エピローグ

 パラネタークの郊外に立派な図書館が出来たと噂になったのは、トック率いる異端者狩りが全滅した日から一年後の事だった。

 二階建て、耐火レンガ作りの建物が実際には新たに設立された魔力の神セキの教会であると知る者は少なかった。

 禁書庫の主カナエ・シュレィデンによる異端者狩り全滅戦があまりにも人々に強烈な印象を与えたのが原因だ。


「ごめんください。カナエ殿はいらっしゃるかな?」


 セキ教会に尋ねてきた老人は、礼拝堂でいかにカッコよく威厳のあるポーズの石像を作るかで試行錯誤しているセキに声をかけた。


「うむ? カマニの教主の……ドレイルじゃったかな?」

「えぇ、セキ様。魔力の神にあられましては本日も――」

「やめい、面倒なのは嫌なのじゃ。カナエの奴ならいつも通り禁書庫におる。案内するのじゃ。ついてまいれ」


 ぴょんと台座から飛び降りたセキが建物の奥へと歩き出す。


「まったく、あやつめ。教主だというのにずっとひきこもりおって。なぜ、神の我が使い走りをしておるのじゃ。あべこべなのじゃ」

「むしろあの人だけは教会の外に出さないでくれと懇願されたと聞いておりますが?」

「確かに言われたが、刺激しない限りは無害な奴なのじゃ」


 各国重鎮からは封印の間と揶揄される禁書庫の扉を開けたセキは中に入る。

 窓の近くで本を読むカナエの姿があった。セキが見たことのない本である。


「また禁書を増やしたのじゃな!?」

「知り合いから鑑定を頼まれてな。ドレイルさん、こんにちは。どうぞ、座ってください」


 向かいの椅子を進めるカナエに促されて、ドレイルは椅子に座る。

 セキが慣れた様子でカナエの膝の上に納まった。


「カマニ教会の運営はどうですか?」

「おかげさまで、アルミロさんの旅客船が大当たりしまして魔力面でも資金面でも大幅な黒字を達成しました。アルミロさんから手紙を預かっています。どうぞ」


 ドレイルから差し出された手紙を受け取り、ざっと目を通す。

 カナエたちが書き起こしたパンフレットや添乗員の解説台本の受けがいいことや諸々の感謝が書かれていた。

 近いうち、海外の希少な書物を手土産に尋ねるとの一文を見つけて、カナエはにんまり笑う。セキが白い目を向けて、カナエの頬を両手で挟んでグニグニしだした。


「たった一年で禁書庫を増設した癖にまだ増やすつもりか?」

「この世に書物がある限り、いくらでも増やすさ」

「費用にはおぬしの金を当てるのじゃぞ?」

「当然だ。いまだに金は儲けているしな」


 一般向けの書籍を集めた図書館も併設して入館料を取っているため、収入がそこそこあった。

 カナエはドレイルを見る。


「今日訪ねてきたのはトックの件ですか?」

「えぇ、お察しの通りです」


 頷いたドレイルは話し出す。


「先日の枢機卿会議でギリソン教会の処遇が決まりました。枢機卿トックはもちろん、ギリソン教会の教主、枢機卿はすべて更迭、魔物の大氾濫を引き起こした罪で各地での無償奉仕が義務付けられました。主に、治療業務です」


 妥当なところだな、とカナエは頷く。

 ギリソン教会は巨大な組織だ。その運営を行っていた者たちを軒並み処刑してしまうと大規模な混乱に陥る上、高位の回復魔法の使い手がいなくなってしまい、市井にも影響が出る。

