その②


 翌日、さっそく私はお父様にたのみ込み家庭教師をやとってもらうことにした。

(よし、なんとか家庭教師をつけてもらえた! とりあえず処刑エンドをかいするためにも、まずはこの世界のことをしっかりと知っておかないと! だって私の知識はゲーム上で知れるだんぺんてきことがらだけだから、ちゃんと知識があるのとないのとでは未来に絶対えいきようすると思うんだ。……まあニーナのハッピーエンドを防げば処刑エンドも回避できるんだろうけど……なんといってもニーナの幸せを邪魔なんてしたくない! あの子にはちゃんとハッピーエンドを迎えてしいんだ。だから……ニーナの幸せを邪魔せず、私も生き残れるルートを進むためにも今できることから始めるよ!)

 てつで考えた対策の一つが、この世界の知識を得るために家庭教師をつけてもらうというものだったのだ。


 ※『対策案』

 一、この世界の知識を得るため家庭教師をつけてもらう。

 二、極力、攻略対象者達と関わらない。

 三、ゲームのセシリアと同じ我儘な性格にならない。

 四、カイゼル王子の婚約者にならない。

 五、ニーナの恋を邪魔しない。


 数日後、お父様は私のために一人の家庭教師を家に連れてきてくれた。

「セシリア、しようかいしよう。王宮学術研究省所長のデミトリアさんだ」

 デミトリアさんと呼ばれたその方は、背中でそろえている深緑のちようはつに茶色い瞳をしており、さらにぎんぶち眼鏡めがねをかけたれいな顔立ちの男性だった。

(……お、王宮学術研究省!? 確かこの国トップクラスの機関で、しゆうさい達が集まる研究所だったはず。そんなすごいところの所長に家庭教師を頼んじゃったの!?)

 まさかのかたきにおどろいていると、デミトリア先生が一歩前に出てあいさつをしてきた。

「初めましてセシリア様。お父様のラインハルト様からお話はうかがっております。三歳というお年で勉学に興味を持たれるとは大変素らしいと感心いたしまして、このお話を快くお受けさせていただきました。これからどうぞよろしくお願いいたします」

「……デミトリアしぇんしぇい、おねがいちましゅ」

 そうして私はデミトリア先生の授業を受けることとなったのだが――。

(いや~うすうすは感じていたけど……この世界は日本で作られたゲームだからか、文字は日本語だし数学も大学まで卒業した私にとってはどれも簡単なものばかりだよ。今までは三歳の私に合わせて字のない絵本しか見せてもらえなかったし、童話なんかは夜寝る前にお母様が読み聞かせてくれるから中身を見たこともなかったんだよね。……だけど、まさかこの世界の共通言語が日本語だったとは思わなかった)

 その事実に気づき、私は複雑な気持ちで授業を受けていた。

 だから出された問題も難なくこなすことができ、さらにまだひらがなであったがかんぺきに文字も書けたのである。

 そんな私の回答を見て、デミトリア先生は興奮したおもちでお父様に語りだした。

「いや~本当に素晴らしいおじようさまですね! 将来はともが王宮学術研究省に入っていただきたいものですよ!」

「いや、さすがにそれは……」

「ああそうでした。公爵家のご令嬢では難しいことでしたね。でも、もし機会があればご検討のほどお願いいたします」

「……わかりました。しかし王宮学術研究省に入るのであれば、ご子息の方が適任では?」

「もちろんむすはそのつもりでいるようで、毎日勉学にはげんでいますよ」

「そういえばご子息は神童と呼ばれるほどの秀才でしたね? 確かセシリアの一つ年上で四歳でしたかな?」

「はい。親の私が言うのもなんですが、あの子も大変優秀でして。ただ性格が少し……」

 デミトリア先生は口を閉ざし困った表情をした。するとお父様も何かを思い出したのかそれ以上何も聞かなくなったのである。

 私はその二人の会話を聞いて嫌な予感がした。

(四歳の時点で神童と呼ばれ、将来は王宮学術研究省を目指している秀才の男の子。だけど性格に問題あり……なんかこれにごうする人物に心当たりがあるんだけど……)

 すごく嫌な予感がしながらおそおそるデミトリア先生に聞いてみた。

「デミトリアしぇんしぇい……しぇんしぇいのおうちのおなまえってなんでしゅか?」

「え? ああそういえば名乗っていなかったですね。所長をしているとなんの役にも立たない家名を忘れてしまうようでして。の家名はライゼント……私はデミトリア・ライゼントですよ。これでも一応はくしやくです」

「ラ、ライゼント……デミトリアしぇんしぇいのむしゅこしゃまのおなまえは?」

「息子? 息子の名前は『シスラン・ライゼント』ですが?」

「!!」

 デミトリア先生の息子の名前を聞いてがくぜんとした。

(や、やっぱり『シスラン・ライゼント』だった!)


