2.婚約発表会
その①
あれから数日が過ぎたある日、私はカイゼルと共に城の一室にいた。そこで明日おこなわれる婚約発表会の細かい打ち合わせと当日着るドレスを選び終えると、明日があるからと言ってすぐ家に帰ろうとした。しかしせっかく来たのだからとカイゼルが言い出し、そのまま城の中を案内されることになってしまったのだ。
(できればもう帰りたいんだけど……)
正直最初はそう思っていた。だけどゲーム上では一部しか見れなかった城の中を回るうちに、
そうしてしばらくカイゼルと
(あ、あれは……三人目の
※『ビクトル・フェルドラ』
前髪を後ろに
元々
性格は
しかしニーナの護衛役に任命され、彼女の
私は自分で書いたビクトルの説明文を思い出し
(まさか、ここで三人目に会うことになるとは……)
あまりに早い展開に
「カイゼル王子」
「……ビクトル、そのような険しい顔で一体どうしたのですか?」
「王子……
「……ああ、そう言えばそうでしたね。しかし今は明日の婚約発表会の事前打ち合わせがあるのでまだ行けない……」
「もうすでに打ち合わせは終わられていると
「うっ!」
「団長が額に青筋を立てながら
「そ、それは……だいぶ厳しい状況ですね」
「すぐに向かわれた方がよろしいかと思われますが?」
「た、確かに……セシリア、申し訳ありませんが城の案内はここまでにさせていただいてよろしいですか?」
「ええ、私は構いませんよ」
「できればもう少し
「……私が、ですか?」
「ええ、団長には私から伝えておきます」
「……わかりました」
ビクトルが
「いえいえ! 私、一人でも帰れますから!」
(というか一緒にいたくないんです! できればこれ以上関わる攻略対象者を増やしたくないんです!! いくら好きなゲームのキャラであっても!)
心の中で
結果、私はビクトルに家まで送ってもらうことが決定し、
「では、参りましょう」
「……はい、ビクトル、さん」
「セシリア様、私のことはビクトルと呼び捨てで構いません」
「では私のこともセシリアと……」
「それはできません。身分が違いすぎますので」
「私は気にしませんよ?」
「それでもできません。セシリア様、貴女は王太子の婚約者なのですよ? どうかご自覚ください」
「……はい」
(それにしても……改めて近くで見ると、大人なビクトルはカッコイイな! だって私、カイゼルの次にビクトルが好きだったんだよね。いつもは真面目な顔つきをしているけど時々見せてくれる
ゲームでのビクトルを思い出し内心ニヤニヤしつつ、馬車が待機している場所に向かいながらビクトルとの会話を少しではあるが楽しんでいた。すると廊下の向こうから慌ててこちらに
「ビクトル隊長!」
「……どうした?」
「た、大変なんです!」
(ビクトルってやっぱり背が高いな?。一九六センチだっけ。確か設定資料集に書いてあったよね。……しかも今は二十七歳のはずなのにもう隊長なんだ。ビクトルの実力って本当にすごいんだな~)
そんなことを考えながら、
「隊長! また例の二人が
「……またか。放っておけばそのうち収まるだろう」
「それが……今回はさらにひどくなって、とうとう
「なんだと!?」
「一応周りにいた俺達が必死に止めたんですが……全く聞き入れてもらえなくて。そのまま二人は
「……それはさすがにまずい。あの二人はああ見えて剣の
「ど、どうしましょう!?」
「私が行って止めるのが一番いいのだろうが……私は今、カイゼル王子のご命令で、このご
「でしたら俺が……」
「いや、私が直接受けた命だからな……」
ビクトルは困った表情をした。
「ですが隊長! 急がないと二人の決闘が始まってしまいます!」
「くっ!」
「……それでしたら、私がビクトルと一緒に闘技場に行くというのはどうです?」
「なっ! しかしあそこは貴女のようなご令嬢が行かれる場所ではありません! 最悪血を見るかもしれないのですよ!?」
「確かに血はあまり見たくないですが、私のせいで手遅れになってしまうくらいなら私も一緒に行きます。ビクトルがそのお二方を止めたあとで、家まで送っていただければ問題ないですし」
「ですが……」
「隊長! 本当に時間が!」
「っ! ……セシリア様、申し訳ありませんが少し私にお付き合いいただきます。そして……急ぎますので重ねてのご無礼をお許しください!」
「なっ!」
予想外の出来事に
ビクトルは私を抱えているのに全く走りにくそうな素振りも見せず、むしろものすごい速さで駆けていくビクトルに掴まっているのが
この闘技場は外から見ると円形状の建物になっており、その中は
私達はその観客席側からではなく、広場に直接通じる通路を通って大きく開けた場所に出た。すると広場の中心に、赤い軍服を着た二人の男性騎士が向かい合って立っていたのである。
一人は薄い色の
ビクトルはそんな二人の様子を見て小さく舌打ちすると、腕に抱いていた私を
「セシリア様を頼むぞ」
「はっ!」
一緒についてきた騎士にビクトルは指示を出し、私に一礼をしてから急いで二人のもとに駆けた。その
(ヤバイ!)
