」
「まあそっか」
興味なさげに雪はいってみせるけど、本当はまだなにかいいたいのか、ちらりっ、ちらちら、ちらっちらとリズムよくこっちを見てくる。それにまだストローで、ずずこずずことやってるもんだから私は笑いが止まらない。雪がすると、なんて事ないはずの事がいちいち面白い。
雪、ちょっとやめて、ツボ入ってる。「やっぱり?」ずずこずずこ。本当にしつこい。「しつこいとかいうなってえ」もう本当やめて。ずずこずずこ帰るよ私。「このあと塾だし帰んないでしょ?」むぐっ。「いやいや、マナ変な声出てるってえ」雪がしつこいからでしょ、ほんとやだ雪嫌い。
「ごめんごめん、許してえ」
雪はかわいい。
どうして私なんかと仲良くしてるのか分からない。だって私は天パで、おしゃれじゃないメガネで、肩幅広めの体格で、胸は小さい太ってないけど、足は短い細くない。それに学校でいじめられてはいないけど、ほとんど誰とも話さない。
どうして私と?
そう聞くのは簡単だからこそ難しい。これは矛盾していない。試合に負けて勝負に勝つ。あれと同じ理論。試合に勝って勝負に負けるだったかな? まあなんでもいいんだけど。
雪は私が学校でほとんど誰とも話さないって事を最初の内は知らなかったから、同情とかで私と仲良くしてるわけじゃないっぽい。多分。百パーセント絶対確実ではないから聞けないけど、他の誰よりも信頼はしてる私の大切な雪大好き。
「今月は何回やった?」
大好きだから信頼してるから、出会い系で会った人からお金を貰ってる事も話せる。
「三回? いや四回。三人だけど四回」
「えー。固定客、ついてるじゃん。っていうか、そんなに会えるんだね、マッチングアプリ」
嫌そうな顔をしてみせても笑っちゃう雪が、やっぱり面白いしかわいい。
私は雪と出会えたのが一番嬉しい。固定客がつく事より、お金がいっぱい貰える事より。
さくちゃんと出会えた事より。
でもそれはさくちゃんがおかしくなったからってわけではなくて、おかしくならなくても、雪と出会えた事の方が私は嬉しくて。って友達にランク付けする無意味さとか、教室でほとんど誰とも喋らずに、女子高生してる女子高生をいつも眺めてる私が一番よく知ってるはずなのに。結局そういう事を客観的に見すぎると、自分には関係ない事だと知らない振りをして、過剰に意識してしまう。私はそれをちょっと悲しく思うけど、私はさくちゃんを置き去りにしたんだから、それくらいの悲しさは我慢しなければいけないんだろう。
「それにしても」顔を近付けると小声になる雪。
「マナが援交って今でも変な感じする」
「違うってば。私は夢を売ってるの。おっさんたちが若い子といちゃいちゃしたいって思う、その夢を叶えてあげてるだけ。お金は対価だから。っていうか、お金で夢が買えるなんて、最高でしょ?」
「いいわけ? 自分への」
悪い顔をしてみせてもかわいいんだから。
「いいわけ。自分への」
顔を見合わせて笑いあっていると、そろそろ塾の時間。私たちは残って冷めたポテトを躊躇うこともなく捨てる。罪悪感がないのはお金を払っているからなんだと思う。私を買うおっさんたちと一緒。塾の下がファストフード店とか本当に便利だなって、なぜか改めて感じたのはきっと女子高生が多感だからじゃないかな。思考はスーパーボールみたいに脳の中をあらゆる方向へと跳び回る。って、ああ塾の席が雪と隣だったらよかったのにと階段を上がっていると後ろで雪が、「うへー」とか変な声を出している。どうしたの。「またペットのワンちゃんがいなくなったって」えー! またかあ。「うん。しかも最低だよ。一つの家から三匹」三匹も? さすがにそこまで大胆だとバレそうなのにね。塾の扉を開く。「そうだよねー。わたしのところも気を付けないと」
振り向くと真剣な顔の雪。
「ゴロがいなくなって、もし殺されたりなんかしてたら、わたし絶対に犯人殺しちゃうね」
女子高生は怖い。
闇を持ってるとかじゃなくて、これが普通で平常っていう事実がまた怖い。だからみんなイジメとか普通に出来るんだろうなって思う。
