その⑤


 本当に毎日のように遊びにくるカイゼル王子に困り果てていたのだが、今日は公務があってこられないと聞き、私はウキウキしながら自室でデミトリア先生がくるのを待っていた。するといつもより少しおくれて到着したのだが、そのデミトリア先生のあとに続いて入ってきた人物を見て私は固まってしまったのである。

「セシリア様、お待たせして申し訳ございません。家を出る時に少しごたつきまして……実は私の息子がどうしてもセシリア様にお会いしたいと言い出し、仕方なく連れてきてしまいました。さあシスラン、セシリア様にご挨拶をしなさい」

 デミトリア先生は横に立っていた男の子の背中を押し、一歩前に進ませた。

「……シスラン・ライゼントだ」

 ぶつちようづらで名乗った男の子の名前を聞いて私は思わず絶叫しそうになる。

うそでしょぉぉぉぉ!)

 不機嫌そうな顔で立っている銀縁眼鏡の男の子……シスラン・ライゼントはもう一人の攻略対象者だ。外見はゲーム上で見た十八歳のシスランをそのまま幼くした感じであった。

(な、な、なんでここに来たの!? そんな設定聞いたことないし。というか……あれ? 会いたいと言って会いに来たのはそっちなんだよね? だったらなんでそんなに機嫌が悪そうなのよ!?)

 ムスッとした顔で私をじっと見てくるシスランに戸惑っていたが、ハッと気がつき慌ててスカートの裾を摘まんで軽く会釈した。

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私、セシリア・デ・ハインツと申します」

 だがシスランは私から視線を外しデミトリア先生に顔を向けた。

「父上、この女が本当に父上が認められるほどすごい女なのですか? 俺には到底そうは見えないのですが」

「シスラン! セシリア様のことをそんなふうに言っては駄目だと何度も言っているだろう!」

「しかし……俺にはどうしても、見てくれだけ気にする鹿な貴族の女にしか見えないのですよ。やはり父上のかんちがいでは?」

 けんしわを寄せながらデミトリア先生に訴えるシスランを見て、私は笑顔を顔にりつけた。

(おうおう、やっぱりこの年から初対面の人間に対してズケズケと棘のある物言いするキャラなんだ~。初対面のニーナに対しても棘のある言い方と冷たい態度を取っていたもんな~。ゲーム上ではそんな彼が、じょじょに私にだけ心を開いていってくれる展開にもだえたものだけど……さすがにグサグサ心に刺さるよ。しかし……本当に目の前にいるのがあのシスランなんだ。会いたくないと思ってはいたけど……実際会うとちょっと嬉しいかも)

 ゲーム画面でのシスランを思い出し顔が緩みかけていた私を見て、さらにシスランは眉間の皺を増やしてしまった。

「……やはりあのような鹿づらの女が俺と並ぶほどの秀才のはずがない。ちっ、時間の無駄だ。勉学の時間をけずるほどの価値もなかった」

「シスラン!」

「父上、無理にお頼みしたのに申し訳ありませんが、やはり俺は帰……」

「しっかり確認もしないで、見た目だけで人を馬鹿呼ばわりするのはいかがなものかと思いますよ? そう言う貴方こそ神童と呼ばれるほど本当にすごい方なのですか?」

「……なんだと?」

 ゲームではあんなに萌えたはずなのに、あまりの言われようにだんだんと腹が立ち、額に青筋を浮かばせながら微笑んでシスランに言ってやった。するとシスランは私の言葉を聞いて険しい表情で私を睨みつけてきたのである。

「私も前から貴方のうわさを伺ってはいましたが、実際お会いしてみて……そんなにすごいと言われる方には見えないと言ったのです」

「お前のようなただ着飾ることだけにしか興味のない貴族の女が、俺を馬鹿にするのは許さない!」

「あらら、人を見た目だけで判断するような貴方を馬鹿にして何が悪いのですか?」

 私はそう言って口元を手で隠し、シスランを馬鹿にするようなまなしを向けた。

「お前!」

「そもそも私はお前という名前ではありません。セシリアです。さきほど名乗りましたのにもう忘れたのですか? それほど馬鹿なのですか?」

 シスランはぎしりをしながらこちらをさらに睨みつけてきた。さすがにそんなシスランを見てスッと冷静になると、ちょっと言いすぎたかもと自分の発言を反省したが、もうあとには引けなくなっていた。

