1.終わりの始まり

その①

 かんざきとしての人生は確かに終わった。しかし私は、もう一度あかぼうの姿から前世のおくを持った状態で、日本ではない別の世界に転生していたのだ。

 この世界での私はこうしやく家の長女であり、名前をセシリア……セシリア・デ・ハインツと名付けられ、絹のようになめらかなぎんぱつむらさきいろひとみをした美少女の姿であった。そんな私の今のお父様がラインハルト・デ・ハインツといい、お母様はレイラ・デ・ハインツ。加えて私と六さいはなれたお兄様のロベルト・デ・ハインツという家族構成である。

 ちなみに美形家族だ。そしてこのハインツ家は王家とけつえん関係があり、名だたる貴族の中でも最も地位の高い筆頭貴族でもあったのだ。

 そのだれもがうらやむほどめぐまれた家庭に生まれた私は当然何不自由のない生活を送り、両親やお兄様さらにはハインツ家に仕える人々にできあいされながらすくすくと育ち、現在三歳まで成長した。

 そんなある日、お父様とお母様が私とお兄様を見ながら話をしていた。

「レイラ、私達の子どもはまるで天使のように愛らしいな」

「ええ、本当にそうですわね」

「特にセシリアのわいさはこの世のものじゃない!」

(いやいやそこまで言わなくても……)

「これならきっとセシリアが十七歳の時におこなわれるごしんたくで、セシリアが『天空のおと』に選ばれるはずだ!」

(……え? 『天空の乙女』? ……どこかで聞いたことがあるような……)

「それにこの可愛さなら、セシリアの一つ年上で年齢もちょうどいいカイゼル王子のこんやくしやにもなれるかもな」

「父様! 僕の可愛いセシリアに婚約者なんて必要ないよ!」

 お兄様はお父様をにらみつけながら私を強くきしめてきた。

 しかし私はそれよりもお父様の言葉がどうも引っかかっていたのである。

(……『カイゼル王子』? あれ? これもどこかで……んん!? 『天空の乙女』に『カイゼル王子』……ま、まさか……)

 ある考えが頭にかび、ゆっくりとお兄様の胸から顔を上げてお父様を見つめた。

「お、おとうしゃま……ちょとおききちたいのでしゅが……このくにのおなまえってなんでしゅか?」

「ん? 国の名前? 『ベイゼルム王国』だが、それがどうかしたのかい?」

 不思議そうな顔でお父様は私を見てきたが、そんなことを気にしている場合ではないのだ。

(『天空の乙女』『カイゼル王子』『ベイゼルム王国』…………『セシリア』……も、もしかしなくてもここって、完全に私が前世でやっていた乙女ゲーム『ゆうきゆうの時を貴女あなたと共に』の世界じゃないか! そして私の名前は『セシリア』……ヒロインのじやをする悪役れいじようの名前だよ!!)

 その事実に気がつき心の中でさけぶと、あまりのことに絶望してそのままぷっつりと意識を手放してしまったのである。


 数時間後、ふと目を覚ますと私は自分のベッドに寝かされていた。

 私はうすぐらい部屋の中でゆっくりと体を起こすと、なるべく音を立てないようにそっとベッドからしサイドテーブルに置いてあったランプに明かりをけた。それを持ってしんしつに置かれている机に向かったのだ。

 ランプを机の上に置き着席した私は、引き出しからお絵描き用にと大量に入れていた白い紙とペンを取り出し、おもむろに文字を書き始めた。


 ※『悠久の時を貴女と共に』の大まかなストーリー。

 ベイゼルム王国では、数十年に一度『天空の乙女』というを選ぶ神託がとりおこなわれている。その神託によってヒロインのニーナが巫女に選ばれた。

 ニーナは『天空の乙女』に選ばれたことで一年間王宮に住まうこととなり、そこでこうりやく対象者である男性じんと出会い恋愛をしていく、というのが大まかな流れである。

 そしてその攻略対象者の中にベイゼルム王国の第一王子『カイゼル王子』がいる。

 さらに『カイゼル王子』には見た目は美少女だがわがまましつぶかく性格が最悪な公爵令嬢の婚約者『セシリア』がいた。『セシリア』は悪役令嬢らしく様々ないやがらせや意地悪をニーナにおこない、ウザイほど攻略対象者との恋愛を邪魔してきたキャラだ。


 私はそこでペンを置き頭をかかえて心の中でうなった。

(うがぁぁぁ! 完全に私、この『悪役令嬢セシリア』じゃないか! 今ゲーム内の『セシリア』を思い出したけどかみの色も瞳の色も全く同じだったよ。せっかく転生して新たな人生が送れると思っていたのに、なんでこんなことに……あ! まさか前世で死ぬぎわ、もう一回ゲームを周回したいとか願ったから? でもそれならなんで『悪役令嬢』に転生させられるのよ! せめてお城勤めができるじよぐらいのモブキャラに転生させてくれたらよかったのに。そうすれば、かげながらニーナと攻略対象者達の恋愛模様を観察する生活が送れたんだけど!! よりにもよって一番きらいなキャラに転生させられるなんて……)

 悪役令嬢というポジションにガックリとうなだれる。しかしすぐに私は顔を上げた。

(いや、まだ悲観するのは早い! そもそも私の大好きなキャラ、ニーナの恋愛を邪魔する気なんて全くないからさ。うん、私はつうの公爵令嬢として生きるんだ。……あれ? でも確かゲームでのセシリアってニーナがハッピーエンドをむかえた時、しよけいされる結末もあったような……ぎゃぁだ! 悪役令嬢役をやらなくても、何かのきっかけでそんな未来に進むかも……それはさすがにめんこうむりたい。よし! 十七歳になるまでまだ十四年もあるんだし、それまでに処刑フラグを立たせないようにしよう!)

 決意した私は再びペンを持つと、思い出せる限りのゲーム内容と攻略対象者の情報を書き出し、これからの対策を明け方近くまで考えたのである。

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