第15話 その魂の行く末に待つものは


 さて、本題に入ろう。

 何で僕が死ななくてはならなくなったのか、それを語る事にしよう。

 時は遡ってめぐり様の屋敷での対話中のことです。


 嗚咽を堪えながらえんまさま、もといめぐり様は言葉を続けます。

 

「我は、貴方の魂に惚れているの……」

 今更ながらに思い出す。

 初めて彼女と会った時、涙にくれながら口にした一言を。


 我は……知っているのに。


 めぐり様は確かにそう言っていた。

 その時僕には誰かと勘違いをしているんだろうと勝手な想像をしていたのです。

 でもそれが勘違いじゃなければ、その言葉が真実ならばここまでの筋書きを全部めぐり様が仕組んだものだって断定できるじゃないですか。


「……惚れてるからって、僕を殺した?」

 意地悪だと思った。自分に好意を向けてくれている人にそんなことを言うなんて。

「……違う。弄ったの」

 しかし返ってきた言葉は僕にはよく分からない、あまりに抽象的な言葉でした。

「弄ったって? 何を弄るんですか!」

「……思い出して。貴方が死んだ理由を。その時貴方は『誰』と一緒にいた?」

「……誰とって」

 あの時は放課後で、いつも通りに馬鹿話をしながら家路に着こうとしていた。

 四人で、そうだ……四人で帰ろうとしていたんだ。その時に確か誰かが階段で足を滑らせてゆっくり体を仰け反らせていった。

 覚えている。それがたまらなく嫌で、その後の光景が目に浮かんでしまったから思い切り手を伸ばしたんだ。

 その手を、彼女の手を掴もうとして。


「ソラ、ちゃん……?」

 カチリと、欠けていたピースがはまっていく感覚。

 あの時は手を掴めたんだ。そしてそのまま階段を滑り落ちて行って、僕は次の瞬間秦広王の宮殿の前に飛ばされていた。


「そう。あの時、本当に死ぬはずだったのは……小野 美空だったのよ」

「でも……言っていたじゃないですか。生き物の生き死にを操作することなんて簡単にはできないって。そんなのはしちゃいけないって!」

「我はそれを弄くったの。神様しか弄ぶ事を許されない、因果律の糸を操作したの……」

 なんでなんですか。意味が分かんないよ。

 言っていたじゃないですか。自分は十王の仕事に誇りを持っているんだって。それを守るために、どんなことだってするって。


「何でそこまでしなくちゃいけなかったんですか……何の為に!」

「会いたかった。貴方に、錬に会いたかったから!」


 それは何も取り繕わない、一人の少女がずっと胸に隠し続けていた思いだった。

「いつか忘れるくらいにずっと昔、貴方を見たの。転生する貴方の魂を……息が止まったの。初めてだったのよ。あんなに胸が苦しくなったの。すっごく、凄く綺麗だった……何もかも忘れるくらい綺麗だった」

「めぐり様……?」

「すぐに気付いたの。これが恋なんだって……何万年もここで過ごしてきて初めてだったの。こんなに愛おしくなるなんて」

「そんなの……」

 その後の言葉が音にならない。

「みんなに言われた。我と……我と貴方は絶対に同じ時を過ごせない。そんな事は気にせずに閻魔大王の受け継ぐ者ならばしっかりとしなさいって!」

 何も知らない人たちなら、無責任な人たちならそう言うに決まっている。

 でも人が人に向ける好意を、大事な人を思う気持ちを、勝手な考えで否定することなんて出来ないし、やっちゃいけないことなんです。

 しかしきっとめぐり様はそれだって飲み込んでいるはずなんだ。

「言われるまでもなく我は閻魔大王を継ぐ者なの。誰に言われるまでもなく。……でも、一つくらいの我が儘、言ってもいいじゃない。駄々を捏ねても良いじゃない……」

 でもこの涙と一緒なんだ。

 涙も、それに思いだっていつかは決壊して溢れ出してしまう。

「……そんな時だった。貴方に近しい人が死を免れない運命にあるんだって知ったのは。その現場に貴方が居合わせるってことも」

「それがあの階段ってこと?」

 それが切っ掛けだった。切っ掛け一つでどんなものでも行っちゃいけない方向に傾いていってしまう。傾いて、傾きすぎて分別までつかなくなってしまうのだ。

「えぇ、バレないように手を入れるのは簡単だったわ。我の計画通り、貴方の近しい人は死を免れて、一時的であっても貴方は死んで我の世界へ……『あの世』へと舞い戻ってきた」

 それだけで良かった。

 一眼その光を見ることができれば、それだけでまた再び自分は何百年でも、何千年でも自分は待っていられるんだとめぐり様は語った。

 あまりに途方もない話じゃないですか。

 でも以前めぐり様が言っていた。『自分はここで何万年も学んできた』のだと。

 だからきっと僕の考えている範疇の外にめぐり様も、あの世の人たちはいるんだ。


「一度だけ見て、それでまた我慢できるはずだったの。それで間違ってしまったことをお爺様に正直に言って、間違いを正してもらおうと思ってた。でも……」

「僕が秦広王の宮殿に現れて……十王たちの知るところになった」

「そしてもう一つ。貴方の近しい人の因果律が大きく書き換えられてしまったの」

 それは本当にシンプルな言葉だった。でもも因果律の書き換え? なんだよ、本当に意味が分かんないよ。人間一人が死ななかったことがそんなにも大事に発展してしまうのだろうか。