私はその二人の様子に息を呑み、このあと起こるであろう
だがビクトルは姿勢を低くしさらに走る速度を上げると、
(う、うぉぉぉぉぉ! カッコイイ!!)
まるでイベントスチルのようなビクトルの姿に、私は思わず目を見開いて興奮しながら見入ってしまった。
(ゲーム上でも戦っているスチルはあったけど、それとは比べ物にならないぐらいリアルはカッコイイよ!)
さすが本物の
「ビクトル隊長!?」
「どうしてここに!?」
「……お前達、決闘は騎士団の規則に反することを忘れたのか?」
「うっ、それは……」
「ですが隊長! こいつが悪いんですよ!」
「はぁ? なんだと! お前の方が悪いだろうが!」
「何を言っている! そもそもお前が私に
「それはお前が俺のことを
「お前がおかしなことを言うからだ!」
ビクトルの登場に最初身を縮めていた二人だったが、再び言い合いを始めビクトルに剣で止められている状態のまま睨み合った。
「……テオ、ダグラス、いい加減にしないか!」
「うわぁ!」
「うっ!!」
二人のいがみ合いに
「た、隊長……」
「そんなに剣を振るいたいのなら私が相手になってやろう!」
「い、いやそれは……それに決闘は隊長が駄目だとおっしゃったばかりでは?」
「テオ、
「え!?」
「有無は言わさん」
「うっ、はい……」
テオと呼ばれた薄い金髪の騎士はうなだれながら返事をした。次に少しずつ後退していたダグラスと呼ばれた濃い茶色の髪の騎士に視線を向け、
「ダグラス、お前もだ」
「……はい」
そうして二人はビクトルの前に並ばされると、ビクトルは持っていた鞘を投げ捨て片方の手で剣を構えた。
「さあ、かかってこい! ただし全力でだ!」
ビクトルが大声で言い放つが、二人は剣を構えたまま動こうとしない。そんな二人を見てビクトルは大きなため息をつくと、剣を
「お前達……規則を破った
「「え!?」」
ビクトルがニヤリと笑って言うと、二人は驚きに目を
「隊長、その言葉に二言はないですよね? 私、本気でやりますよ?」
「ああもちろんだ、テオ。本気でかかってこい」
「……一太刀でいいのなら俺にも可能性があるかも!」
「ふん、そう上手くいくと思うなよ、ダグラス」
二人の真剣な様子にビクトルはさらに口角を上げて笑うと剣を構え直した。そして二人もさきほどの恐る恐るといった構え方から一変し、
目の前で突然始まってしまった戦いに
「あ~あ、ああなった隊長はもう止まらないぞ」
「え?」
「ビクトル隊長は普段は冷静
騎士の言葉に再びビクトルを見ると、顔は笑っているのにその目は完全にヤバイ感じがした。
(……確かゲームでもニーナが
ゲーム画面を思い出し、私は呆れた表情を浮かべながら目の前で繰り広げられる特訓という名のしごきをただただ見るしかなかった。
「だけど
「何がですか?」
「ああなった隊長なら、もう数カ所はあの二人に軽い切り傷を負わせているはずなのに全くそんな様子がないんですよ。まあ足で
「そ、そうなのですか?」
不思議そうにしながら見ている騎士の言葉に、私は
(普段は一体どんなすごいしごきをしてるの!?)