「殺すとか、さすがに怖いってば」
「だってえ」とかいって雪は自分の席に着いた。私も自分の席へ。
甘ったるい声。
雪はもしゴロが殺されたら、この甘ったるい声でもって人を殺すんだろうか?甘ったるさと殺人がどうも私には結びつかないけど、きっとそうなんだろうなと私の記憶に刻み込まれていく。それは自分の脳の一部とか目の裏とか内蔵とかを中からフォークでぐちゃぐちゃにか掻き回して、心とか魂とかだけじゃなくて体そのものに傷を付けるタイプの記憶。実際に内蔵とかをぐちゃぐちゃにはしていないけど、体に深く流れてくるイメージが私を傷つける。もしくは私のイメージ自体が私自身を傷つける為にイメージされたものであるのかも。まあ自傷行為そのものみたいなもの。死というイメージからの安易な発想。
死ねって言葉や殺人って出来事はネットに氾濫しているし、言葉って形なんてもっと身近で普通に口にする子が学校にたっっっくさんいる。でも私たちみたいな普通の女子高生に死っていうのは、やっぱりなにか違う遠い物語なんだと思う。口にする死ねはふっわふわのの綿毛と一緒なんだと思う。
ちゃんとやらないとって分かってるのに塾の勉強はちっとも頭に入ってきてくれない。私はこんなにウェルカムだっていうのにも関わらず。それもこれもさくちゃんが悪いんだって頭で考えて理解しているつもりなのに、私の魂とか心とかって呼ばれるやつがすごい頑固で、「それは違うぞマナ!」とか偉そうにいってくるもんだから本当に迷惑。だってさくちゃんが私の基本楽しくはないけどなんとかやってきた毎日に、意味の分からない飼い犬食べた事件なんて放り込んできたから、「おえっ」てなったんだもん。それにこっちの方が本音に近いんだけど、死ってやつの私の中での拙い考えをぐるんっと三回転半くらい回した。そのせいで余計な感情が絡まっちゃって全然離れていかない。鞄の中に入れたイヤホンがぐっちゃぐちゃに絡まるのとなんだか似ていて誰かに解いてもらわないとダメなんじゃない? って誰に?
雪?
さくちゃん?
出会い系で会うおっさん?
どれもなんだかピン! とか、こない。って全然塾の勉強が頭に入んないよー。
うんうん唸っていると講師の中ちゃんが、今日は終わりって宣言して背伸びをすると皆が一斉に席を立つーーあっ、唸っているっていっても実際に唸って声を出してるわけじゃなくて心の声。それでも中ちゃんは私の心の声でも聞き取れるのか、「マナ、この後ちょっと話あるから」ここじゃダメなんですか? 皆見てるー。「お前が恥ずかしい思いするぞ?」もしかして中先生私に告白ですか? ざわざわ。「バカか。マナよりかわいい嫁さんいるから必要ない」それって失礼。なんなんですかそれ? 私だってもうちょっと大人になったら化粧でしっかり綺麗になる予定なんですけど。いや、本当は無理だって分かってるけど、ここは一応そういっておきましょう! 「まあそれより話あるから、あとで部屋来いよ」ドアばたん。話って本当になんだろう?
「マナ、待っとこうか?」
「ありがと。でも遅くなって大丈夫?」
「いいよいいよ、どうせ話っていってもそんなに時間かからないでしょ?」
「本当ありがと! ダッシュで行ってくる!」
走ったらあぶないよーとかいってる雪、学校の先生みたいとか思ってくすくす笑いながら結構勢いよく扉を開ける。
「失礼します、先生なんですか?」
「単刀直入にいうけど、マナ援交してるだろ?」
くすくす笑いは、中ちゃんの一言でどこかに飛んでっちゃう。
えっ、なんで知ってるの?
それにこれってもしかして私学校とか退学になる?
援交って犯罪?
ワカンナイケドヤバイ?
「なんでそんな事してるかなんて、俺はわざわざ聞かない。マナにはマナなりの考えがあるんだろ? でもさすがにアプリで顔出ししてるのは良くないと思うぞ?」
「中先生、見たんですか?」
「見た」
それじゃあもうどうしたって逃げ場なしだ。どうしよ、どうしよどうしよどうしよ。
あれ?