(……あれ? でもよくよく思い出してみたら、さっき帰るとか言いかけていなかった? しまった! みすみす帰ってもらうチャンスをのがしちゃった! でも、ああも馬鹿にされたらさすがの私もまんできなかったんだよね……)

 そのまま私達が見えない火花を散らしていると、デミトリア先生が困った表情でちゆうさいに入ってきた。

「まあまあ二人共落ち着きなさい。シスラン、そんなにセシリア様の実力を疑うのなら二人でテストを受けてみないかい?」

「テストを? まあ父上がそう言われるのでしたら俺は構わないですが……そこの馬鹿女が解けるとは到底思えません」

「私も構いませんよ。ただ私がシスラン……もう貴方のことは呼び捨てにします。その貴方に勝っていると証明できたら、私のことを名前で呼んであやまってください!」

「……いいだろう。万が一にもあり得ないがな。逆に証明できなかった時は、今後一いつさい父上に家庭教師を頼むのはやめてもらおう」

「え?」

「父上はお忙しい身なのに、お前の家庭教師までして……俺の勉強を見てもらう時間がないんだ!」

「……ああ、お父様を取られたくないという嫉妬ね」

「なっ! ちが!」

 私の言葉にシスランは顔を赤くして否定してきたが、その様子を見てやはりそうだと確信した。

(そう言えばシスランは、デミトリア先生と同じ王宮学術研究省を目指しているんだったよね。なるほど……ゲームをしている時はただ勉学が好きだから目指しているんだと思っていたけど、あこがれのお父様と同じ職にきたかったんだ。へぇ~これは初めて知った! うわぁ~ちょっと可愛いかも!)

 ゲームでは知り得なかった真実に、なんだか微笑ましい気持ちになってシスランを見てしまう。

「……その目をやめろ」

 シスランはそんな私の視線に、ごこ悪そうにしながらそっぽを向いてしまった。


 新たに用意してもらった机にそれぞれ着席し、デミトリア先生がきゆうきよ用意してくれたテストを受けることになった。

「俺の答えを見るなよ」

「……こんなに机が離れているんだから見えないです」

 呆れた声で返していると、デミトリア先生の苦笑交じりの合図でテストが始まった。

 そして数十分後、終了の時間となったので私達はそれぞれの答案用紙をデミトリア先生に渡した。それからさらに数分後、採点を終えたデミトリア先生がとても楽しそうな笑みを浮かべて私達の前に立ったのだ。

「二人共よく勉強しているね。とても素晴らしい成績だったよ。だけどシスラン……前にも言ったと思うが、王国の歴史にミスがあったぞ」

「え?」

「年式を間違えて覚えてしまっているから、ちゃんと覚え直すように言っただろう?」

 デミトリア先生は答案用紙をシスランに見せ、間違っていたしよを指で示す。

 シスランは示された箇所をじっと見つめ、すぐにあっと気がつきとてもくやしそうな顔をした。

「しまった……」

「まあ、今度は気をつけるように」

「……はい」

「だけど、それ以外は完璧だったよ」

「今度は全て完璧にします! ……まあそれでもこの成績なら俺よりすぐれているとは証明できるはずもない。ふっ、残念だったな」

 シスランはほこった顔を向けてきたのだが、私はそれを無視してじっとデミトリア先生を見つめた。

「……シスラン、残念だったのはお前の方だ」

「え?」

「セシリア様、素晴らしいです! 完璧な答えで全問正解ですよ!」

「ありがとうございます」

「なっ!?」

 デミトリア先生が私の答案用紙をかかげ持つと、そこには全ての答えに丸がしるされていたのだ。

「そ、そんな馬鹿な……」

「シスラン、残念だったですね」

「っ!」

 さきほどシスランに言われたセリフをそのまま返し、ニヤリと笑ってみせる。するとシスランはそんな私を見てさらに悔しそうな顔になり、デミトリア先生から私の答案用紙を奪い取ってしまった。

