その④

 しかし次の日、事態は急変したのである。

 城に向かったはずのお父様が一時間もたないうちに帰ってきたのだ。それもなぜかカイゼル王子をともなって。さらにその後ろにはとてもげんそうなお兄様までいた。

 どうしてカイゼル王子がここにいるのか戸惑っていると、お父様がとんでもないことを言い出したのである。

「セシリア喜びなさい! カイゼル王子がセシリアを婚約者にと選んでくださったのだよ!」

「……………は?」

「国王である父上にもお許しをいただきましたので、これからは私の婚約者としてよろしくお願いしますね」

 カイゼル王子がそう言ってきたが、私はとつぜんの出来事に頭がついていけないでいた。その時、お兄様がこうの声をあげたのだ。

「父上! 私はこの婚約、絶対認めません!」

「ロベルト……まだ言っているのか。これは国王陛下直々の申し出でもあるからくつがえすことはできないのだよ。何よりセシリアにとってもいい話なのだし、妹が可愛いのはわかるが兄として妹の幸せを考えなさい」

 困った表情のお父様にさとされてはいるが、お兄様は全く納得がいっていない様子だった。するとまだこの状況がみ込めていない私のもとにカイゼル王子が近づき、目の前で膝を折って私の右手を取ると軽くこうにキスを落としてきたのである。

「っ!」

「これからよろしくお願いします。……セシリア」

 にっこりと微笑んでくるカイゼル王子を見てピシッと固まり、心の中でだいぜつきようした。

(どうしてこうなったぁぁぁぁ!!)

 そんな心の声に答えてくれる者などいるはずもなかった。


 こうちよくが解けた私はすぐさま婚約の話を断ろうとカイゼル王子にったが、にこにこと似非スマイルを浮かべるだけで全く取り合ってくれなかった。

 悲しいことに、国王かカイゼル王子の方から婚約をしてもらわない限り婚約解消ができないことをさとったのである。

「さて、私はまだ城で仕事が残っていますのでこれで戻らせていただきますが、カイゼル王子はどうなされますか?」

「私はもうしばらくここでセシリアとお話しをしてから戻ります」

(いや、私は話すことなんてないからお父様と一緒に帰って欲しいんだけど……)

「わかりました。では、城に戻られる際は家の者にお伝えください。すぐに迎えをこさせますので」

「ええわかりました」

「さあロベルト何をしている、お前も一緒に城へ戻るのだよ」

「え? いや父上、私もここに残……」

「駄目に決まっているだろう。お前も仕事が残っているのだから」

「しかし父上!」

「ロベルト」

「くっ! セシリア、絶対カイゼル王子と二人きりになっては駄目だよ! ……お前はまだ子どもなのだから!」

(……お兄様が心配しているようなことは精神ねんれいが大人の私にはわかるけど……まだ私達十二歳と十三歳の子どもだよ? この世界の成人である十五歳にもなっていないんだから、まずあり得ない。そもそもカイゼル王子が私に対してそんな気持ちになるわけないよ。だって……ゲーム上では全くセシリアに興味なかったんだから)

 私はゲームの中で、仕方なくセシリアと婚約しているだけで、好きではないとカイゼル王子がハッキリと言っていたのを思い出す。だからこそ、カイゼル王子の方から私と婚約してくるとは思ってもいなかった。

(一体どうしてカイゼル王子は私と婚約しようなんて思ったんだろう……。ああそうか、あのカイゼル王子に群がっていたご令嬢達が原因か)

 どうもこの婚約話は、先のご令嬢集団対策用だと気がつき納得がいったのである。

 そうしてまだ文句を言っていたお兄様をお父様が無理やり連れ出し、二人で城に戻っていった。そんな二人を見送りながらしようを浮かべていると、お父様の話を聞いたお母様からカイゼル王子に我が家を案内するよう言いつけられてしまった。

