第3話 日常
風が傍を吹き抜けていく。
何もかもを包み込んでくれるような暖かな風は、枝に残った残り少ない桃色の花弁を散らし、空へと舞い上げていく。
季節は新緑の季節に移り変わろうとしているのでしょう。
確かに桃色の花の咲き乱れる様は、風情があって赴き深いと思います。しかし僕にとってはこの季節が一番好きなのです。
何も飾り気のない、ただその生を大いに主張するその緑が、僕はたまらなく愛おしいのです。
ポカポカと降り注ぐ陽の光を楽しもうかなと、一人公園のベンチに座り込んだりしちゃいます。
どうも、道幸 錬です。数日前まで死んでたんですけど、どうにか現世に戻ってくる事が出来ました。
どうやら僕が死んでしまった原因というのが、ある少女を庇って学校の階段から落ちてしまったからのようです。
幸いな事に身体には大きな外傷がなかったという事で、あれから数日、両親や友人たちに色々と心配されましたが、今日から普通の生活に戻る事が出来るようになりました。
まぁ、以前とは変わってしまった事も多分にあるのですが、それは追々語る事にしましょう。
今語ってしまうには、まだ太陽が高い位置にありすぎると思いますし、あまり巻き込みたくない人も傍にいますので。
「錬ちゃんー、一体何ぼうっとしてるの?」
キラキラとした陽の光を楽しんでいると、急に差し込まれる無粋な……もとい鈴のような軽やかな少女の声。
陽の光を受ける色素の薄い髪はサラサラと風に靡き、見慣れているはずの僕ですらたまにドキリとさせられます。
彼女はこちらに駆け寄り、ギュッと腕を掴んできます。一応こちらはケガ人なんですけど遠慮はないみたいです。
「ぼうっとしているって……結構傷付くんだけど?」
わざとらしく頬を膨らまして、彼女の方に向き直ります。
僕の視線に気付いたのだろうか。腕を掴む力を少しだけ緩めながら、彼女は慌てながらこう返してきた。
「もしかして怒っちゃった? それとも痛かった?」
「いやいや大きな怪我した訳じゃないし、痛くはないよ。怒ったっていうのは……まぁ冗談なので気にしないでください」
顔を真っ赤にしながら謝罪をする彼女に、少し申し訳なくなってしまい、冗談だよと笑い飛ばしてみる。
本当はただ気恥ずかしかっただけなのです。
彼女、僕の幼なじみなのですが、一言でいうとかなり可愛らしい容姿をしているのです。
しかも同性からも憧れられるほどにスタイル抜群で、性格も悪くはない。
まぁ正直に言いましょう。胸が当たって恥ずかしかったのです。僕も男の子な訳なので。
「……でも良かったよ、錬ちゃんが大きな怪我もなくて。凄く心配したんだからね」
彼女はそう言いながら、再び僕の腕にしがみつきます。
だから恥ずかしいって言ってるんでしょうが! と普段なら頭の一つでも小突いてやる所なのですが、心配をかけてしまったという引け目もある以上、彼女にキツくあたる事も出来ません。
そうそう。彼女の事を紹介していませんでしたね。
彼女の名前は小野 美空(おの みそら)。僕の幼なじみです。
元々は僕たちの両親が仲良くいた事もあって、小さな頃からそれこそ兄妹のように生活してきました。
ちなみに彼女こそ、僕が庇った女の子である。
そのお陰であんなにも貴重な経験が出来たのだと思うと、複雑な気分にはなるのですが。
「そうだね。まさか入院してしまうなんて思ってなかったしね。みんなにも迷惑かけちゃったみたいだし」
「そうだよ。錬ちゃんのお父さんにお母さんもすっごく心配してたんだから。あんなに泣いちゃってる二人、初めて見たしね」
確かに、僕が目を覚ました時の両親の反応は、子どもである僕から考えてもビックリするほどのものでした。
あんなに泣いてる両親、本当に心臓に悪いです。
やっぱり自分が長生きする事が最大の親孝行になるのだろうと、改めて実感しました。
「それにね……」
「ん、どうしたの?」
俯き、口籠るソラちゃん。
こうゆう落ちこんだ時の仕草も様になるのだから、ドキリとさせられてしまう。
