その③


 翌日の夕方。城の入口の前で馬車がまり、そこからぎよしやに手を支えられながら私はれんなドレス姿で降り立った。

 そう、今日がいよいよカイゼル王子と初めて出会う舞踏会当日なのである。

 私はじっと城を見上げ自分の手を強くにぎりしめると、かくを決めて舞踏会が開かれる広間に向かって足を進めた。

 きらびやかにそうしよくされた広間にとうちやくしてからすぐに、社交界デビューのご子息ご令嬢以外でゆいいつ大人で参加できる国王夫妻と、そのご令息である『カイゼル王子』の入場を知らせる声が広間中にひびわたった。

(とうとうこの時がやってきた!)

 さきほどからうるさいくらいり響く心臓の音を聞きながら、ゆっくりと開くとびらに合わせて頭をさげる。

 国王夫妻とカイゼル王子が広間の中央を通り抜けている間、私達はみな、道を開けて頭をさげ続けて待った。そして数段高いだんじように用意された椅子の前に立つと、国王が私達に向かって声をかけたのである。

「皆の者、顔を上げよ」

 りんとした国王の言葉に私達はいつせいに顔を上げ、壇上に立っている三人を見た。

 まず国王は金髪へきがんじようで、そのとなりうように立ち優しいほほみを浮かべているおうあわももいろの髪に青い瞳の美女。そんな二人の間に笑みを浮かべながら立っているのが、カイゼル王子だ。

(うおぉぉぉ! ゲームの中で見たカイゼル王子を幼くした感じだぁぁぁ! うん、やっぱり子どもであってもイケメンだな?。なんかオーラがちがうよ。確かにセシリアが初めてカイゼル王子を見て一目惚れしたというのもなつとく。……正直一番のしキャラだったから、子どものカイゼル王子でも、ちょっとドキドキしているよ。もしあれが十八歳のカイゼル王子だったら……そつとうしていたかもしれない。だってニーナに甘い微笑みを浮かべながらささやくあの姿は、今でも私ののうに焼きつく破壊力があったんだから! それにしても……幼いながらも完成された王子様スマイルに、会場中のご令嬢の目が完全にくぎづけだよ。まあ……冷静に考えてみれば、あの笑顔はニーナに向ける笑顔と違うスマイルなんだよな~それに腹黒だし……しかも私を将来処刑するかもしれない男なんだよね。あ、そう考えたらドキドキが収まってきたかも)

 複雑な気持ちのまま国王夫妻とカイゼル王子の挨拶を聞いていると、陛下の挨拶が終わり、すぐにご子息ご令嬢達がカイゼル王子に群がっていったので、私はその群れが落ち着くまで近寄るのをやめることにした。

 ようやく群れが引き始めてきたころを見計らい、一度大きく深呼吸をしてからカイゼル王子のもとに挨拶に伺う。

「カイゼル王子初めまして、セシリア・デ・ハインツと申します。お会いできてとても光栄です」

 私はそう名乗るとドレスのすそを軽くまみ、ひざを折ってカイゼル王子にしやくした。

「ハインツ……ああ貴女がセシリア嬢ですか。こちらこそお会いできて光栄です。貴女のことはお父上のハインツ公やロベルトからよく聞いていましたよ。しかし……話の通り本当に天使のように愛らしい方ですね」

「……ありがとうございます」

 カイゼル王子がにっこりと微笑みながら私の容姿をめてくれたのだが、それは口だけで本心からでないのがその表情から感じ取れた。だから私もそれにならって似非スマイルでお礼を返す。

 するとカイゼル王子はそんな私の様子に気がついたのかいつしゆん目をみはった。しかしすぐに表情をもどし私の話を聞く体勢を取ったのだが、そこで私はカイゼル王子にもう一度会釈をしたのである。