「もしかして、中先生もともとアプリ登録してました?」
「まあねえ。俺だって男だから、嫁さんと違って若い女とだってヤリたい時はあるから」
なるほど、そういう事か。
中ちゃんは私とヤリたいんだ。
「皆にバレたくないよな?」
最低だ、この人。
「雪待たせてるんで、メッセージだけ送っていいですか?」
「ああ」
私のスマホを覗き込むのは、自分に不都合な内容を送られないためだと思う。とりあえず私は、「長引くと思うから先帰ってて、ごめん」ってメッセージを雪に送って、すぐに中ちゃんのジーパンのチャックをずらしてもうとっくに半勃ち状態の中ちゃんの中ちゃんをパンツの上から触る。っていうかブリーフってあまりにもおっさんすぎない? まあなんでもいいんだけど。ってめっちゃ勃っててキモいけど、パンツを下げてしゃぶる。
「いつから援交してるんだ?」
「ふぇっと……おほうはんがひはくはっへから?」
「それって寂しいとか、そういう……あっそこそこ。えっとなんだ、寂しいとかって感じなのか?」
「わはんはい」
「まああんまり援交とかすんなよ。体大事にしろよ。っていっても若い内しかこんなの需要ないから、稼ぐなら今の内だけどさ」
はっはっはとかいってめっちゃ笑ってるけど、何が面白いのか正直全然分かんない。私を買う人に限って援交するなとか体大事にしろとかやたらいってくる人が多いんだけど、その大事な体を汚してるのはあんただからって毎回いってやりたい。まあお金貰ってるからいわないけど。でもなんで援交やり始めたんだったかなって思い出したら確かにお父さんが関わってるような気もしなくはない。
離婚ってなってからお父さんが私に会いたいみたいなことが一回もなくて、どうしてだろうとかなんでなんだろうとかって気持ちは確かにあった。だって十年以上一緒に暮らしてたんだよ? それに一人娘なんだし、会いたいとか普通は思うもんなんじゃないの? 私は会いたい。でも思春期の女の子は面倒くさい性格だから、お父さんに会いたいとかいいにくいしお母さんの目も気になってそんなのいえない無理だよ。今頃なにしてるんだろうお父さん。私が会いたいって思いながら中ちゃんのをしゃぶってる間もお父さんは私の事なんて気にしちゃいないんだと思うと忘れてた悲しいって気持ちがぶわーって前に授業で習ったアマゾンかどこかの川が逆流してくるなんとかいう現象みたいに抗う事の出来ない自然的なものなんだろう。なるほど涙がぽろぽろ止まらない。こんなタイミングで最悪。バカみたいな事して、したくもない事して、こんな私の人生の0・000何パーセントかだけの時間をずっと後悔して生きるのが目に見えているのにどうして私はただ一言、「嫌」だといえないのだろう。中ちゃんの中ちゃんをしゃぶるなんて嫌だし、援交で汚いおっさんに抱きつかれたりキスするのは嫌だし、それにさくちゃんと学校で顔を合わすのも嫌だし、なによりお母さんとお父さんが離婚したのが一番嫌。
私は嫌を態度でなんとなく表現する事はあっても、その言葉を口にする事になぜか躊躇いがある。だから口に性器を含んで言葉を奥に奥にと押し込んで、嫌を無理矢理飲み込んでなかった事にするんだ。
って考えてる間に中ちゃんがイって、ポケットで携帯が震える。
『明日会えないかな?』
この前会ったばっかじゃんって思ったけど、固定客は大事にした方がいいかなとも思って返事に困る。森のクマさんは、いままでやった人の中だと一番気前が良かったし、キモいお願いとかしてこないから嫌いじゃない。でもクマさんって名乗るくらいだから、お腹はポテっとしてて重たいのが唯一のデメリットって感じかな。
正直会ってもいいんだけど、あんまり会いすぎて変な情みたいなのが湧いても湧かれても嫌だからってのもある。でも会わなすぎて離れていかれても困るし……
ここが女子高生の腕の見せ所。
もし会ったとしたら四万もらえるのは大きいよね。雪と遊びに行けるし、普通に美味しいご飯とか食べれる。ピアスとかも久しぶりに欲しい。
雪との事を考えてる時くらいしか私の中に幸福の宇宙は広がらないし、ビッグバンも雪との事でしかバンバン起こらない。
それって恋みたいじゃない?
急にそんな考えが降りてきて頭の中が真っ白になった。
「 」
「 」
「 」
「 」
「 」
「 」
「 」
「 」
「 」
「 」
純白より白い中で誰かと話している気配がするけど、そんなの自分の妄想だって事は分かっていて、でもそのやりとりがすごく気になる。