「書き換えられたって……ソラちゃんはどうなるんですか?」

 大事なのかと考えている反面、心の中がざわついていたのです。だってそうだと示すように、めぐり様の表情は曇ったままだった。

 しかし次の瞬間、その気持ちをあっさりと僕は理解してしまったのです。

「死ぬ事が、出来なくなったの」

「……は?」

「貴方の近しい人は、死ぬ事を許されない人になってしまった。それこそ身体の限界が来てしまったとしても生き続けるかも知れない。我には、もう分からなくて……」

「いやいや、とんでもファンタジーな展開なんですけど……」 

「悪い事をしたとは思っているわ。我は、貴方とその近しい人の生を弄んだんだもの。責められて然るべきだわ……」

 人って頭がついていかない展開になってしまった時、言葉足らずになってしまうんだ。

 でも追いついていない頭を必死に動かして、僕は考えなくてはならない。

 結局めぐり様の話の中では、僕がこんな力を得てしまった理由については何も語られなかったけど、其れでも一番懸念していたことについては聞くことが出来た。

 そうだよ、僕が一番大事にしないといけなかったこと。

 僕が何よりも守りたいと思い続けていた人。


 だから言おう。僕の今の気持ち。

 こんなにも小さな体を震わせて、告白してくれたんだから、せめてそれには応えよう。 


「そんな事、責める訳ないじゃないか」

 そうだ。僕がめぐり様を責める事が出来るはずない。 


「僕から責める事なんて、何一つないよ」

 僕が死んでしまった事実は変わらない。普通に考えればせめてしまって、それこそこの人の事をきっと憎んでいるはずなんだ。

 

「何で……こんな我を励ましたって、何にもならないんだよ! なんで、そんなに優しい事いうの!」

「だってさ……理由はどうあれ、救ってくれたんでしょ?」

 あぁ、本当に自分でもびっくりしてる。こんなにもはっきりと分かってしまったんだから。

「めぐり様、結果的に僕の大事な人を救ってくれたんだよ」


 そう。僕にとっての一番大事な人。

 ずっと側にいて、ずっと守ってあげたい人。

 僕の一番好きな、名前の通り綺麗な空みたいに僕を包んでくれる人。


「……大事な人」

「その子はさ……ソラちゃんは本当に大事にしたい人なんだよ……だからありがとう、めぐり様。本当に……本当にありがとう」

「……羨ましいな。その子……羨ましい」


 これが僕とめぐり様の会話の一幕。

 結局のところ、めぐり様にも僕に力が備わった理由は分からないらしい。

 ただお爺様から通達があってとだけ言っていたから、おそらく閻魔さまが裏で色々と便宜を図ってくれたんだろうと思います。

 閻魔さま、やっぱり食えないお人のようです。






 