(……そもそもテスト内容は、私が前世で習っていた中学生程度の国語や漢字、さらには数学だったからそんなに難しい問題でもなかったんだよね~。まあ確かにこの世界ならではの問題で王国の歴史とかもあったけど、デミトリア先生のわかりやすい授業はもちろん、前世で買った『悠久の時を貴女と共に』の公式設定資料集を何度も熟読したおかげかな。しかしあの設定資料集……ゲームと同時に発売されたから攻略情報は載っていなかったけど、いろいろな設定が事細かく書かれていて面白かったな~)

 ゲームの合間に読んでいた設定資料集のことを思い出していると、シスランが愕然とした表情で答案用紙から私に視線を向けてきた。

「信じられない。馬鹿な女だと思っていたやつに俺がおとるなんて……」

「世の中にはそんな人がたくさんいるのよ」

「……」

「外の世界に目もくれず、一人家にこもって勉強ばかりしているから知らないだけで、世の中にはシスランが思っている以上に優秀な人はたくさんいるんだから。さらにその人達はいろんな人と付き合ってどんどん知識を増やしていくから、どう頑張っても今のシスランでは追いつけなくなるよ」

「今の俺では……」

「だからこそこれからは勉強だけでなく、もっと人と付き合うことも覚えた方がいいと思うの! それにはまず……」

「なんだ?」

「はい! 証明したので謝ってください! 自分の言葉には責任を持たないと!!」

「くっ……馬鹿な女と言って……すまなかった」

「名前は?」

「うっ! ……セシリア、様」

「あ、セシリアでいいよ」

「……セシリア」

「はい、よくできました!」

「っ!」

 私はにっこりと微笑みシスランを褒めてあげた。しかしなぜかシスランは私の顔を見て固まり、そしてみるみる顔が真っ赤に染まってしまったのである。

「……シスラン、どうしたの?」

「い、いやなんでもない!」

「そう? でも顔が赤いような……」

「き、気のせいだ! それよりも……また一緒に勉強してもいいか?」

「え?」

「セシリアが言っただろう、もっと人と付き合えと」

「ま、まあ言いましたけど……それは私ではなくて……」

「俺にはまだすぐに他の奴と付き合える自信はない! だから……セシリアに付き合って欲しいんだ」

「え、だけど……」

「自分の言葉には責任を持たないと駄目なのではなかったか?」

「うっ……はぁ~わかりました」

「というわけですので父上、今後、俺がセシリアと一緒に勉強するのを許してもらえませんか?」

「まあいいでしょう。しかしあのシスランが積極的に人と付き合おうとするなんて……今日は連れてきて本当によかった。セシリア様ありがとうございます!」

「い、いえ……」

 正直私としては連れてきてもらいたくなかったのだが、こんな嬉しそうにしているシスランと感動しているデミトリア先生を目の前にして、そんなことが言えるわけもなく、頬を引きつらせながら笑うしかなかったのである。


 そうして翌日、デミトリア先生の授業がないのにシスランが一人でやって来たのだ。

「……本当に来た」

「そう言っただろう。あ、これ。俺のおすすめの書物を何冊か持ってきた」

 シスランが机の上にドサリと本を置いた。それを呆れながら見つつ、とりあえずそのうちの一冊を手に取って中をパラパラめくってみる。

「……これ、なかなか面白そう」

「そうだろう? きっと気に入ると思ったんだ」

 シスランが持ってきた本には、設定資料集には書かれていなかったさらにくわしいこの世界の事柄が書かれていて、大いに興味を惹かれる内容だったのである。

 さっそくウキウキとした気持ちで長椅子に座りその本を読んでいると、いつの間にかシスランも私の隣に座って本を読んでいた。

(向かいにも椅子があるのになんで隣に座るんだろう? 確かに子どもの私達なら余裕で座れるけど……一人で座った方が広々と使えて楽だと思うんだけど?)