それに僕だって、彼女が何を言いたいかはだいたい理解する事は出来る。ただあえて彼女の言葉を待とうとしているのは、彼女に変な引け目を感じてほしくないと言う所もあるのだ。
「私のせいで錬ちゃんがあんな風になっちゃったんだから……本当に、本当にゴメンね」
「ソラちゃんのせいじゃないよ」
「でも、私が……!」
僕の言葉に顔を真っ赤にしながら否定してくるソラちゃん。
悲鳴にも似たその声がひどく耳に残ってしまう。彼女の抱える悲しみがこちらにも伝わってくるようです。
やっぱり僕の怪我の事を気にしていたのでしょう。
「ソラちゃんが無事だったんだから。僕はそれだけで満足です」
そう。いくらその要因がソラちゃんだったとしても、彼女が無事であったという事実があれば僕はそれで良いのだ。
ニコリと、自分でも分かるほどに笑顔を作りながら、今にも泣き出しそうになっている彼女の頬に優しく触れます。
子どもの頃からの、彼女が泣き出しそうになった時に必ずやってあげていた事。
この歳になると、かなり恥ずかしくも感じられるのですが、それは幼なじみの特権という事で許してください。
優しく頬を撫でて上げて笑顔を促しますが、未だに泣き顔のままのソラちゃん。燦々と降り注ぐ陽の光を受けて、涙ぐんだ瞳がやけに扇情的に見えてしまいます。
「でも私が階段で脚を踏み外さなければ!」
「大丈夫だよ。僕死ななかったじゃない? だから大丈夫」
大事な事なので二回言います。
そうしてようやく彼女の表情に笑顔は戻ってきました。
うん、やはり女の子は笑顔が一番可愛いではないですか。
別にすけこましになど一切なるつもりはないのですが、幼なじみと言う関係上、ソラちゃんにはいつも笑っておいてもらいたいと思うのは、我が儘ではないはずです。
ただ本当は死んでたんですけどね。というのは言わぬが花なのでしょう。
全く稀有な巡り合わせだなと頭を巡らしていると、笑顔になっていたはずのソラちゃんの顔が赤らんでいた。
いや、漫画じゃないんだから耳まで真っ赤になるって!
「ずるい……ずるいよー」
うん、可愛い。
素直にそう思えるのは、僕が彼女をそうゆう風に認識しているからだ。
そして何が言いたいのかを、既に知っているからでしょう。
「いや、ずるいって言われてもなぁ」
そう。だからこそ彼女の言葉をはぐらかそうとは思えないのである。
木漏れ日も爽やかに彼女を照らし、その可憐さを引き立てています。何故だろう。世の中の全部が彼女に味方しているような気がするのです。
後は運命に導かれるままなのか。
「そんなのだから、私……錬ちゃんの事……!」
だからそんな風に顔を赤らめないでよ。こっちまで恥ずかしくなってくるじゃないか。
早鐘を打つ鼓動を必死に抑えながら、ソラちゃんの言葉を待つ。
そんな健全な男子なら誰でも憧れるこのシーンですが、勿論この次にはお約束のシーンが控えている訳です。
「おーおーおー! イチャイチャしやがってよ。家でやれや家で!」
こういった感じで、邪魔が入る訳です。
そう。これも所謂テンプレと言うヤツなのでしょうか。
いきなり僕たちに声をかけてきたのは、絵に描いたような前時代的な不良でした。
かなりの高身長で体格が良く、真っ黒の髪はヘアスプレーかなにかでガチガチに固められた綺麗なリーゼントに仕上げられている。
ただこのお人、不良とは言っても煙草など、法に抵触するような類いは所持してはいらっしゃらいません。
普段から健康にかなりの気を使っているらしく、早朝のランニングと朝昼晩三食欠かさずにとっていらっしゃるのだとか。
「え〜っと、これはね……」
先程のソラちゃんと同様に僕も口籠っていると、いきなり僕たち三人の間に入ってくるもう一つの影。
その影は片手で不良を押しのけながら僕の前に立ち、不敵な笑顔を浮かべます。
「人の目も在るこんな場所で、イチャイチャするのは破廉恥だと思わないのかな。いや、僕はそう思うけどね」
うん。この人不良よりも質が悪い。
外見的な特徴は特にはないのですが身長はあまり高くなく、身体の線はかなり細い。
それだけならば体格に恵まれていない男子なのですが、問題なのは彼の目なのである。