「では挨拶も終わりましたので、これで失礼いたします」

「え!?」

 カイゼル王子の驚く声をえて無視し、きびすを返して王子のもとを離れる。

「え? セシリア嬢?」

 まどった声で私を呼ぶのが後ろから聞こえたが、それでも私は振り返るつもりなど全くなかった。

(よし! 対策案の一つでもあった婚約回避作戦は無事すいこうできた! そもそもひつこうの社交界デビューだったけど、そこでカイゼル王子に興味がないことをアピールできたし、挨拶をしただけだから、カイゼル王子の印象にも残らなかったはずだよね。それにしても……ゲーム上では見られなかった幼い頃のカイゼル王子を生で見ることができたのはうれしかったな~。あとは舞踏会が終わるまでカイゼル王子とせつしよくければ、ほぼ会うこともないだろうし、これで確実に婚約は回避できたはず! それに婚約者のいないカイゼル王子とならニーナも気楽に恋愛できると思うんだよね。……その時は、侍女にふんして陰ながら応援してみようかな!)

 そんな未来予想図をおもえがいて歩き続けると、なんだかしそうなにおいがただよってきた。

 視線を向けると、長いテーブルの上にずらりと様々な料理が置かれていたのである。

(うわぁ?! どれも美味しそう! カイゼル王子のことでずっときんちようしていたから、あんなにたくさんの料理が用意されていたのに気がつかなかった! あ、意識したら急におなかが……)

 自覚したたん小さく空腹をうつたえる音がして、私は顔を赤らめながらお腹を押さえた。

 すぐに私は周りを確認し、誰にも聞かれていないことにホッとしつつ料理を食べるために移動した。

 テーブルに到着した私は取り皿を手に持ち、美味しそうな料理の数々に目を輝かせながら皿に乗せていく。そうしてある程度皿に盛ったところで、その中の子羊のテリーヌをフォークで一口大に切って口の中に入れたのである。

(お、美味しい! さすが王宮料理はレベルが違うな~! もちろんうちの料理人が作ってくれる料理も美味しいけど、やっぱり王族が食べる物は素材から違うのかさらに上をいくんだね!)

 口の中でけていくうまほおゆるませながら満足そうに食べていると、ふとあることに気がつき料理が並んでいるテーブルを見回した。

(……あれ? ここの料理、全然食べられていないような……というかこのテーブルの近くにいるのって……私だけ?)

 確認するように広間を見渡すと、確かに飲み物のグラスを持って話しをしている人はいるのに、料理の皿を持っている人は見当たらなかったのである。

(え? え? 皆、食べないの? こんなに美味しいのに……。これじゃ確実に余っちゃうよ。うわぁ?もったいない)

 前世の私は基本的に食べ物を残すのが嫌いな性格だったのだ。どんなにお腹が苦しくなっても、出された料理は最後まで全部食べていた。なぜならせっかく作ってくれた人に申し訳ないと思ってしまうからだ。

 だから前世で飲食店に行った時、食べられない量の注文をして少しだけ食べて残していく客を見かけるとすごくムカムカした。

 それを思い出し、この料理達も最後はてられてしまうのではと考えると、なんだかやりきれない気持ちになったのだ。

 しかしさすがに私一人ではこの量をとうてい食べきれるわけもなく、小さなため息と共に思わずつぶやいたのである。

「せめて……タッパーでもあれば」

「たっぱ?」

「え!?」

 とうとつに聞こえてきた声に驚き慌てて後ろを振り向くと、そこには不思議そうな顔で私を見ている――。

「カ、カイゼル王子!?」

 予想外の人物に私は驚きの声をあげながら固まってしまったのである。するとそんな私を見てカイゼル王子はなんだか楽しそうにふわりと笑ったのだ。

(……あれ? この笑顔どこかで見たことが……あ、ゲームでニーナに微笑んでいる時の笑顔だ! ……ってなんで今その笑顔? まだニーナいないよ?)

