黒死神とかニラ

 全ての事が、デジャヴを引き起こした。

 アコちゃんの悲鳴、周囲の一歩離れたどよめき、青ざめ戸惑う加害者、それら全てが。

 僕が死んだ時と同じ過ぎて、倒れたのは自分なんじゃないか、もしかしたら、あの時に時間が巻き戻ったんじゃないのか、なんて考えた。

 でも、地面にぐったりと倒れているのは紛れもなく天音君だった。

 力を使いたくても使えない様子のガジュが、呆然として天音君にしがみついている姿が見えた。その頼りない姿は、天音君をこの場に留めようとしているみたいだった。

 アコちゃんはほとんどパニックに陥って、悲鳴と天音君の名前を叫び声で繰り返した。

 こんなにアコちゃんが必死で名前を呼んでいるのに、天音君はピクリともしない。

 僕は、自分が死んだ時もこうだったのか、と胸を痛める暇がなかった。

 何故なら、倒れた天音君の頭の辺りに見知らぬ人物が現れたからだ。

 ソイツは全身真っ黒の男で大きな鎌を手にしていたので、パッと見で死神だと分かった。

 可愛らしい楓ちゃんとは全然違う、ベテラン死神オーラを放っている。

 黒死神は天音君をジッと見下ろしていた。ガジュが震えながらも天音君の胸の上に陣取って、黒死神を見上げている。

 そんな緊迫した空気の中、僕の側に楓ちゃんがふわりと現れた。


「やはり駄目じゃったなぁ」


 残念そうにそう言って黒死神へ近づくと、手を合わせて礼をした。

 黒死神は楓ちゃんの方を見て頷き、鎌をかまえた。


「げげぇ!? ちょっと待ってください!!」


 慌てて僕が声を掛けると、黒死神がチラリとこちらを見た。

 こちらに向けられた顔はゾッとするほど冷たい目の、美青年だった。

 黒死神は、僕に鎌を向けて楓ちゃんに「アイツ?」と言った。

 楓ちゃんは嫌そうに頷いた。

 なん、なに? その頷き方……。

 しかも、黒死神の声がちょっと震えている。


「ガジュマルに? なった男? アイツ? キジムナー産んで?」

「……そうですじゃ」

「ブフッ……初任務でそら大変だったのう、ウケる」 

「全然面白ぅないですじゃ」

「今度飲み会で皆に申し候えしゃべって

「絶対嫌ですじゃ!!」


 黒死神は笑いを堪えながら僕をチラチラ見て、なんだか楽しそうだ。

 楓ちゃんの態度からして、先輩か上司だろうか。

 こんな状況で飲み会の誘いとか心が終わってるな、パワハラだぞ。

 

「おぉいっ! 僕を酒の肴にしようとするな!! その鎌を下ろせ!」

「コレ、上位の死神になんという口をきくのじゃ。燃やすぞ、メッ!!」

「ガジュマルに話しかけられたで候……めちゃウケるで候」


 何が面白いのかサッパリわからんが、黒死神は僕がツボらしくて目尻に涙まで浮かべて笑いを堪えていた。ムカつく事に、「ウケる」って言っちゃってるけど、顔は笑わないように頑張っているのだった。

 

「鎌を下ろせと言うがのぅ、ガジュマル太、この鎌を下ろすわけにはいかんで候」

「そこをなんとか!! そこで泣き喚いている女の子を可哀相に思わないのか!?」

「ええ、こわ……普通、死にそうな方に同情しないで候?」

「頭がちょっとアレですのじゃ」


 楓ちゃんは冷たくそう言うと、パシンと音を立てて扇子を開いた。

 

「さて、馬鹿は放っておいて助太刀いたしますじゃ」

「うむ。この少年は魂の清らかさに加えて霊能力もあるからのぅ。大物が狙ってくるに違いないで候」


 僕は二人が何を言っているのかサッパリ分からず、とにかく鎌は止めてあげての気持ちでいっぱいだった。

 死神の鎌で、魂と肉体を切り離されてしまったら、本当に天音君は……。

 僕が為す術も無く見守っていると、四方から天音君の周りへ黒い靄の様なものが集まってきた。

 その黒い靄は大小様々な形をしていて、何やら恐ろしげな声を上げている。


――――レイリョクアル、ウマソウ。

――――クッタラ、ワレモキヨラカニ……。

――――ホシイ。タマシイ、ホシイ……クウ……。


「出おったな。この魂は次に神格を得る魂である! ソナタ等の身に余るもの故、諦め候え!!」


 天音君にズルズルと不気味に這い寄って来ていた黒い靄に向かって、黒死神が声を上げた。

 その声に、幾つかの黒靄が恐れをなした様子で後退するか、ボウッと消えていったが、残っているものもいた。残ったどれもが、特に嫌な感じのものばかりだった。なんかこう、言うことを聞いて消えていった黒靄は『特売卵お一人様1パック限り』をちゃんと守れる感じで、残った黒靄は守れない感じだ。

 絶対レジで引っかかるのに、駄目元で2パック持ってくるヤツ。

 注意書き読まずにめっちゃカゴに入れて、レジで引っかかって文句言うヤツ。

 胎児も人数に入れろとレジを困らせて混雑させるヤツ。

 何度も会計に並ぶヤツ。パワーでごねようとするヤツ。

 何言ってるかわからんかもしれんが、なんかそういう奴らがフィルターを抜けてやって来たみたいな感じだ。

 その中で特に厄介そうな――レジ係にキレて卵割りそうなヤツが黒死神の牽制も目に入らない様子で天音君に飛びかかった。

 それを見て触発された他の黒靄も、天音君に飛びかかる。

 天音君にくっついていたガジュが「アキサミヨー!」と叫んでピョンピョンしていたが、やっぱりまだ力は使えないみたいだ。

 天音君、死ぬ上に変なやつに魂を喰われちゃうのか!?