 そんな疑問を抱きながらもわざわざ言うほどでもないと思い、そのままシスランと共に静かな読書タイムを楽しんでいた。

 だがその時、突然大きな音を立てて扉が開きあらあらしいくつおとを立てながら誰かが部屋に入ってきたのだ。私は驚きながら慌てて椅子から立ち上がり扉の方を振り返ると、そこにはとても険しい表情をしたカイゼル王子が立っていたのである。

「カイゼル王子! どうかされたのですか!?」

 しかし私の問いかけにカイゼル王子は答えず、するどい眼差しを私の横に立っているシスランへ向けながらこちらに向かって歩いてきた。

「貴方は確か……シスラン・ライゼントですね。なぜ貴方がここに? ほとんど誰とも関わろうとせず、一人でいることが多い貴方が、どうしてセシリアの隣に座っていたのですか?」

「……俺はここで一緒に勉強をしていたんだ。それよりもカイゼル王子、貴方こそどうしてここに?」

「貴方がセシリアと勉強? 私はセシリアの婚約者です。婚約者に会いに来て何かおかしなことでも?」

「……ちっ、そう言えばそうだったな」

「とりあえず、今すぐセシリアから離れていただきましょうか」

 カイゼル王子はそう言うと、この状況に困惑していた私のこしを後ろから抱きしめシスランから無理やり引き離した。

「ちょっ、カイゼル王子離してください!」

「駄目です。そもそも貴女も悪いのですよ? 私という婚約者がいるのに別の男性と二人きりになるなんて」

「二人きりって……シスランとはただ一緒に勉強をしていただけですよ?」

「『シスラン』?」

「カイゼル王子、セシリアが嫌がっているだろう!」

「『セシリア』? ……なぜ貴女達は、お互いの名前を呼び捨てにし合っているのですか?」

「え? どうしてと言われましても……自然にそうなっただけとしか言いようがないのですが……」

 カイゼル王子がなぜそんなことを気にするのかわからず戸惑っていると、私を抱きしめているうでの力が強くなった。

「カ、カイゼル王子!? ちょっと苦しいです!」

「セシリア……私も名前で呼んでください」

「へっ? いやお呼びしてますよね?」

「……王子はらないです」

「さすがにそれは……」

「セシリア! お願いです、呼んでください!!」

「っ! ……カイゼル」

 渋々名前を呼ぶと、カイゼル王子……カイゼルがとても嬉しそうな顔になった。

(名前で呼んだだけでなんでそんなに喜ぶんだろう?)

 カイゼルの様子を不思議に思っていると、私の腕をシスランが引き、カイゼルのこうそくから抜け出せたのだ。

 そのままシスランの背中に隠されるように移動させられる。

「シスラン?」

「……カイゼル王子、俺は貴方とセシリアの婚約は認めない!」

「……シスランに認めていただかなくても私は一向に構わないですよ。ただこれは決定事項ですので貴方如ごときでは覆せません。それよりも……セシリアを今すぐ返しなさい」

 カイゼルはとても不機嫌そうな顔でシスランの後ろにいた私の腕を掴み引っ張ろうとしたのだが、反対の腕をシスランが掴んで私を引き止めた。結果、私は両方の腕をそれぞれに掴まれた格好になってしまったのである。

(な、なに、この状況は!?)

 全くよくわからない状況におちい狼狽うろたえている私の頭上で、カイゼルとシスランがお互いに睨み合い火花を散らしていた。

 その後、城から帰ってきたお兄様によって二人は強制的に帰されたのだが、次の日からまるで示し合わせたかのようにカイゼルとシスランが我が家にやってくるようになってしまった。その上、来る度に二人はいがみ合い、全く心が休まらなかった。

(喧嘩ならでやって!)

 心の中で叫びながら、明らかに仲の悪い二人が目の前で喧嘩するのを呆れながら見るしかなかったのだ。

(それにしてもこの二人、ゲームでは特に仲が悪い描写なんてなかったはずなんだけど? ……なんだろう、何か私の知らない展開になってきているような気がするのは気のせい、なのかな?)

 そんな言い知れない不安に襲われるのであった。

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