それは凶暴の一言に尽きるのである。知らない人が見れば、反抗的で気に喰わないヤツだと思われるだろう。
しかしそれは彼の信念の強さから来ているものだという事を、僕は彼と深く付き合っていく中で知っていきました。
そう。既にお気付きの方もいらっしゃるでしょう。この二人、僕とソラちゃんの共通の友人なのです。
不良の方は藤間 逸(とうま すぐる)。小さな方は陸奥 孝平(むつ こうへい)。
端から見れば、友人だとはあまり思われないようなのですが、どうにか仲良くやれてはいます。基本的に喧嘩は尽きませんが。
二人の突然の登場に頭が真っ白になってしまったのでしょう。
慌てふためきながら状況を整理しようとするソラちゃん。
「ち、違うの……これは、その……」
必死に言い訳をしようとしているその姿も、異性から見れば凄く可愛らしく思うものなのでしょう。
実際、幼なじみの僕も、彼女の仕草一つ一つにドキドキしてしまうのですから、他の人が見れば当然目を惹かれるでしょう。
おっと、完全に話が逸れてしまったようです。
「ソラちゃん、少し落ち着こうね」
ポンポンとソラちゃんの肩を叩いて、二人の顔を交互に見ます。すると二人はニヤリと不敵な笑みを返してくる。
なるほど。この笑顔は間違いなく、タイミングを見計らって姿を見せましたよと語っているのでしょう。
この二人、僕なんかよりソラちゃんに悪い事をしているって思わないのでしょうか。
少し哀れになってしまいソラちゃんに視線を送りますが、未だに顔を真っ赤にしたままフリーズ状態になっていらっしゃるようです。
「なんだよ、会って早々憎まれ口叩かれる僕の身にもなってよ」
久しぶりの感覚だなと、内心少し嬉しく思いながら二人に言葉を投げかけます。
この後に続く、いつも通りの返しが来る事を期待しながら。
「うるせぇ、幸せもんが。大した怪我じゃなかったんだろ」
「もういつもの頼りない笑顔をしてるしね」
「僕どんな風に思われてるんですか……結構傷付くんですけど」
ハハハと笑みを作り、期待通りの言葉に胸を撫で下ろします。ようやく日常生活に戻ってくる事が出来た事に安堵を覚えます。
僕が考えている事を少しは理解してくれたのか、悪い笑顔を浮かべる二人。
いや、何か少し怖いですけど。
「オメーなんて叩かれてなんぼだろが」
「それはトーマスに同意するね」
ピクリ。
トーマスの表情に苛立ちの色が付け加えられます。あぁ、どうやら彼の触れてはいけない所に触れてししまったようです。
僕の方を向いていたはずのトーマスがズイとコウヘイに近付き、顔をグッと近付けながら彼を上から睨みつけます。
ホントね、こうなってしまうと中々この人たち止められないんです。
「おい、あだ名で呼ぶなや。恥ずかしいだろ」
「その割にはいつも嬉々としているけどね」
「……やっぱオメー、ムカつくな」
「ほぉ、今日は気が合うね。僕も君のことはムカつくヤツだと思っていたんだ」
「わーった。ここで決着つけるわ。ぶちのめしてやる」
「本当に、君は暴力に訴えるしか出来ないとはね。全く笑ってしまうよ」
「ダメだ……ぶち切れちまったぜ!」
言葉足らずで、そんなに考え込まずに言葉を発してしまうトーマス。さながら暴走機関車かよとツッコミたくなったのは内緒にしておこうと思います。
あ、ちなみにこの動き出したら止まらない所が、あだ名に由来している訳では決してありません。単純に名前を短くしたってだけなので、気にしないでください。
そして人に挑発するような事を言ってしまうコウヘイ。
本当に、この二人は全くソリが合わない。
「いやいや、こんな道のど真ん中で止めて! 君らの方が迷惑だって!」
まぁそこで上手な具合に落としどころを決めてあげるのが、僕の仕事な訳です。
睨み合う二人の間に割って入り、ポンと肩を叩きながら彼らに中止を訴えます。
冗談とはいえ、人がいがみ合うと光景は好きにはなれません。
「あー……」
「ふん。友人の頼みだ。今日は止めにしておこう」
喧嘩したりないのでしょう。二人は物足りなさそう表情を浮かべ、そう言ってくれます。