きっと恋ってイメージに思考が引っ張られちゃってるだけなんだろうけど私は確かに雪が好きで好き過ぎて、雪にだったら本当に体を差し出してもいいかもなんて。あれ? 私ってレズ? 百合ってやつ? よく分かんないけど、中途半端な男の子よりは全然雪が好きで、これって恋愛的な感情なのかなって分からない。なんかもやもやするなあってこんな時は、やっぱり雪に会ってはっきりさせたい。どうせ雪に会うなら美味しいご飯くらいは食べたいし食べて欲しい。
『明日夕方六時からだったら二時間くらい大丈夫です!』
それじゃあやっぱりそうなるよね。また四万もらって森のクマさんとえっちしてそのまま雪と会いたいけど、時間も遅くなるしなにより体が汚いからその日は我慢。明後日に雪と二人でデートきゃっきゃしたらいいかななんて勝手な妄想膨らましてるけど雪の予定を聞かないとこんなの一人相撲じゃん。ちゃんと聞いとかないと。
『明後日予定ある? ご飯行こ! 私がおごってあげる(はあと)』
ああ、ドキドキ。なんでこんなにドキドキするんだろうってやっぱり恋だからなんじゃないの? どうしよう! 女の子とえっちなんてどうやってするんだろう? スマホで検索、『女同士 セックス』とかさすがにこんな履歴残ってたら誰にもスマホ渡せない。あっ、返事来た! って森のクマさんじゃん。ちょっと空気読めてないんだから、全くもうとか内心思っててもお客様だからちゃんとメッセージはチェックする。
『よろしく。ホ別四でいい?』
ありがとうございます。
あなたの四万は、私の愛と愛の途中の雪の胃袋を満たしてまだ知らない愛を大きく育んでいくはずだからその糧になってね。とはいえないから食道くらいで留めとく。
『はい。また優しくしてくださいね。待ち合わせは前と一緒でいいですか?』
私の頭の中と手にはまだ無い四万の虚像がゆらゆら揺らめいては、焼肉とかお寿司とかバイキングとかに変わっていく。
『優しくしますよ。はい、大丈夫です』
返信早いなあ本当に女子高生好きな森のクマさん。それにしても雪から返事がないけれど、もう今日は寝ちゃったのかもしれないし私だってもう結構眠い。もう夜中の一時を回ってるし、寝ないと明日の朝が辛くなる。明日の朝に返事がなかったとしても、どうせ明日も塾では会うんだからまあいっか。もう寝よう。
っていうのがさっきの出来事みたいなのに、目覚まし時計はしっかり七時ちょうどにじりじり鳴っててびっくりする。私はじりじりうるさい目覚まし時計を止めるとすぐにスマホを見る。でも雪からは返事がなくてちょっと残念。とりあえず面倒だけどちゃちゃっと着替えてちゃちゃっとうっすら化粧をしてから鞄をもってリビングに行って朝ご飯を食べる。朝ご飯っていっても昨日お母さんが買ってきたコンビニの惣菜パンなんだけど。お母さんはお父さんと離婚してからずっと朝ご飯を作るだけの気力がどうしても起こらないみたいで、朝はいつもコンビニの惣菜パン。離婚するっていい出したのはお母さん。まあ確かにお母さんの事をお父さんが女として見なかったのは悪いんだけど、お父さんはお父さんなりの誠意みたいなのをお母さんに提示してたつもりなんだろうし、それにお母さんだって職場の後輩とホテルに行って不倫してたのは悪い。それなのにお母さんはお父さんを一方的に貶して離婚離婚離婚離婚離婚っていってたからさすがのお父さんも参っちゃって家をこっそり出ていく。離婚届にサインを残して。そうなったら離婚離婚離婚離婚の人(お母さん)は自分もそれにサインしてわざわざ仕事を休んで役所に持って行って、はい離婚確定。私はよく分からないままお母さんと二人で暮らす事になって、お母さんは結構元気を取り戻すけど、朝だけはどうしても気分が滅入っちゃうみたいで美味しかった味噌汁とか出汁巻きとかの朝ご飯は惣菜パンに形を変えて、もう二度と出てくることはない。二度とっていうのはちょっと誇張してるかもしれないけど、でも当分は本当にないんだろう。だって朝見るお母さんの顔はゾンビみたいで生気なんて微塵も感じられない。そんな風になるなら離婚なんてしなかったら良かったのに。そんな単純な事が大人になると理解できなくなるのは、仕事とか世間体とかってやつが絡まっちゃってもう自分では解けなくなってるから。これって私の死についての考えに付随(?)する余計な感情の絡まりと一緒で、誰かに解いてもらわないといけないものだったりするのかもしれない。でもそれを解いてあげれるのは誰なんだってなったらやっぱり一番の候補っぽいのは私だったりするのかなっていうのは、さすがに自分の事高く評価しすぎだったりする? でもあながち間違ってないって分かってるのは、私とお母さんが家族で血が繋がっていてそれを後悔する事なくここまでやってこれたからなんだろう。本当はお父さんでもいいんだろうけど、離婚のせいで繋がりがぷっつり切れてしまっているから若干関係が弱くて、ここはやっぱり私が動かないと。でもとりあえずは今日四万貰って明日雪と会ってからでも遅くない。