「死ねない女の子か……ワードだけならかなりカッコいいんだけどな」


 不意にそのワードが口から零れていた。

 多分グラウンドのライトに照らされる彼女の横顔が、そんな風には思わせないくらいに儚くて、そして綺麗だからでしょう。

 ホンットに、僕は彼女に骨抜きのようだ。

「どうしたの、錬ちゃん?」

「いや、何か最近色々面倒かけてたからさ。謝っておきたいなって思って……ゴメンね、ソラちゃん」

「……ん、いいよ」

「え? もう絶交ってこと? もう友達にも戻れない?」

「そそそ、そんなことないよ! そんな事になったら私の方が生きていけなくなっちゃうよ!」

「……な! で、でもゴメンな」

「いいよ、謝らなくても。錬ちゃんお悩み解決したんでしょ?」

「解決したというか……まだ解決はしてないけど、どうにかはなったかな」

 解決は決してしていないし、きっとしないと思う。これから先、僕はこの力とずっと付き合っていかなくてはいけないんだ。

 でもそれを重く捉えるんじゃなくて、笑って過ごせるような……そんな気がするのです。

 せめて笑ってやって、飲み込んでやろうじゃないですか。

「それならいいよ。うん。錬ちゃんはいつもの笑顔が一番良いよ」

 だって、僕の笑ってるところを好きだって言ってくれる子がいる。

「その笑顔、私大好き」

 それだけで……うん、それだけで僕は十分だ。


「……うん、ありがと」

 ソラちゃんが顔を赤らめてこちらを見つめてくる。ヤバい。本当にクラクラして、こっちまで恥ずかしくなってくるじゃないか。

 早鐘を打つ鼓動を必死に抑えながら、彼女を抱きしめようと一歩また一歩と側に近寄っていく。

 そんな健全な男子なら誰でも憧れるこのシーンですが……うん、これもデジャヴだ。

 勿論この次にはお約束のシーンが控えている訳です。


「おーだから公衆の面前でイチャイチャすんなや!」

 こういった感じで、邪魔が入る訳です。正面向かって会うにはすごく度胸のいる人の声。まっすぐに僕に向かって来てくれた人の声だ。

 でもそちらを向かないわけにはいかない。彼とも、もうこんな関係のまんまじゃダメなんだから。

「……トーマス」

 僕の声、やっぱり震えちゃってる。喧嘩別れをしてしまってからこっち、ずっと彼とは口を聞いていなかった。

 視線を向けても睨み付けられてばかりだったから。

「……あ?」

 ビクリ、また体が震える。やはり苛立ちを隠す事なくトーマスは応える。

 あぁ、まだ勇気が足りない。狼狽えたまま、たじろいで体が動こうとしてくれない。

 しかし僕が顔を俯くのと同時に、ソラちゃんが僕とトーマスの間に割って入りながら、叫びます。

「トーマスくん! 怒っちゃ嫌、だよ」

 それを聞いて俯いていた視線を上に上げると、そこには見知ったもう一人の姿。

「そうだぞ、トーマス。ここ数日錬と喋ってなくて苛立っているのは分かるが、少しは落ち着くんだ」

「おい、コウヘイ! 吹いてんじゃねーよ。オメーは黙っとけ!」

 本当すごいタイミングでコウヘイは現れてくれる。

 まぁトーマスがここに来た時点で、きっとコウヘイも近くにいるんだろうとは思っていたけれど、本当ヒーロー然とした現れ方だよ。

「そう、だね。もはや僕は何も語る言葉なんて持っちゃいないさ。何かを口にすべきなのは……」

 そうだ。言わなくちゃいけないのは僕だ。遠回りして、悲劇の主人公を勝手に演じていたのも僕なんだ。

 なら出来るはずだ。一言、たった一言それを言葉にするだけなんだ。


「トーマス、コウヘイ、ゴメンな。心配かけて、イライラさせて!」

 あれ? もっとたくさん言いたい事があったはずなのにそれだけしか言葉にならなかった。

 どれだけ不器用なんだよ、僕は。

 でもそんな不器用が目の前にいるじゃないか。

「今度よ」

「え?」

「今度よ、俺にムカつく事あったら俺の事殴れ。もうそれでチャラにしようぜ」

「チャラって……それでいいの?」

「今回の事はマジでオメーがワリーよ。大事にしなきゃあんねぇモンまで傷つけやがったんだ。でもよ、ダチだからよ……オレらはダチだからよ」

 ほら、やっぱり二人も、そしてソラちゃんもこんなにも優しいんだ。

 正面から向き合う勇気を持てなかった僕が悪くて、でも一歩踏み出せばこんなにも簡単な事だったなんて。

 そういえば閻魔さま言ってたっけ。

 『少しずつでも良いから前に進めるように努力していけば良い』『今の君は『怖い』を克服すればいい』

「……ははは、はははは!」

 それが少しでも理解できた瞬間、笑いがこみ上げてきて我慢できなかった。

 だってほら、こんなにも簡単だ。一歩踏み出す事、謝る事、自分が悪かったと認める事。

 人は意地っ張りだから、素直にそれを受け入れる事が出来ない。

 でも少しは素直になれる場所があっていいはずなんだ。

 それはぼくにとって親や友達、ソラちゃんと居られる場所だって気づく事が出来たから。


 だからもうちょっとだけ笑っておこうと思う。

 本当に、本当にそれに気づけた事が嬉しいから。

「何だよ、巫山戯てんのか!」

「いや、トーマスらしいなってさ」

「あぁトーマスらしい。喧嘩をしていた相手に、そんな事はなかなか言えないよ」

 ほらトーマスもコウヘイも、それにソラちゃんだって笑ってくれている。 

「……オメーら、マジウゼーよ」

「二人とも、ホントにありがとな」

「本当に……君たちといると、全然飽きないよ」

 そうやって、悲しい事も、辛い事も少しずつ飲み込んでいって、少しずつでも先に進みたいから。







「さて……行きますか」

「はい、ご主人サマ! 今日もお仕事頑張ります!」

「……はいはい」

「あぁん、もう完全復活ですね。瑠璃ちゃん嬉しい!」

「でもまぁ……そうだね、行きましょうか」


 今日も命が生まれ、散っていく。芽吹いた分だけ、消えていく。

 それはこの世とあの世の理。決して破れはしない決めごと。

 生も死もあまりに理不尽で、それは突然襲い来るモノ。そして回避する事の出来ないものなのです。


 しかし、でも……だからこそ、僕は今日も言います。

 こんな風になった僕だから。

 こんな風に、あの世を知ってる僕だから。

 死んでしまった人がこの世に未練を残さないように、僕は彼らにこう言うのです。

 変態と、何を言っているか分からない小さな二人の神様、そしてヘタレなえんまさまに手伝ってもらいながら。


「ねぇ。話……聞かせてくれませんか?」


 問題です。

 人……いや生き物は、その命が尽きてしまうと、一体どこへいくのでしょう?


 今回は答えを言いましょう。


 望む望まざるに関わらず、最終的にはきっとまたこの世界に戻ってくるのです。


 僕は、そう信じています。


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