私は瞬く星と冷たい空気で出来た夜の海に飛び込みたい。

ゆらゆら、ゆらゆら。


 どうやら酒も弱ければ煙草にも弱かったようで、数分吸っただけで頭がくらくらしてきたので、もう夜に紛れていく煙を見るのはやめた。酸素不足の脳が眠気を訴えてきたついでに、自分も頭を左右にゆっくり振ってみる。

 

ゆらゆら、ふらふらり。

 

このまま、つめたい夜の空気の中にざぶんと飛び込めたらきっと素敵なのに。ゆっくりと夜に沈んでいって、星の光が微かに瞬く海底で、誰にも邪魔されずに惰眠を貪るのだ。

 

 

 




 そんなことを夢想しながら開け放した窓辺に腰を下ろしていた私は、自分の頭部を揺らしている流れでそのまま外側にずらして(枕が欲しかったのだ)、身体は半分ほど窓の外に出す。そのまま本当に落ちてしまおうかという考えが半分眠りかけた頭に浮かんだ。

 たかが煙草で、ラリったという表現もおかしいけれど、今ならなんだって出来そうな気分になってしまったのだ。この退屈でつまらない日常を、紙くずのように丸めてゴミ箱にポイして、それを見て笑って拍手さえ出来るような、そんな気分。煙草ひとつでそんな楽しい気分になれるのだから、随分おめでたい頭だと他人事のように考える。

 

 

 

 煙草の火はまだ点いていて、だらりと伸ばした手の先から煙がゆっくりと立ち上って私の鼻先を掠める。煙草の副流煙って、なんでこんなに嫌な匂いなんだろう。まるで現実みたい。ああ嫌だ。でも、髪や服に移ったその匂いを、吸い終わった後にそっと嗅ぐと、好ましく思うのだ(変かな、きっと私だけかもしれない。)。

 




 

 




 相変わらず頭はくらくらしていたけれど、最後にもうひと吸いして傍に置いておいた灰皿に吸殻を入れ、それから片足を床につけた。

  

 やっぱり飛び降りる(本当は転げ落ちると言った方が正しいのかもしれないが)のはやめることにした。夢は夢だからこそ美しいのだし、叶えてしまえばそれはただの現実となる。夜の空気で出来た海も、星が瞬く海底も、そんなものはどこにも存在しないのだから。

 

 

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煙草に纏わる短編集 明日緣 @yosuga_novel

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