ゾンビみたいな離婚離婚離婚離婚の人に行ってきますっていったところで反応がないのは分かっているけど、「行ってきます」といって家を出る。それでやっぱり行ってらっしゃいはないんだよね。正直にいうとお母さんの行ってらっしゃいが聞けなくて残念っていうのはあるんだけど、これは今日に始まった事じゃないからまあ我慢出来る。だからなんだかんだぐっすり寝ただけあってそれなりには元気に通学出来る。でもそれより雪からの返事が結局ない事が気がかりで……どこか寂しいみたいなのはあるんだけど、それは私だけが知っていればいい事だし、他の人まして雪には知られちゃいけない。どうして知られちゃいけないって……どうしてなんだろ? 恥ずかしいから? 雪から返事がなくて寂しいなんて本人にしれたら、恋心みたいなのがバレちゃって引かれる可能性だってあるもんね。それより私がそれを雪に知られて生きるっていう事に対してもう無理。耐えらんないに決まってる。恥ずかしすぎて溶けて地面に染み込んでいくか、蒸発して空の向こうにバイバイしたくなるに決まってるんだ。って歩きスマホしてたらニュースサイトの見出しの一つに【飼い犬殺し犯殺し】っていうのがあって、もしかしてなんて思ったけどこれがビンゴ。
未成年だから名前は出てないけど、この飼い犬殺し犯殺しは雪だって自信がある。だって事件の場所が神戸市兵庫区で、それって雪の住んでるところだから。
学校に着くとやっぱりなにかあったっぽくて、一時間目が自習になってる。私は雪に電話とかメッセージとか送るけどやっぱり返事がない。雪本当に殺しちゃったのかな、飼い犬殺し犯。私の知ってる雪の甘々ボイスで死ねーとかいったのかな? あんまりそういうのいって欲しくないとか思っちゃうけど、飼い犬を殺された雪の気持ちを私が理解する事なんて出来ないから無闇にそういう発言をするのは控えた方がいいんだろう。雪はしっかり考えた上で行動出来る子のはずだから、一時の感情みたいなので飼い犬殺し犯をただ殺したりはしないはず。
っていうか自分の大事なもの(犬)がなくなって悲しいって気持ちを理解して行動出来るってすごい。いや実際理解出来ているのかどうかは知らないけど。私はいまだにお父さんがいなくなって悲しいって気持ちを理解できない。それを理解とか解決とかしようとしないで、目を背けて日常を誤魔化し誤魔化し生きているだけですごく弱いから、それに立ち向かっただけでも十分にすごいと思う。
私もお父さを奪った誰かを殺せば気が済むのかな? ってさすがにそんなわけない。だってそうなると、私はお母さんを殺さないとダメだし、お母さんは確かにお父さんを私から奪ったかもしれないけど、お母さんはお母さんで私は好きなんだ。好きの大きさを比較するのってバカらしくって、大きいとか小さいとか必要なく好きは好きでひとまとめにしていいんだと、そう思う。それで間違ってないとそう思う。そうなると、私は誰を殺せばいいんだろう? そもそも誰かを殺す必要なんてないんだろうけど、雪の後を追うみたいに誰かを殺す事で雪と同じように好きに触れたいって気持ちがある。そういうのって人の真似をして解決するものじゃないって分かってるのに。
ってあれ?
雪からメッセージが来てる。
警察に捕まっててもスマホ触れるの?
『ごめん、寝てたー。おごってくれるなら行くー(はあと)』
雪じゃない。
ちょっと待って、私の確信めいた自信ってなんだったんだろう。とりあえず雪に返信。
『意味分かんないかもだけど、雪のところのゴロちゃん元気?』
速攻で返事が来る。
『元気元気。なに? またどっかの家のワンちゃん殺されたの?』
『詳しく調べてないから分かんないんだけど、飼い犬殺し回ってた犯人が殺されたって』
『まじ? それじゃあ、もうゴロ安心じゃん良かった』
なにかが私の中で引っかかる。
『ゴロは安心だけど、被害にあった飼い犬達はかわいそうだよね』
『そうだけど、そのおかげで怒り狂って犯人殺してくれた人がいるなら、こっちとしてはラッキーじゃん?』
えっ、マジでいってんの? 自分の飼い犬だけよかったらそれでいいわけ?
『いやいや、犯人に飼い犬殺された上に、これからの人生人殺しのレッテル貼られるんだよ、その人。最悪じゃんそんなの』
『なにマナ怒ってるの? その人の事とかよく知らないし、そんなの私達の人生には関係なくない? それともゴロが殺されてて欲しかったわけ?』
いやいやそういう事じゃないじゃん。なんで分かんないの。
『いや、別に怒ってないし。それにゴロが殺されたらいいとか一言もいってないじゃん』
『じゃあもう終わり。なんか責められてるみたいで気分悪い』
はあ、なにそれ?
自分勝手すぎない?