 仕方なく侍女と共に応接間、書庫、お父様のしつしつなど無難な部屋を案内して回る。その間カイゼル王子はというと、にこにこと楽しそうに聞きながら、私の横にピッタリとくっついて歩いてきたのだ。

(なんだか近いんですけど……)

 あまりにも近いきよかんに戸惑いながらも、まあ特に支障はないのでそのまま放って案内を続けた。

「……一通りの案内は終わりました。これからどういたしましょう?」

「私は、セシリアの部屋が見てみたいです」

「え?」

「……駄目でしょうか?」

「いえ駄目、ということもないのですが……」

「では行きましょう」

 カイゼル王子はじようげんで私の手を握り、侍女に案内をさせて私の部屋に向かってしまった。そうして部屋に到着すると、ものめずらしそうに室内を見回したのだ。

「母上以外の女性の部屋に入ったのは初めてなのですが……とても可愛らしいお部屋ですね」

「……ほとんどお母様のしゆなのです」

 私の部屋はピンクと白で統一され、フリルやリボンがふんだんに使われたかざりがカーテンやソファにほどこされた、ザ・お姫様の部屋のようだった。さらにふわふわの可愛らしい動物のぬいぐるみがたくさん置かれている。それらはお父様やお兄様からのおくものである。

 正直前世でごく一般的な部屋に住んでいた身としては、このお姫様仕様の部屋はいまだに慣れない。

(大きくなったら絶対ようえをしよう!)

 私がカイゼル王子を部屋に案内するのをしぶったのは、この部屋を見せたくなかったからである。

「……すごい部屋で驚かれましたよね? あまり男の方にお見せできるお部屋ではないので……」

「そんなことありませんよ。セシリアによくお似合いの素敵なお部屋だと思います。ただ気になっていることが一つ……このお部屋に誰か男性が入られたことはありますか?」

「え? まあ一応お父様とお兄様、あと家の者が用事で入ることはありますけれど……それがどうかなさいましたか?」

「そうですか……では、私が貴女の初めての男性ということですね」

(いや、言い方!!)