僕の言葉なんかで止まってくれるんです。
「ホント、実は二人って仲良いよね」
「それはねーな!」
「それはないね!」
ほら。これだけ息ぴったりに同じ台詞を言えるんだから、やっぱり仲が良い。
このやり取りをして、ようやく僕も戻ってきた。生き返る事が出来たんだなと嬉しくなってしまいました。
「ははは、ホント、久しぶりだね。トーマス、コウヘイ!」
心の底からの笑みを二人に向けます。
丁度陽の位置も一番高い場所から傾き始めた頃でしょうか。肌に感じる風が、少し冷たく感じます。
「ま、無事で何よりって事だな」
「今後は階段から落ちるような間抜けをしてくれるなよ。本当に君のご両親も美空くんも大変だったんだからね」
コウヘイがそう口にすると、柔らかくて少し重い感触が背中に押し当てられています。
いやいや、誰がしてるは分かるんだけどさ、今の状況を考えましょうよ。
後ろを振り向くと、先程までフリーズ状態だったソラちゃんが僕の背中にしがみつきながら、コウヘイに向かって頬を膨らませていました。
「こ、コウヘイくん! 今そんな事言わなくたって良いでしょ!」
先程とは違う意味で顔を真っ赤にしているソラちゃん。
普段は怒る事のないソラちゃんの表情を目にし、尻込みしたのか。普段なら男女関係なく言い返すはずのコウヘイが視線を下に落とし、少し考え込んだ後こう呟きました。
「おっと失敬。ついつい口が……」
バツの悪そうな表情を浮かべるコウヘイ。
さすがに今回は反省する所があったのかなと考えていると、後ろでソラちゃんとコウヘイのやり取りを聞いていたトーマスが答えを告げてくれました。
「いーじゃねぇか。コウヘイだってアワアワしてたんだしよ。オレだってビビっちまったぜ」
そう言いながら、クルリと顔を背けるトーマス。
自分でも柄でもない台詞を口にしてしまったと思ったんでしょう。背ける前に一瞬見えた彼の表情は若干赤くなっていました。
コウヘイも同様で、鼻の頭を掻きながら居心地の悪そうにしています。
「……ありがとう。ゴメンな、心配かけて」
本当に、僕の幼なじみも友人も素直じゃないヤツばかりである。
そんな彼らの不器用な優しさに嬉しくなってしまい、思わず涙腺が緩んでしまいます。
それを必死に堪えていると、僕の背中に抱きついていたソラちゃんがスッと飛び降り、手を握ってきました。
「別に良いんだよ、それより早く帰ろ」
彼女が握る手の温かさが凄く嬉しくて、彼女の小さな掌をギュッと握り返して、帰路につこうと歩み始めます。
僕たちの様子を見て、トーマスとコウヘイの二人も先程までの居心地の悪さは解消されたのでしょう。いつもの意地悪な表情を浮かべてこう呟き、僕らの後に続きます。
「おーじゃぁ快気見舞いって事で遊びにいくぞ、コウヘイも来いや」
「言われるまでもなく、そのつもりだったからね」
「よーし、じゃぁ速く行こうか。何か疲れちゃったんだけど」
うん。ソラちゃんと良い雰囲気だった時も、トーマスとコウヘイが喧嘩をしている最中も、視界の隅にチラチラと『それ』が映り込んで、ずっと辟易していたのだ。
「やっぱり、見えるんだよね……」
あの世から帰って来てから、僕の変わった部分というのがこれだ。
本来であれば夢でも見ているのかな。疲れているのかなと決め付けることも出来るのですが、残念ながら僕はあの世での経験を余す事なく記憶しています。
そのせいもあって、目の前で繰り広げられている光景を、僕は妄想とは断じる事が出来なかったのです。
「あ、どうしたんだよ」
「やはり疲れてるのか?」
「いや、大した事じゃないよ。うん……大した事じゃないさ」
そう。きっと大した事ではない。
きっと何かしらの理由があって、今のこの現状になっているのでしょう。
赤い髪の男性との会話の最後に、『緊急措置だよ』と言うワードが飛び出していたように、僕の中の何かしらがズレてしまっているのでしょう。
それにこんな事、普通に日常生活を送る上では些末な事でしかないのです。僕はそう自分に言い聞かせながら、優しく手を握ってくれるソラちゃんの方を見つめます。