もう雪とか知らない。
華麗に既読スルー。
これでおしまい。
って、ちょっと待って私。雪じゃないなら誰が飼い犬殺し犯殺しであって、なんで授業が自習になってるの? 普通に近くで犯罪があって危ないから集団下校とかなら分からなくもないけど、犯人はもう殺されてるって事は集団下校なんてする必要ないよね絶対。雪が殺したんじゃないなら、もしかすると誰かこの学校の生徒が飼い犬殺し犯殺しだったっていうのが有力なんじゃないかな。それなら一時間目が自習になったのもすごい納得。でもそんな子いるのかな? って思ったけどそんなのいくらでもいるのかもしれない。雪だってゴロが殺されたら犯人殺しちゃうっていってたくらいだし。そうだよ、高校生の死生観なんて大体が曖昧なもので、しっかりした死生観を抱えて学園生活を送っている人なんてだいたい変わり者なんだろう。「なに青春とかいってんの? どうせみんな最後は死ぬのに」とかいってそう。でもそういう人に限って本当の死生観みたいなのを抱えてるわけじゃなくて、なにかの受け売りみたいな安い言葉に踊らされてるだけな気がする。まあ踊る阿呆に踊らぬ阿呆同じ阿呆なら踊らにゃ損損っていうし踊らされてる方がいいのかも。でも踊る阿呆でも踊らぬ阿呆でもなくて踊らされてる阿呆はどっちにも属していない気もするから、やっぱり踊らされてるのは良くないのかもしれない。っていうかここまで私の勝手な妄想話だけど。っていうか、「どうせみんな最後は死ぬのに」とかいってる人がいたら、「それならお前はなんで学校なんか来てるんだよ」ってシンプルにいってやりたい。って今はそんな話じゃなくて、誰が飼い犬殺し犯殺しかって事だ。ああ気になる。でも飼い犬殺し犯殺しが私の知ってる人だとは限らないよね? それじゃあこんな考えって無意味じゃないのって話だよね? きっと噂好きの誰かがこそこそ話してるのを聞けるだろうから、まあ焦る必要はないっちゃないんだけど。それでもやっぱり気になる?
他人に頼っても仕方ないから自分で調べるかってスマホで、【飼い犬殺し犯殺し】を検索。なになに。
平成二十八年六月五日二十二時頃自宅に戻った少女A(十七歳)は、先日亡くなった飼い犬の小屋の前に立つ不審な男を発見した。少女Aは咄嗟に、「誰?」と尋ねた。すると男は、「悪い事をしました。ここにいた犬を殺したのは僕なんです」と答えたらしい。少女Aは男に、「どうして殺したんですか?」と尋ねた。男は、「昔飼っていた犬に似てたんです。食べたいくらい好きだったんです。でも殺したら怖くなってきて逃げてしまいました。本当に申し訳ありませんでした」と答えたらしい。少女Aは男に、「その意志は私が無意識に引き継ぎましたよ。犬は私が食べました」といった。男は満足気な表情で少女Aを見つめると、手に持った金属バットを少女Aに差し出したらしい。それを受け取ると少女Aは、男の頭をその金属バットで複数回殴りつけて男を殺害。その後金属バットを持ったまま近くにあった交番に赴き、「私の飼い犬を殺した男を殺しました」と自白した。殺害された男が実際にこの地域で繰り返されていた飼い犬殺しの犯人であったかは、今のところ不明であるので名前の掲載は控える。
ふーん。犬を食べるとかさくちゃんみたいだな。
いや、これ百パーセントさくちゃんでしょ!
くるっと振り返った先のさくちゃんの席には、誰もいない。
少女Aは、男が食べたいくらい好きだったっていった事にたいして、その意志は私が引き継いだっていってる。それはやっぱり飼い犬を食べるって部分を引き継いだんじゃないかなって私は思う。って事は少女Aは犬を食べてたんだろう。普通は飼い犬とか食べないから、こんなに短期間でさくちゃんとさくちゃんとは別の少女が飼い犬を食べるって連鎖がこの小さな神戸市兵庫区の中で起こるとは思えない。そうだ、さくちゃんの家も神戸市兵庫区にあるんだった。すっかり忘れてたけどまだ頻繁に会話をしていた頃ーー飼い犬を食べる前、普通の女の子だった時にさくちゃんはJR兵庫駅の近くに住んでるって確かにいってた。
少女Aイコール飼い犬を食べたイコールさくちゃんでQEDって感じじゃない?
そうだと思うと急にさくちゃんに連絡を取りたくなるけど、もう警察の厄介になってるだろうから連絡なんて絶対取れない。そう分かってるから余計に連絡が取りたくなるっていう無限ループでもやもや。
結局どうしようもないまま自習時間はどんどん流れていって、一時間目終了直前ってところでゆっくり扉がスライド。権田先生が元気なさそうに入ってくる。自分の受け持つクラスの生徒が殺人ってなると、やっぱり先生も責任とか感じるところがあったりするんだろう。でもこればっかりは権田先生の責任云々って話なのかなって疑問が浮かぶ。だって学校で起こった事件なら監督責任(?)とかって話もあるかもだけど、学校の監視下から離れた完全プライベートな自宅での事件なんて先生には関係ないんじゃないかなって私は思う。そんな事してたら生徒三十七人分の責任を先生一人で全部背負わなくちゃいけなくて、そうなると権田先生死んじゃうだろう。それって遠回しに私達が権田先生を殺した事になるんじゃない?