 さきほどとは明らかに違うカイゼル王子の変化に戸惑っていると、不思議そうな顔でもう一度私に問いかけてきた。

「セシリア嬢……『たっぱ』とはなんのことですか?」

「え? たっぱ? ……あ! い、いえ、たっ、たっぷりの料理が並んでいて美味しそうですね?と言っていたのです!」

「そうでしたか? ん~私の聞き間違いでしょうか? だけどそのようには聞こえなかった気がしたのですが……」

「た、多分私が言い間違えていただけですので、お気になさらないでください!」

 私はこの世界にはない前世で愛用していた、食品保管容器の名前をなんとかそうとした。

「それよりもカイゼル王子、どうしてこちらにいらっしゃるのですか? 取り巻……いえ、ご一緒されていたご令嬢の方々がお近くに見えないようですし……」

 さきほどまでカイゼル王子のそばをついて離れなかった取り巻き集団のご令嬢方が、今は一人もいないのを不思議に思っていると、カイゼル王子が目線だけで別の方を示してきた。そこには寄り集まってじっとカイゼル王子を見つめているご令嬢の集団がいたのだ。

「あの令嬢の方々には申し訳ないと思いましたが、少し離れていただいたのです」

「……お一人になりたかったのですね。あれ? でもどうしてこちらに? お一人になりたいのでしたら別の場所でも……」

「いえ、私がセシリア嬢とお話しをしたかったからです」

「……え? 私と!?」

 まさかの言葉に私の表情は固まった。

(な、なんで私と!? 私達、軽く挨拶を交わしただけだよね? そもそもカイゼル王子の興味を引く話題すら話していないのに、なんでわざわざ私と話しがしたいの!? 意味がわからないんだけど……というか私は話したくないんだけど……)

 そう思い戸惑いの表情を浮かべていると、再びカイゼル王子が楽しそうにふわりと笑ったのだ。

「ふっ、セシリア嬢は表情がコロコロ変わられる」

「へっ?」

「いえ、お気になさらず。それよりも……食事をされていたのですね」

「あ、はい。お腹が空いてしまいましたし……それにこんなに美味しそうな料理を前にして食べないわけにもいかなかったので」

「……ここの料理は気に入っていただけましたか?」

「もちろん! すごく美味しいです!」

「それはよかった。ではせっかくなので私も一緒に食べますね」

「え? 一緒に?」

「ええ。あ、でも女性に立ったまま食べていただくのも申し訳ないので、あちらに座って一緒に食べましょう」

 カイゼル王子はそう言っていつもの似非スマイルに戻って、広間のはしにいくつか用意されているテーブルと椅子が置かれた場所を手で示す。

 そこは一区画ごとに仕切られた空間となっており、上からカーテンも垂れさがっているので、さながら個室席のようになっていた。

 私はその場所を見て思わず頬が引きつってしまう。

(いやいや、あんなところでカイゼル王子と二人きりで食事!? ムリムリ、絶対ムリ!!)

 ただでさえこうして話しをしているのも正直かんべんして欲しいのに、さらにあんなところで王子と過ごすなんて考えられなかった。

 しかしカイゼル王子はにっこりと微笑むと、私が持っていた皿をさっと取り、代わりに私の手をつかんで歩きだしたのである。

「カ、カイゼル王子! て、手を離していただけませんか? それにお皿も自分で持てますので!」

「駄目ですよ。女性の荷物を持ってあげるのは男として当然ですし、それに……手を離したら一緒に来ていただけないのでしょ?」

「うっ……」

 カイゼル王子に図星をつかれ、私は仕方がないとうなだれながら重い足取りでその個室席に向かったのである。

(なんでこんなことに……)

 このよくわからない状況にこんわくしながらも、さすがに王室しゆさいの舞踏会でカイゼル王子のさそいを断ることなどできなかった。

 途中きゆうの男性に何か言づけをしたカイゼル王子に連れられ個室席に到着すると、のない所作でさっと椅子を引いて私を座らせてくれた。

(……王子なだけあって、女性へのづかいが完璧だな~さすが私の推し! 思わずときめいてしまったよ)

 しんてきな振る舞いに感心しながらも、向かいの席に座ったカイゼル王子を見て私はふとあることに気がつく。

(あれ? 一緒に食べようと誘ってきたのにカイゼル王子の食べる料理がないのでは?)