今僕の中にある感情は、本当にこの子が無事で良かったという事だけなのですから。
その後、他愛もない会話をしながらゆっくりと歩を進めました。
僕が入院してからの学校の変化に、トーマスの武勇伝。やはり短い道程では話し尽くせないなと笑い合っているとき、ソラちゃんが急に声を上げたのです。
「そうそう。今日は錬ちゃんのために、お料理作っておいたんだよー」
ジャリと音をたてながら、後ろから着いてきていたはずの二人がその歩みを止めてしまいます。
「……あ? 今何つった?」
「ぼ、僕たちの聞き間違いじゃないかな?」
思いの外、顔が青くなっているようにも見て取れるのですが、暖かい日差しのせいでハッキリそうと判断する事は出来ません。
ただ確実に口数は少なくなっていました。
こんなに可愛い子の手料理。
それだけで普通の男子だったら喜ぶでしょう。
それが『普通の料理だったら』の場合は。
「え? 錬ちゃんのためにご飯……」
「あ〜やっぱり病み上がりの人間に負担かけんのは失礼だわな。やっぱり帰んべ、コウヘイ」
「そうだね、つくづく今日は君と意見が合う」
間髪入れずにトーマスの言葉に同意するコウヘイ。
本当に馬が合う時はばっちりだなと少し感心しながら、僕の中の悪戯心に火がつきました。
「え、何だよ。折角ソラちゃんがなんか作ってくれたっていうのに」
「そうだよー、結構頑張ったんだよ?」
ソラちゃんの少し涙目になりながらのその言葉に、思わずすぐに否定の言葉を口に出来ないトーマスとコウヘイ。
この二人もなんだかんだでソラちゃんの事を大事な友人だと思っているんでしょう。簡単に彼女を悲しませる事はしないのです。
でもさすがにこれ以上二人に意地悪をしてしまうのも良心の呵責にかられてしまうので、助け舟を出して上げましょう。
「ソラちゃんもそう言ってるけど……どうする?」
ソラちゃんの手を少し引き自分の方に引き寄せながら、二人に向かってアイコンタクトを送ります。
二人もそれに気が付いたのでしょう。一瞬不機嫌な表情を浮かべましたが、すぐにソラちゃんに向き直り笑顔を作ります。
「いや、きょ、今日は二人でゆっくりしとけや」
「うむ、僕たちも存外に思慮が足りなかった。それではまた学校でね」
「そーゆうこった。じゃあな」
手を振りながら、僕らが今まで歩いてきた道をまた戻っていく二人。
やはり後ろ姿だけ見ると友達とは思えないなと苦笑しながら、僕も彼らに言葉を返します。
「うん、またね」
「ばいばーい」
その声に、こちらを向かずに手を振る二人。
やっぱりソラちゃんの誘いを断ってしまった事に、若干の引け目を感じているのでしょう。
「もー二人ともひどいよね。折角頑張って作ったのに……」
自分の料理が原因だって事に気付いていないソラちゃんも悪いのですが……まぁそれは追々僕が指摘していけば良いだけの話です。
そうそう。余談ですが、ソラちゃんの料理は味付けがハッキリし過ぎているのです。食べる人を選ぶというか、程よい味付けをする事が出来ないと言うか……色々と難儀な状態なのである。
「まぁなかなか個性的な味付けだからしょうがないんじゃないのかな。それよりも早く帰ろうよ」
僕は急いでこの場から立ち去ろうと、彼女の手を強く引きます。
しかしどうやら少し力を入れ過ぎたのでしょうか、少し彼女の表情が歪んでしまいます。
「ご、ゴメン! 痛くなかった?」
「だ、大丈夫だよ。でも錬ちゃん、今日は早く帰りたがってるけど、どうかしたの?」
咄嗟に手を離し、彼女の手に腫れがないかを確かめながら謝罪すると、僕が普段通りでない事に気が付いたのでしょう。ソラちゃんは心配そうに僕の顔を覗き込んできます。
「いや……別に大した事ないんだけどさ」
大した事ではない。
「おーい、見えてんでしょ? 見えてんでしょー!」
ただ見えているだけだ。薄く、透けて見える……おそらく死んでしまった、元人間が。
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