「大事な話なんですが、今日は急遽自宅学習という運びになりました。みなさん遊びに出たりする事なく自宅で過ごしてください。いいですか、絶対に家から出ないでください。あと新聞社だったり週刊誌の記者、テレビ関係者が話を聞きたいといってくるかも知れませんが、みなさんは何も答えないようにお願いします。それじゃあ、気をつけて帰ってください」
「先生」
私は咄嗟に先生を呼び止めたけど、別に考えがあったわけじゃないし先生に聞きたい事もない。
なんだろう、衝動みたいななにかが私の中にあったのだろうか。
「どうしました、愛美さん」
「あの、先生、無理しないでください」
先生に伝えるべき言葉が思い付かなくてぱっと思いついた言葉をいってみたけど、違うそうじゃないって自分でも分かってる。それに本当に伝えたい言葉も理解出来た。
私が伝えたかったのは、「先生死なないで」だ。
でもみんなの前でそんな事いうべきじゃないっていうのは、なんとなく感じる。
「なにいってるんですか、愛美さん」
口から出た言葉とは裏腹に、権田先生はその場にうずくまると突然泣き出してしまって、クラス中みんながぎょっとする。当然私もぎょっとする。
一体なんなのこれ。
私余計な事いった?
ざわつきが隣のクラスにまで聞こえたのか、一組と三組の担任が私たちの教室にやってきて、ぎょっとする。そりゃそうだろう。生徒三十七人いやさくちゃんがいないから三十六人の前で、権田先生がえんえん声を出して泣いてるんだから。
「おい、なにがあったんだ?」
三組の大道先生がぎょっとしたのをぐっと飲み込んでいった言葉をクラスのみんなが聞いているのに誰も答えない。きっとみんなも何が起こったのか飲み込めていないんだろう。一組の坂井先生が権田先生の脇にしゃがみ込んでなにかをいっている。でも事態が好転すうる様子はない。なにがなんだか分からないまま、権田先生は大道先生と坂井先生に連れられて教室を出ていった。大田がいつもみたいにふざけた感じで、「大道、ごんちゃん連れて行く時、腕におっぱい当たってたよなー」とかいっても誰も反応しない。空気読めって大田バカ。でも私は大田のおかげでちょっと救われた気がする。だってよく考えたら私の発言のせいで権田先生が泣いたみたいなのを、みんなが思い出す前に大田は本当バカって空気に満場一致で決まったから。ありがとうバカの大田。とりあえずみんなここにいても仕方ないってなって帰り出すから、私もこっそり教室を抜け出す。
その時になって私は、死なないでがいえなくて結局無理しないでになった言葉が、権田先生にはしっかり伝わっていたからうずくまって泣き出したんじゃないかって思った。
世界の歯車が止まっている時なんてないんだろうけど、私の歯車はちょっとの間止まっていた。それが突然ぎりぎりと音を立てて動き出したのが分かった時には、事態はもう私なんかにはどうにも出来ない事になっていた。
森のクマさんの奥さんは権田先生で、権田先生は私と森のクマさん改め権田彰一さんが援交してるのを知ってしまったみたいで私の言葉を聞いて泣いてしまったらしい。旦那さんが援交してるその相手に無理しないでなんていわれたら泣くか怒るかぐらいしか出来ないのも分かる。私と権田彰一さんがホテルから出てくるのを見計らって、権田先生は私達の前で首をカッターナイフで切ってばたっと倒れた。権田彰一さんはすごい焦ってわけわかんない声が出てたから私が一一九番して救急車を呼んで権田先生のすぐ横に落ちてた紙切れを拾った。それをこっそりポケットに入れて救急車が来るのを待った。ちなみにこの紙切れに権田先生が私と権田彰一さんが援交してるのをスマホチェックで発見したから自殺しますって事と私に無理しないでっていわれた事で感じた憎悪みたいなのが書いてあった。そして権田彰一さんは泣きながら権田先生を抱きしめて、救急車が到着するのをただ待っていた。救急車が来るまでの時間がすごく長く感じられたけど救急車はちゃんと来て、なぜか私も一緒に救急車に乗せられてしまう。娘だと思われたのかもしれない。結局その後はなにがなんだか分からないままに救急隊とか警察とかと喋って権田彰一さんはどこかに連れられていった。私のところには救急隊と警察以外に両親が来て、ひどく怒られたけどなんだかこの瞬間ちゃんとお父さんとお母さんが私のお父さんとお母さんであるように思えたし、離婚していたって実際にそれは間違いないんだと嬉しくなって泣いた。すごい泣いた。
その後、権田先生は先生を辞めちゃったけど生きてはいて、権田彰一さんは本当かどうか詳しくは知らないけど逮捕されて勾留されているらしい。二人の人生はめちゃくちゃになってしまったかもしれないけど、離婚はしていないみたいでまだ夫婦として家族としての縁は切れていないし、これを機に権田彰一さんは心を改めてしっかりと権田先生と向き合ってくれたらいいなと思う。私は私でお父さんとお母さんが離婚はしちゃったけどちゃんと家族だったって事を再確認出来て普通に嬉しい。
