生類『不』憐みの令

作者 筑前助広

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★★★ Excellent!!!

 "まどマギ初見おじさん”としてネットで注目を集めたハードボイルド時代小説家・筑前筑後先生の瞬発力にただだた感心しました。
 私のように、先生のTwitterをストーカーよろしくいつもフォローしておりますと、この短編が何にインスパイアされたのかはすぐわかりますが、何でも捕らえて身にする悪食っぷりと、生類憐れみの令の裏っ側につなげる強靭な創作的胃袋によって消化した点に真骨頂があると思います。
 さすがの筆致によって時代小説に消化して昇華するというワザマエ、お見事です。

★★★ Excellent!!!

 この物語は、神部藩における城下町の施設が豪華なのに対し町人が栄えていない矛盾を解明しようとするなかで、ある問題に直面する密偵の体験談である。

 はじめに思考の水面に浮かんだのは、神部藩の政策が分割統治そのものに感じられたことだ。
 分割統治とは、『Wikipedia』の概要によれば「ある者が統治を行うにあたり、被支配者を分割することで支配を容易にさせる手法」という。外領を侵略し植民地的にさせ、奴隷や自国に都合の良い者を獲得し、また資本を収集するにあたって、周辺の対抗勢力に団結組織を形成させないために勢力分断を引き起こさせ各個撃破可能な状態に置くのである。これをしたことで有名なのは古代ローマ帝国や19世紀以降の欧米だ。多民族国家という民族独立や階級間対立が発生しやすい勢力は特に、この政策を用いることで、支配下にある諸勢力が団結しないように互いを争わさせるのだ。
 神部藩の場合、自らの政治的失敗と選民思想の末に生み出されたのが、自らに矛先が向かわないよう下民の政治感覚を工作しながら特権階級のもとへ富を収集し、かつある意味での「娯楽」を提供する策だ。これが結局は分割統治だった。

 政治的能力のある者が被支配者に非寛容な思想をもっていると、被支配者に現れるのはディストピアである。だがディストピアをそうあるものと現状理解し改革を実行する元気がなければ、被支配者は再び暴力的手段を支配者に対し訴えることで政治判断を強いることなど出来なくなる。神部藩の庶民は、自分たち被支配者が被支配者たるうえでの施策が妥当であるかを客観的に検討できず、その発想さえもなく、与えられた状況(法制)に疑いなく服従しながら隣人を憐れぬことを是と受け入れてしまっているのである。
 それは幾つか理由がある。大きなものは、情報の遮断だ。メーチニコフの『回想の明治維新』によれば、江戸時代において教育面での広範な社… 続きを読む