うつくしいひと
いつだったか、学校の先生たちが、職員室の裏手にある駐車場で煙草を吸っているのを見たことがある。普段僕たち生徒に毅然とした態度を取る先生たちのプライベートを覗き見してしまったようで、僕はすぐにその場を立ち去った。でも、あの何があっても笑わないと評判の鬼教官(僕たちはこっそりそう呼んでいる)が、他の先生と笑い合いながら煙を吹かす姿は、何となく悪いものではないと、僕は思ったのだ。
冬は日が落ちるのが早いから、17時の帰り道は、山際に微かに見えるオレンジ色の光の線を頼りに歩く。僕の家は、クラスで一番学校から遠いところにあるので、一緒に帰る友達はいない。たまに車が通るくらいの静かな坂道。そんな坂道に、今日は珍しく向かい側から人がやって来た。女の人だ。
その人は、この街では見ないような大人っぽい、綺麗な服を着ていて、真っ黒い髪を風にたなびかせながら歩いていた。白くて細長い指の先には煙草をあって、すう、と吸う仕草をした後に、立ち止まってゆっくりと息を吐いた。女の人の口から吐き出された、夕陽に溶けて消えていく煙。女の人は、誰かを見ているような、それでいてどこも見ていないようなそんな表情をしていた。
僕が女の人をあんまりにもじっと見ていたせいで、気づかれてしまったみたいだ。女の人は困ったように笑って、煙草の火を消すと、小さなポーチのようなものにそれを閉まう。
「…あまり、良くないものを見せちゃったな。お母さんには、内緒にしてね」
僕はなんだか、いたたまれないような、恥ずかしいような気持ちになって、必死に頷いて逃げるようにその場を走り去った。そんな僕を見送る(後ろを振り返れなかったから、本当のところは分からないけれど)あの人の姿を想像しながら、僕はその姿はきっと世界で一番美しいだろうと思った。
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