雪のメッセージ、『まじ? それじゃあ、もうゴロ安心じゃん良かった』が今なら少し分かる気がする。家族が家族の形を崩さずに存在している事って奇跡なんだ。それを脅かす存在から解放されると、不意に他人を軽くみたような発言をしちゃう事があったりするかもしれない。だけどそれは他人を軽く見ているわけじゃなくて、家族を大切に思っている気持ちが溢れ出ているから相対的にそう見えちゃうだけなんだと思う。友達の順位付けとか好きって気持ちの大きさを比較する事が無意味なように、家族と他人を比べるのも無意味なんだと思う。Aちゃんとはよく遊んでBちゃんとはあんまり遊ばなないけど、友達になった時点で奇跡。よく遊ぶAちゃんの方が相対的に友達らしい友達な気がするけどそうじゃない。結局どちらもが大事な友達だし遊んで楽しい事に違いはない。A君はかっこいいから好きB君は面白いから好きっていうのも、好きになるって事がもう奇跡。A君の方が周りの友達から評判がよくてB君は友達から評判が悪いと、A君の方が相対的に彼氏になってほしいと思うかもしれないけどそうじゃない。結局どちらも大事だしどっちとも付き合いたいって気持ちは変わらない。奇跡と奇跡はそれぞれが独立しているから、比較なんて出来ないしする必要もない。他人が他人って形のまま接触がないのも奇跡、家族が家族って形を崩さずに存在している事も奇跡。結局、世界は奇跡って歯車の下で何千何万何億年もぐるぐるやってきてるから、これからの何千何万何臆年もぐるぐるとやっていくんだろう。奇跡っていう友達とか好きとか他人とか家族と一緒にこれからもずっと。
「マーナ」
「ゆーき」
私は雪と家族になりたいとかなりたくないとか、そういうのとは違うまた別の奇跡を実践中。私と雪は付き合う事になった。
飼い犬殺し犯殺しの事で雪と微妙な雰囲気になった気がしたけど、雪はあんまり気にしてなかったみたいで塾で会ったら、「なんで連絡くれないの?」とか涙目でいってきてちょーかわいい。すぐに仲直りして、「飼い犬殺し犯殺しは絶対にさくちゃんっていう同級生の子なんだよ!」って盛り上がる余裕を感じるくらい仲良し。その話から話題が変わって、中ちゃんに援交バラされたくないだろみたいに脅されてえっちな事をさせられたって雪に話したら、雪が本気で怒ってくれて結構な問題になって中ちゃんは塾を辞めた。その辞めるちょっと前に、中ちゃんと雪が付き合ってたって話を噂で聞いて、世界ってめちゃくちゃに絡まってるんだなって感じる。世界っていってもすごい近い距離での世界であって、それは私の知る世界なんだけど。
でもいくら絡まっているっていっても、私の鞄に入ってるイヤホンと雪のポケットに入ってるイヤホンが絡まらないように、絡まらないものっていうのは確かにある。
さくちゃんは飼い犬殺し犯殺しじゃなかった。
私の飼い犬殺し犯殺しに関する予想はことごとく外れて、どうやらそっちの世界と私の女子高生っていう世界が絡まりあう事はないらしい。こんなに身近に起こった事件なのになんだか不思議な気もするけど、そういうもんなんだろう。クラスが一緒でも喋らない子は喋らないのと一緒で。それってなんだか悲しい事のように思えて、私はなるべくクラスの子達と喋るようになった。
当然その中にはさくちゃんも含まれていて、私は昨日のさくちゃんとの会話でさくちゃんの事を結構好きになった。好きっていっても友達としてだから、雪とは少し違うけれど。
昨日のさくちゃんとの会話を思い出す。
「私さくちゃんに食べられたりするんじゃないかなとか思ってた」
「なにそれ? 食べるわけないじゃん」
「分かってるけど、なんていうの? 知らない事とか理解出来ない事とかって怖いでしょ?」
「まあ分からなくはないけどね」
「でしょ?」
「でも今こうして喋ってるって事は理解出来たって事?」
「理解はまだ難しいけど、そういう事があるって知ってはいるから恐怖はないかな」
「そっか。それじゃあ気を付けないとね」
「何を?」
「雪って子、食べないようにね」
さくちゃんが私に仕掛けたゲロの仕返し。
雪を好きになりたいのに、食べたくなったらどうしようって思う。
そういえば純白より白い中で話してたのは、昨日のさくちゃんとの会話だったんじゃないかって私は予想している。
まあ私の予想はことごとく外れるから、当てにはならないんだけど。
食べたいくらい好き。 斉賀 朗数 @mmatatabii
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