 ※『シスラン・ライゼント』

 攻略対象者の一人でゲーム上では十八歳。深緑の長髪を後ろで一つに結び切れ長の金色の瞳と銀縁の眼鏡が印象的な綺麗な顔立ちの男性。

 四歳ごろから秀才ぶりを発揮して大人達を驚かせ、神童と呼ばれるようになった。将来は王宮学術研究省に入ることが目標で日々勉学に励んでいる。

 しかし人付き合いが悪く自分より頭の悪い者と話すのを嫌い、仕方なく話す時は常にとげのある物言いで他人を寄せつけない。

 だがニーナとっていくうちにいつしかその心がやわらぎ、勉学だけが自分のどころだと思っていた気持ちに変化が起こると、ニーナを大切な人だと思えるようになった。


 私は『シスラン』について書いた内容を思い出し、激しくどうようしていた。

(うぎゃぁぁぁ! 早くも攻略対象者の関係者と接点ができるなんて! ……そりゃ、本音を言えば攻略キャラに実際会ってみたい気持ちはあるよ? だけどライバルキャラである私が関わらない方が、ニーナの恋愛は絶対スムーズにいくはず。それに……攻略キャラ達と接点がなければ私の処刑フラグも立たないと思うんだよね。だからこそ、ここでシスランの関係者と接点ができてしまうと困るんだよ!)

 ぼうぜんとしている私を見て、デミトリア先生が不思議そうな顔で声をかけてきた。

「どうしたのですセシリア様? あ、もしかして私の息子に会いたいのですか? それでしたら今度連れて……」

「いえ! けっこうでしゅ!!」

 デミトリア先生が言い終える前に、必死の形相で食い気味に断りの言葉を叫んだのであった。


 ◆ ◆ ◆

     

 あれからいろいろ考えた結果、デミトリア先生の教えを受け続けることにした私は、この国の歴史や他国の事情、さらにはこの世界の様々な情勢を知ることができた。

 そしてちゆうからマナーと教養とダンスの先生が増え、貴族としての知識や立ちいを身につけるというあわただしい日々を過ごし、あっという間に月日が流れて私は十二歳にまで成長したのである。

 そんなある日の夜、私は寝室でランプの明かりをたよりに一枚の紙を見ていた。

 その紙とは私が三歳の時に書き記した、この世界『悠久の時を貴女と共に』の攻略対象者の情報である。


 ※『カイゼル・ロン・ベイゼルム』

 えりあし長めの金髪と宝石のようにかがやく青い瞳が印象的な美しい顔立ちの男性で、ゲーム上では十八歳。ベイゼルム王国の第一王子であり王太子でもある。

 王子という立場上、人当たりもよく常に王子様スマイルをいている。

 しかしそのがおによって誰も王子の本心を知ることができないでいた。王子はその温厚な見た目とは裏腹に腹黒王子であったのだ。

 自分に近づいてくる者は誰も信用せず、逆に利用できる者は利用していた。だがニーナと出会い、そのやさしい心と王子という身分を気にしない人柄にだいかれていくのである。

 そうして最後ニーナとこいびと同士になると、それまで散々ニーナに意地悪をおこなっていたセシリアを断罪、とうごく、そして処刑という手はずをいつの間にか整えていた。

 ちなみにセシリアが王子と婚約することになったけいは、セシリアが十二歳の時、王宮で開かれたとうかいに参加し、社交界デビューをしようとした際、初めて出会った王子にひとれをし、さいしようの父親に頼み込んで無理やり婚約者の座を得たのである。


 私は自分で書いた内容を何度も読み返し大きなため息をついた。

(今思い出してもゲーム上のセシリアって性格悪いな?。親の権力使って婚約者の座を得るなんて……ニーナにも散々意地悪していたし、そりゃ王子もそんな婚約者より可愛くて優しいニーナを選ぶよね。まあ裏で、処刑まで用意しゆうとうに動いていた王子もすごいけど……。だけど、セシリアがあんな性格になったのも今ならよくわかるよ)

 家族やハインツ家に仕える人々からの私に対する過度なあまやかしっぷりを思い出し、苦笑いをこぼす。

(そもそも精神年齢が二十七歳の私だったから、それらの甘やかしにも冷静な判断ができたし、むしろ逆にしっかりしなくてはと思えたけど、普通の純真な子どもがあんなたいぐう受け続ければ我儘に育つよ……)

 私は一人かわいた笑いをらすと読んでいた紙を再びかくしたのだった。

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