全く想像できないと思いながら二人の剣を余裕でかわし、さらに相手の
数分後、明らかに二人の体力が限界まできているのが目に見えてわかってきた。するとビクトルはテオのお腹を思いっきり蹴ってその体を吹き飛ばし、続いてダグラスの横っ腹に柄を叩きつけてその場にうずくまらせた。
そして二人がその場から動かなくなったのを確認し、ようやくビクトルは剣を下ろしたのである。
「あ~あ、今回は長かったな……まあ
「え、ええ私は構いませんが……あの方達は
「ああ大丈夫ですよ。あれぐらいなら普段の訓練でもよくあることですし、一応俺達騎士ですので体は鍛えていますから。あれなら三晩寝ればすぐによくなりますよ」
「三晩!! それはすごいですね……」
「いえいえ、それに俺達は早くビクトル隊長みたいに強くなりたいと思っているから、こんなことぐらいじゃへこたれないんですよ。その
騎士がテオの顔を指差したので、示された方に視線を向けそして顔が引きつった。
(うわぁ~あんなにやられたのに何? あの
満足そうな表情で地面に
「ではセシリア様、ちょっと行ってきます」
「え、ええ、いってらっしゃい」
そうして私から離れていく騎士を見送ると、地面に転がっている鞘を取りにダグラスに背中を向けたビクトルに視線を移した。しかしその瞬間、まだ闘志をみなぎらせている顔のダグラスがさっと立ち上がりビクトルの背中に向かって剣を振り下ろしたのだ。
「危ない!」
私が思わず叫ぶよりも数瞬早くビクトルは一気に体を反転させ、持っていた剣でダグラスの剣を
「甘い!」
ビクトルが言い放つと同時にボキッという大きな音が
(け、剣を折るって……どれだけ強い力なのビクトルは! ……ってあれ? なんかあの折れた刃先、私に向かってきているような……ってきているよ!)
宙を
(
そんな絶望感が私を襲い、恐怖で思わず目を閉じてしまった。
「セシリア様!!」
ビクトルの焦った声が近くで聞こえたかと思った次の瞬間、大きくて温かい何かに体が包まれ強く体を引かれる。
「うっ……」
なぜかとても近いところからビクトルの痛みに
「ビクトル!?」
「……セシリア様、お怪我はありませんか?」
「え、ええ私は大丈夫です。それよりも、私を
「……これぐらい
ビクトルはそう言って私を抱きしめたまま離してくれなかったので、身をよじってなんとかビクトルの腕から抜け出そうとした。
「いいから見せてください!」
「しかし、セシリア様に血を見せるなど……」
「今はそんなことを言っている場合ではありません!」
私は強く言うと、まだ十二歳という小さな体を生かして下から
その時チラリと地面に深々と突き刺さっている折れた刃先が目に入り、ぶるりと体が
「っ!」
「やはりセシリア様は見ない方が……」
「いいから黙っていてください!」
あまりの痛々しさに思わず
「いけませんセシリア様! そのような上等なハンカチを使われるなど!」
「ハンカチはこういう使い方もできるのですから、気になさらないでください!」
強めに言い切ると、傷口を押さえるようにきつく結んだ。
「まあ……思ったほど傷は深くなさそうでしたし、しばらくこうしていれば血は止まると思いますよ。ただあとでちゃんと
「……ありがとうございます。これは私の血で
「お気になさらずに。ハンカチならまだまだ家にたくさんありますから。それに助けていただいたのは私の方なのですし……ビクトル、助けていただきありがとうございます」
「……本当に間に合ってよかった。もし間に合わなければ……セシリア様のお顔に一生物の傷ができていたかもしれません」
「そ、そうなのですね……」
どうやら死ぬことはなかったようなのだが、それでも痛い思いをするかもしれなかったと思うと背中に
「もし私の顔に傷ができていたら……責任取ってくださったのかしら? な~んて冗……」
「その時は責任を取って貴女を妻に迎える所存です! もちろん貴女が成人を迎えるまで待ちますが」
「……え?」
「確かに貴女はカイゼル王子の婚約者ですが……それでも私が傷を負わせた責任を取ってなんとしてでも貴女を迎え入れます!」
真剣な表情でじっと私を見つめて言ってきたビクトルに、私は激しく
(ちょ、その顔でそのセリフは反則だよ! 前世の私だったら、確実に『よろしくお願いします』と言ってしまうぐらいの
まさか冗談で言ったことをここまで真剣に考えてくれるとは思わなかったので、焦りながらもビクトルを止めることにした。
「ビ、ビクトル、その……とても責任感のある発言は嬉しいのですが、実際はビクトルが助けてくれたおかげで私は怪我などしていないのであまり深く考えないでください! それに……将来ビクトルと相思相愛になる
「……」
必死に訴える私を、ビクトルはなぜかじっと黙ったまま見つめてきた。
「……姫」
「…………は? ……姫!?」
「私にとって貴女は命を
「え? いや私は姫と呼ばれるような者では……」
「そもそも貴女は
「うっ、まあそうなのですが……」
「ではこれからは姫と呼ばせていただきます」
「……はい」
ビクトルの押しの強さに渋々折れ、私は姫と呼ばれることを
その後、
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