第7話 閑話休題 あの世にて


 場所はあの世の、めぐり様の屋敷の一室。

 お話は瑠璃さんと初めて会った夜、再びあの世へと行った日まで遡ります。


「——で、貴方に頼みたい仕事なのだけれど」

 泣きそうに……いや既に泣いてしまっていた彼女をどうにか落ち着かせ、話を聞ける状態になりました。

「えぇ、もう引き受けちゃったんで何なりと仰ってください」

 そう。僕も男。一度言ったからには最後までやり抜く覚悟くらいはある。

 胸を叩きながら宣誓じみた言葉を口にすると、目の前にいためぐり様は何故か顔を赤らめてしまう。

 その意味が分からず小首を傾げて言葉を待つと、彼女はゆっくりと話を進め始めた。

「先に言っておかないといけないのだけれど、貴方理解しているとは思うけど、今の現世は人で溢れ返っているの」

 それは考えなくても分かる。

 生活の水準が上がり人の寿命が延びたため、今や世界には七十億を超える人が営みを送っているのです。

 しかしあの世の人がそんな事を言うという事は……。

「……まさか、人の数を減らしてこいってことじゃないですよね?」

「そんなバカな事言うはずがないでしょ。それに我らにそんな権利などありはしないの」

「でも罪を犯した魂に罰は与えてる……」

「それは浄化のためよ。現世は悪意と誘惑に満ちている。どんなに清らかな魂をもっていたとしても、それから穢れから逃れる事は出来ようはずもないの」

「そうか……何か理解は出来ます」

「あの世、そして地獄はそれらを浄化する場所なの。厳しい仕打ちもするけれど、その魂が生前に犯した事に対する報いだから、それは受けて然るべきなの」

「……」

 めぐり様の語るその言葉を、僕は簡単に納得する事が出来た。

 あの世……地獄という場所を『罰を受ける場所』と捉えるのではなく、『穢れを落とす場所』とするのは、今までの僕では考えもしなかった。

 それを違和感なく受け入れる事が出来るのは、彼女のその言葉に嘘偽りがないという証拠なのでしょう。

「それにね、我らの仕事はあくまで『堕ちて来た者の管理』なの」

 ふと気になる言葉が耳につく。

「それって……?」

「人を気まぐれに殺したり救ったりするのは神、人を堕落させる事を至福の喜びとしているのは悪魔。我らの仕事は……ね?」

 その言葉だけには違和感を覚えた。

 神様、悪魔、そして十王を筆頭とするあの世の住人。あの世や現世がそれだけで構成されているのだろうか。

 めぐり様の言葉には、何か欠落した部分があるような感覚があった。

「……」

「で、貴方に頼みたい仕事だけど……まぁ所謂人員不足の補填をしてほしいのよ」

「人員不足の補填、ですか?」

「秦広王の宮殿までの道を歩いた貴方なら分かると思うのだけれど……」

「えぇあの道はかなり長かったです。それに待ってる人もかなり多かったし」

 そう。僕の記憶にあるのは途中からだけど、秦広王の宮殿までの道はあまりに長かった。

 しかしそれをもって余りあるほどに、秦広王との面談を待つ魂は多かった。

 いや、多すぎたのだ。もう秦広王一人では回しきれないくらいの人数じゃないのかと思えるほどだった。

「そう、そこなの!」

「いやどこ!」

 ビクリとめぐり様が身体を震わせる。ごめんなさい、もう癖なんです。ツッコミ入れるの。

「じ……人口爆発によって、多くの人が、げ、現世で、い……生きているわ」

「それに伴って、死者が増加してしまったって事ですよね」

「その通り。死者が増加してしまった事に文句など言っていられない。十王もほぼ休みなくお仕事なさってるわ。特に秦広王なんてあんなに疲れ果てて……」

「いや、秦広王弄り過ぎじゃないですか。結構元気でしたけど!」

「でもあの人、かなり疲弊してるのよ」

「そりゃ総ての亡者を判決しているんですから、しんどいでしょうね」

「そうね。いずれにしても無理を強いていない部署はないの」

 詰まる所、みんなかなり無理をしているという事なのでしょう。

 あの世も世知辛いんだなと同情を禁じ得ない。

「まぁそれは理解出来ますけど。じゃぁ十王の役目を細分化して、誰かに委任するとか?」

「それは出来ないの。十王の役割は重要なモノよ。それを今更新たな者に任せる事など出来ないわ。どのように選出するのかも問題ではあるし、何を任せるのかも重要事項に上げられるわ。そんな悠長な時間、我らには与えられていないの」


 なるほど。彼女のその言葉は素直に頷ける。

 僕たちの歴史にも残るくらいに、十王のお仕事は責任あるものなのでしょう。

 加えて、今更そのシステムを変更するには亡者の数が膨大になり過ぎている現状で、悠長に会議やら何やらをする時間も捻出出来ないと言う事なのだろう。


 しかし一つの疑問が僕の頭を過った。

「でもめぐり様って次代の閻魔さまなんですよね?」

「我の場合はいつになるかはわからないけれど、お爺さまの職を引き継ぐ事になっているの。その為にもう何万年も学んでいるわ」

 あ、やっぱり外見通りの年齢じゃないんだ。

 分かってはいたが、実際にそう明言をもらってしまうと、少し複雑な気持ちになる。僕の表情の変化に気付いたのか、一瞬怪訝な表情を浮かべるめぐり様。

 しかしそんな事は御構い無しに、彼女は話を続けます。

「既存の部署に就く事と新設の部署を作る事。どちらが難しいかは考えずとも分かるわよね?」

「そうですね、新設の部署は運営も難しいと思いますし……」

「ならばそれよりも効果的な取り組みをしていくしかないの」

「……えーっと、で僕の仕事というのは?」

 しっかりとワーキングチェアに腰掛け、めぐり様は大きな声でこう言い放ちました。

「そうね。貴方の仕事は『見る』事よ!」

 うん。長い話でしたが、やっぱり訳分かりませんでした。


「『見る』ねぇ」


 めぐり様との会話を反芻しながら、溜め息を漏らします。

 結局あの後まだまだ長い事話をしたのですが、

「そうです、ご主人サマは私を使って、現世の彷徨える魂を見て、報告書を纏めるのです」

 という瑠璃さんの一言で総てが纏まってしまいました。

 しかしこの仕事って、そもそも繋がりが希薄になった僕の魂と身体の結びつきを強くするための仕事だと聞いていたのです。

「それが何で魂を強固なモノにするんだろうか……そんな事ないと思うんだけどなぁ」

 そう。他の魂を見る事がそれに繋がるとは思えない。

 まだ何か裏があるようにすら、僕は感じているのだ。

「まぁまぁ。主様の何かお考えがあってだと思いますし」

「引き受けてしまったんだから、勿論最後までやりきるけどね」

「私はご主人サマに使っていただけるのであれば、何も言いませーん」

「……で?」

「あぁん、その冷たい瞳。とっても興奮しちゃいます!」

 しかし物事は進んでみないと、善し悪しは判断出来ないのだ。

 そしてこの変態さんとの関係も少しはマシになるだろうと思いつつ、保健室のベッドから飛び退き、弾みをつけて僕は言います。

「ん、じゃぁ行きますか」

 とりあえずご依頼通り、『見る』ことから始めましょうか。


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