 戸惑いの視線をカイゼル王子に向けていると、すぐに何人かの給仕の男性がおとずれ次々とテーブルの上いっぱいにさきほど見た料理が並べられていった。

「カイゼル王子、これは……」

「ここにくる途中で頼んでおいたのですよ。さあ好きなだけ食べてください」

 いい笑顔で言ってきたカイゼル王子をあきれながら見つめ、私は気づかれないように小さなため息をつくとあきらめてフォークを手に取り料理を食べ始めた。

(料理には罪はないしね。まあ……さっさと食べて、とっとと去ることにしよう! ……しかし、どの料理もやっぱり美味しいな?!)

 あまりの美味しさに思わずうっとり頬を緩めていると、ふと視線を感じ向かいの席に座るカイゼル王子をちらりと見た。

 するとカイゼル王子は、なぜかテーブルにほおづえをつきながらにこにこと私を見ていたのである。それも一向に料理を食べようとする素振りがない。

「……カイゼル王子は食べないのですか?」

「貴女の美味しそうに食べる姿を見ているだけで満足してしまいましたので」

「……意味がわからないのですが。それよりもせっかく用意していただいたのですし、カイゼル王子も食べていただけませんか? さすがに私一人では食べきれませんので……」

「無理に食べていただかなくてもだいじようですよ。好きな物だけ食べてあとは残してもらっても構いませんから」

「…………絶対嫌です」

「え?」

「カイゼル王子、ここやあそこに用意されている料理は残ったらどうなるのですか?」

「……多分はいされるかと」

「そうなったら、せっかくこのような素敵な料理をたくさん作ってくれた料理人の人達に悪いと思いませんか? きっと喜んで食べてもらえると思って作られたのでしょう。それなのにほとんど手をつけてもらえないなんて……それに、この料理に使われている食材だってタダではないのですよ? 国民から得た税金で購入して作られているのに、それを廃棄するということは国民のお金をドブに捨てているのと一緒です!」

「……」

 私は興奮した面持ちで椅子から立ち上がり、カイゼル王子に向かってまくてた。するとカイゼル王子は、私を見たまま驚きの表情で固まってしまったのだ。

 だがすぐにしんけんな表情であごに手を当て考え込んでしまった。

 その様子を見てハッと我に返り、慌てて椅子に座り直すと身を縮めた。

(私、何をやっているの! カイゼル王子にこんなこと言っても仕方がないのに……だけど、カイゼル王子には国民のことを考えられる立派な王子になって欲しいんだよ。ゲームではあんなに素敵な王子だったのに、国民をないがしろにする駄目王子になってしまったら絶対嫌だから! カイゼル王子は腹黒でも、やっぱり前世の私が好きだった理想の王子であって欲しい! でも……ちょっと言いすぎたかな? まさかこれがきっかけで、そく処刑になるとか……ないよね?)

 一気に顔から血の気が引き、背中に嫌なあせをかきながら恐る恐るカイゼル王子の様子をうかがった。しかしカイゼル王子は何を思ったのか、近くを通った給仕の男性を呼びつけたのである。