 にっこりと微笑むカイゼル王子を見て、私は頬を引きつらせながらも本能的に言い返すことはしなかったのであった。

「あ、そう言えば……デミトリア先生もこの部屋に入られたことがあります」

「デミトリア先生? もしかして王宮学術研究省の所長をされている、デミトリア・ライゼントですか?」

「ええそうです」

「ライゼントはくがどこかの令嬢の家庭教師をしていると聞いたことがありましたが、なるほど貴女でしたか」

「多分そうだと思います」

「実は私も、ライゼント伯に勉強を教えてもらっているのですよ」

「そうなのですか!? デミトリア先生は優しいですし、教え方もとても上手ですので授業が楽しいですよね!」

「え、ええそうですね……」

私の言葉にカイゼル王子はなぜか歯切れの悪い返事をしてきた。

「私には優しさなど……」

「え?」

「いえ、なんでもありません」

 一瞬カイゼル王子が険しい顔でボソッと呟いたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。

「あ、そうでした。まだお話ししていませんでしたね。私達の婚約発表会は二週間後に王宮でおこないますので準備だけお願いいたします」

「……え? 婚約、発表会?」

「はい。何か問題でも?」

「……わざわざやらなくてもいいのではないですか? 下手に発表すると、後々婚約解消する時におたがい都合が悪くなると思いますし……」

「婚約解消することはまずないのでそのような心配は無用ですよ。むしろ……セシリアを私の婚約者だと皆に知らせたいのです」

 どうやらカイゼル王子に群がっていたご令嬢集団に対して、私が婚約者になったと見せつけるには婚約発表する方が都合がいいようだ。

「……わかりました」

「ありがとうございますセシリア。今から婚約発表会が楽しみですね」

 正直私は全く楽しみではないのだが、仕方ないと小さくため息をつき重い気持ちのまま窓から見える庭に移動した。


 綺麗に植えられているかきの間を歩いていると、ふとカイゼル王子が何かに気がつき、ついてきている侍女に頼み事をした。

「すみません、セシリアの部屋にハンカチを忘れてきてしまったようなので取りにいってもらえませんか? あれはお気に入りのハンカチでして……」

かしこまりました。すぐに取って参りますのでお二方はこちらで少々お待ちください」

 侍女が一礼し、急いで屋敷の中に戻っていくのを見送っていると、突然カイゼル王子が私の正面に立った。

「ようやく二人きりになれましたね」

「え?」

 にっこりと微笑むカイゼル王子を見て、もしかしてハンカチを忘れてきたのはわざとではと思ってしまう。

(でもなぜ?)

 するとその時、庭にとつぷうが吹き込み薔薇の花びらが一斉にった。

 突然の出来事に驚きつつも強風でなびく髪の毛を必死に押さえていると、カイゼル王子がボーっと私を見つめていることに気がついたのだ。

「カイゼル王子?」

「綺麗だ……」

「え? ああ確かに舞っている花びらがげんそうてきで綺麗ですよね」

 突風で舞い上がった花びらがゆっくりと舞い降りてくる様子を、うっとりとながめる。

「……セシリア、少し目をつむっていただけませんか?」

「目を? どうしてですか?」

「セシリアの目の上に、今の風で飛んできた花びらがついてしまっているのです」

「そうなのですか?」

「ああさわらないでください。目に入ってしまっては大変ですから、私が取りますよ」

「あ、はい。ではお願いします」

「……じっとしていてくださいね。私がいいと言うまで目を開けては駄目ですよ」

「わかりました」

 私はカイゼル王子の言う通り目を瞑り、大人しく待つことにした。しかしいくら待ってもカイゼル王子は、なかなかその花びらを取ろうとしてくれない。

「カイゼル王子、まだでしょうか?」

「……もう少しだけ待っていてください。しんちように取りたいのです」

「わかりました」

 目を閉じたままもう一度返事をしたが、なぜかさきほどよりもカイゼル王子の声が近いような気がし、さらにはいきが顔にかかっているような気もした。

 すると突然、後ろから強い力で引っ張られ誰かに抱きしめられた。

 私は驚き、思わず目を開けると、不自然に前傾姿勢となったカイゼル王子が固まっている姿が目に入った。しかもカイゼル王子の目は私の後ろを睨みつけている。一体何が起こったのかわからないまま私は恐る恐る後ろを振り返ると――。

「お兄様!?」

 私を後ろからしっかりと抱きしめ険しい表情でカイゼル王子を見ていたのは、城に戻ったはずのお兄様だったのだ。

「ロベルト……せっかくいいところだったのを邪魔しないでいただきたい。……そもそもどうして貴方がここにいるのですか?」

「デミトリアさんが、勉強の時間になってもなかなかカイゼル王子が戻られないと笑っていない目で笑われていたので、私が代わりに迎えに来たのです」

「っ!」

「急いで帰ってきて本当によかった。もし少しでも遅かったら私の大切な妹のくちびるが……」

 お兄様が私の頭の上で何かブツブツ呟いていたが、内容はよく聞き取れない。

「さあカイゼル王子、私と一緒に城へ戻りましょう」

「しかし……」

「デミトリアさんがお待ちです!」

「う……わかりました」

 渋々ながらうなずいたカイゼル王子は、お兄様と一緒にげんかんに向かって歩きだした。

(なんでデミトリア先生の名前にあんな反応するんだろう? ん~まあいいか。とりあえずようやく帰ってもらえるみたいだし、これで婚約発表会まではしばらく会わなくて済むよね!)

 ホッとしながら二人を見送っていると、カイゼル王子がくるりとこちらに振り返り、いい笑顔で言ってきたのである。

「セシリア、近くまた遊びに来ますね!」

(いや、来なくていいから!!)

 私はそう心の中でツッコんだのであった。

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