 そんなの散々じゃないか!

 と、その刹那、黒死神が鎌を鋭く一振りし、黒靄を一刀両断にした。

 

「おお!?」


 驚いていると、今度は扇子を振るった楓ちゃんが、比較的小さい黒靄をパチンパシンと叩いてやっつけている。楓ちゃんのあの相撲取りの扇子、武器だったんだな。

 

「ホホホ、死神の鎌はのぅ、これこのように肉体から出た魂を悪鬼から守る為のものなのじゃ!」


 バッシンバッシン黒靄――悪鬼をぶちのめしながら、楓ちゃんが意外な事を教えてくれた。


「へー! じゃあ、僕の時も楓ちゃんがそうして守ってくれたんですか!?」


 格好いいじゃないか、楓ちゃん。守ってくれていたなんて、言わないから知らなかったぞ!!

 そうか、今までもラッキースケベ防止とかなんだかんだ言いながら、本当は僕を悪鬼から……


「イヤ、ソナタには悪鬼、一匹も興味示さんかったぞよ」

「え……、何でですか? 善人だからですか?」

「有り体に言うとじゃの、ショボいからじゃ。天音が高級料亭の会席料理だとするじゃろ? するとソナタは」

「あーハイハイ、ラーメンとかその辺なワケですね! でもラーメンは皆に愛されていますからね!!」


 楓ちゃんはマロ眉をしょもんとさせて、呆れたという風に僕を見た。


「いや、なんでじゃ。なんで調理済みだと思った?」

「だって料理で例えるから……。未調理なんですか?」

「ん、そなたの魂はアレじゃ。悪鬼から見たらニラみたいな感じじゃな」

「なんだ、食えないことはないじゃないですか! 炒めると美味いし」

「……前向きじゃの。まぁ、生ニラみたいな魂を食したい悪鬼はそうおらんじゃわ」


 そういうワケで、僕の魂は悪鬼とかに狙われなかったらしい。

 さっき黒死神から「初任務」とか言われていたし、僕は新米死神に丁度良い適材だったんだろう。


「ほんに、ソナタの担当になって最悪じゃ。サクッと初任務のつもりが、現世に留まりよるのじゃからのぅ。ワシはその間、れべるあっぷできんのじゃぞ、死ね」

「死ねとか言ったらいけないんですよ、地獄に落ちますよ。それより、天音君はそうとう凄い魂って事ですね?」


 次は神格を得るとか言ってたから、なんか凄そうだ。悪鬼もウジャウジャ来て狙うわけだな。


「そうじゃ。じゃから上級の死神が担当にやって来たのじゃ」


 そうこう言っている間にも、なんか凄いデカい悪鬼とかまでやって来て、黒死神はかなり華麗な死闘を行っていた。巨大な鎌をブンブン振り回し、悪鬼は悪鬼で黒死神に襲いかかってなんとか天音君をモノにしようとしていた。

 もしも、今泣きじゃくっているアコちゃんや倒れた天音君を遠巻きに見ている野次馬達がこれを見れたら、かなりビックリするんじゃないかな。 


「めっちゃ強いわー。あ、パトカーと救急車来た」


 土手にサイレンを響かせて、誰かが呼んでくれた警察と救急隊員が駆けつけてくれた。

 天音君は救急隊員に担架で担がれて行き、アコちゃんも泣きながら一緒に乗り込んだ。

 黒死神も慌ただしい車内へ乗り込み、車内で待ち構えていた悪鬼を切り裂いて活躍していた。まだまだ悪鬼に狙われているようだ。


「ワシもお供つかまつるのじゃ!」 


 楓ちゃんもヒラリと救急車に乗り込んでいく。


「え、え? ちょ、待って……!」


 慌てる僕の脇を、赤い毛玉がぴょーんと跳躍して横切った。


――――アマネ、マーカイメンセーガ? ワンモ!


「えー!! ガジュも行くのか!?」


――――シワーネービラン!


 何言ってんだよ、全然分からないよ。

 

 ピーポーパーポーと、サイレンの音と赤い光が遠ざかっていく。

 僕は、一人で動けない上に鉢が割れて横倒しのまま、呆然としていた。

 僕は一応、切り札的なアレなのに……。

 「ウケる」とか「生ニラ」とか言われて、河原に置き去りにされてしまったのだった。

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僕はガジュマルになった -えんたー・ざ・JK部屋ー 梨鳥 ふるり @sihohuuka

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