「お、王子、私が何かそうをいたしましたでしょうか?」

「いえ何もしていないですよ。ただ少し確認したいことがありましたので」

「……確認したいこと、ですか?」

 青ざめた顔で近づいてきた給仕の男性に、カイゼル王子は安心させるように笑みを見せる。

「あの料理、もしこの舞踏会が終わって残ったらどうなるのですか?」

「え? ああ、料理のことですね。毎年必ず残りますので……申し訳ないのですが私達使用人でいただいておりました。……駄目でしたでしょうか?」

「いえ、構いませんよ。では廃棄しないのですね?」

「さすがに量が量だけに食べきれない分は廃棄しておりますが……」

「そうですかわかりました。いそがしいところ呼びつけてしまいすまなかったですね」

「そんなことはありません! では私は戻ります」

 給仕の男性は一礼すると私達のもとから去っていった。

 そんな二人の会話を戸惑いながらだまって聞いていたのだが、給仕の男性が去ったあとカイゼル王子は申し訳なさそうな顔で私を見てきたのである。

「セシリア嬢、貴女に言われなければこれからも当たり前にあるこの料理のことを考えなかったと思います。ご忠告ありがとうございます」

「い、いえ! 私の方こそ言いすぎてしまい申し訳ございませんでした」

「貴女は当然のことを言われたのですからお気になさらないでください。本来は王子である私が自分で気づかないといけない問題でしたし……」

「ああそんな落ち込まないでください! これから気をつければいいだけですし、今はこの料理を食べてあげればいいと思いますよ!」

「確かにそうですね。では私も食べることにします」

 ようやくカイゼル王子が皿に料理を乗せて食べ始めたので、その姿にホッとしながら再び私も食事を始めた。

「……貴女のような方は初めてです」

「え? 何か言われましたか?」

 カイゼル王子が小さく何かを言ったようだったが、小さすぎてよく聞き取れず私は不思議そうな顔で聞き返してみた。しかしカイゼル王子はにっこりと微笑みを浮かべたまま何も答えてくれない。そのカイゼル王子の様子に多分聞き違いだったのだと納得し、再びもくもくと目の前の料理を平らげることに専念した。

 そうして全部の料理を食べきったので、席を立ちこの場を離れようとした。

「ではカイゼル王子、私はこれで……」

「お待たせいたしました。追加のお料理です」

「え!?」

 カイゼル王子に辞する挨拶をしようとした時、さきほどの給仕の男性が空になった皿と取り替えてまた料理の乗った皿をテーブルの上に置いていったのである。再びテーブルいっぱいに並んだ料理を見て固まってしまった。

「追加で頼んでおきました。さあセシリア嬢、残すのはお嫌いなのですよね? 一緒にがんって食べましょう」

 にっこりと似非スマイルで微笑んできたカイゼル王子を見て、私は唇を噛んで椅子に座り直した。

(くっ、やられた! この腹黒王子め!!)

 私はカイゼル王子を睨みつけてから、渋々フォークを手に持った。

「……この分までですからね。さすがに私もこれ以上は食べられませんので」

「ええわかりました」

 結局そのまま、なんだか楽しそうにしているカイゼル王子と一緒に食事を続行する羽目になってしまったのである。

 そうしてなんとか食べきった私は、空になった皿にフォークを置いてひといきついた。

「ごそうさまでした。料理人の方々に大変美味しかったとお伝えください」

「ええもちろんちゃんと伝えておきますよ。……ああセシリア嬢、口元にソースが」

 カイゼル王子が椅子から立ち上がり身を乗り出して手を伸ばしてきたので、私はすぐにナプキンを手に取り口元をぬぐった。

「教えていただきありがとうございます。ですがこれぐらい自分でけますので、カイゼル王子のお手をわずらわせるようなことはいたしませんよ」

 にっこりと微笑みながら断りを入れると、手を伸ばした体勢のまま固まっていたカイゼル王子がガックリと気落ちして椅子に座り直す。

「……なかなか思うようにはいかない方ですね」

「え?」

「いえ、なんでもありません。ではセシリア嬢、このあと私と一緒にダンスをおどっていただけませんか?」

「……正直十分満足いたしましたから、そろそろ帰ろうかと思っているのですが……」

「何を言われるのです! 舞踏会が終わるまでにはまだ時間がありますよ? せっかくですし私と踊りましょう」

(……カイゼル王子とダンス? 一緒に食事するのも限界だったのにダンスなんて……絶対ムリ!)

 そう結論づけて首を振った。

「いいえ、ごえんりよういたします」

「セシリア嬢!」

「社交界デビューで緊張してとても疲れてしまったのです。ですからこれで失礼させていただきますね」

 スッと椅子から立ち上がりカイゼル王子に一礼すると、私はすぐに出口に向かって歩きだした。

「なっ! 待ってくださいセシリア嬢!」

 カイゼル王子の慌てた声が後ろから聞こえてきたが、私は振り向かずそのまま広間を出ていこうとした。

 ふと扉付近で立ち止まりチラリとカイゼル王子を見ると、さきほどまで遠巻きに見ていたご令嬢達がカイゼル王子を取り囲んでいる。

(……さようならカイゼル王子、貴方あなたとは婚約しないから安心してね)

 カイゼル王子を見つめながら心の中で呟き、そして今度こそしっかりと前を向いて帰路についたのであった。

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