 セキは不満そうな顔をした。


「これだけのことをしでかして、処分が甘すぎるのじゃ」

「当然、異論は噴出しました。厳罰を求める声もありましたが、罰すると人死にが出ます」

「うーむ。資産は?」

「彼らの資産はすべて没収の上、魔物の大氾濫での被災者や遺族、地域へ分配されます」

「資産没収と無期労役なのじゃな? 遺族に石を投げられる生活じゃろうし、これ以上は求めすぎじゃな」

「ご納得頂けましたか?」

「うむ。ケーキは勘弁してやるのじゃ」

「ケーキ?」


 ドレイルは不思議そうな顔をしたが、すぐに話を戻すためカナエを見た。


「それで、ギリソン教会の高位聖職者が軒並み組織から離れることになります。引き継ぎなどは行わせますが、経営の主導権を握らせるのは良くありませんからね。しかし、代わりに運営を行う人材が不足していまして」

「それで、私にそれを任せたいと?」

「はい。魔力収支も赤字に陥りやすい体質の教会ですから、魔力の神の教主が適任だろうと内々で話がまとまっています。ギリソンの聖書『全治の神血』もお読みでしょう? セキ教会の運営もあってお忙しいかと思ったのですが――」

「こやつは毎日本を読む時間があるのじゃ。暇じゃぞ」


 勝手に話をまとめられそうになり、カナエは口を挟む。


「バカを言うな。読書時間が無くなるのならお断りだ」

「カマニ教会からも人を出しますので」

「まぁ、そういうことならいいか」


 ギリソン教会を組織として半壊させた責任もあるため、カナエは仕方なく提案を飲んだ。

 カナエは禁書庫の書棚を横目に見て、口を開く。


「私が枢機卿会議に出した議案に関しては?」

「あの件ですか……」


 苦笑したドレイルは一枚の紙を差し出した。


「ここにある本以外について、禁書の指定が解かれました。ギリソン教会の権威失墜の流れで枢機卿会議の過去の決定についても市井から批判が上がっていましてね。すんなり通りました」


 カナエは紙にざっと目を通して笑った。


「このくらいで勘弁してやるか」

「致命傷じゃろ。過去の決定をまとめて覆すのじゃから、法的拘束力のなさも相まってもはや誰も相手にせぬのじゃ」

「それでいいんだよ。元々、枢機卿会議は異なる神の教会が意思統一を図るための機関だ。その決定を一般人にまで守らせようとする今までが間違っていた」


 持論を展開して、カナエは紙を折りたたんだ。

 ドレイルが席を立つ。


「それでは、これで失礼します。十日以内に人を出しますので、何かありましたらパラネタークのカマニ教会に連絡をお願いしますね」

「えぇ、よろしくお願いします。送りましょうか?」

「いえ、結構ですよ。外に馬車を待たせていますから」

「そうですか。では、お気を付けて」


 ドレイルを見送って再び本を開こうとしたカナエにセキは寄りかかる。


「一件落着じゃな。今後もよろしく頼むのじゃ。教主カナエ」

「今のうちに後継者を育てておけば丸投げできるな」

「寂しいことを言うでない。ギリソンの治癒魔法を研究して不老不死を目指すくらいのことを言えばよいのじゃ。我を一人にするつもりか?」

「不老不死か。書物ある限り死んでも死にきれないしな」

「……なんか、余計なことを言った気がするのじゃ」


 本気で思案し始めたカナエに、セキは不安そうな顔をする。


「のう、すでにお主は国からも教会からも生ける災害扱いなのじゃ。不老不死になんてなろうものなら彼らに平穏が訪れないのじゃ」

「色々な聖典を読んできたが、高次元に保管された魔力はそのまま保存されている。なら、肉体を保存して記憶をどうにか変換しつつ、現実世界に用意した仮の入れ物を操作する形なら――」

「おぬしは何を目指しておるのじゃ!?」

「書物ある限り不滅の存在」

「書物の神にでもなるつもりか?」

「いいな、それ」

「あぁ、また余計なことを言ってしまったのじゃ!」


 こいつなら本当にやりかねないと頭を抱えるセキを余所に、カナエは思考を巡らせ続ける。

 書物の神、カナエ・シュレィデン誕生まで、後――



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禁書庫の番人、焚書にて職を追われる 氷純 @hisumi

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